ぱちぱち、ぱちぱち。ぱちん。ぱちぱち。
 それは火の音だ。火に炙られた木が弾ける音だ。赤猫の舌に弄ばれる無力な獲物の断末魔だ。
 女の着物は崩れ、結った髪は崩れ、目の色は火の色に崩れている。
「いい色だった、いい音だった」
 いびつな石に腰掛けた痩せこけた女は、傍らの三毛猫を撫でながら言った。女の目の前にも、猫の周りにも、静かで暗い山道が広がっているだけだ。
「おめぇはまだ化猫になったばっかりだから、鼠やなんかを食ってるがよう、おれみたいになげぇこと化猫やってるとよう、ああやって火ぃ見るだけで、銀シャリを腹いっぱい食ったのとおんなじようなもんだからなぁ」
 女は炎に巻かれ煙を上げる平屋の格好を思い出しながら、猫の喉をくすぐる。猫は首に鈴をつけている。ころころ鳴るのは、猫の喉なのか、猫の鈴なのか。
「この調子で、おまんまなんぞ食わなくっても、百年でも二百年でも生きられるってぇもんだよう。おめぇと一緒になぁ」
 女が猫を撫でていない手で自分の顔を撫でる。その手首に鈴を括りつけていたので、ちりりという鈴の音が女には聞こえる。
「火付けでとっ捕まって火あぶりんなってもよう、火が消えてからのっそり動いて這ってやるんだよう。江戸中どいつもこいつも、ひっくり返るに違えねぇ」
 よっこいせ、と口に出し、女は石から立ち上がる。
 山道からはずれ、生い茂る木々の間に、よろりふらりと足を向ける。猫もくういと首を回して女の様子をうかがってから、ゆっくりとその後を追いかける。
「おめぇは毛並みがきれいだからよう、火あぶりはもったいねぇよな。どうせおめぇはまだ、くるっと回ってハイ元通りなんて真似はできねぇんだろう。半人前の化猫たぁ、アワレ、アワレ」
 女がけたけたと笑うが、猫はひょろつく女の足に頭を一度擦りつけるだけだ。
「おれくらいの化猫様になるとよう、あっという間に元通り……」
 下駄で枯葉を踏みしめながら、女は猫と山中を登る。
 猫が歩けばころころと音がする。
 女が歩けばちりりと音がする。
「ただ、おれは長ぇこと、猫に戻ってねぇもんでよう……おれの毛並みは、何色だったかな……」
 ころころ、ちりり。ころころ、ちりり。
「いつも、いつも、褒められてた、おれの毛並みはどんなだったかな……」
 女の手が乱れた髪を撫でる。汚れほつれた髪を撫でつける。
 ころころ、ちりり。ころころ、ちりり。ぴりぴりぴり。
「おや」
 女は足を止めず虚ろに夜闇を見つめたまま、小さく首を傾げた。
 ころころ、ちりり。ぴりぴりぴり。
「またわからなくなってきた……おれの鈴の音は、どれだったかな……」
 遠くの笛の音、近づく笛の音、ぴりぴりぴり。


〈了〉


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