私と薫《かおる》は付き合っている間、外でも普通に手を繋いでいた。
 もう『仲の良い女の子同士』で済む年齢ではなかった。でもだからなんだ、恋人同士だからと、いつも手を繋いでいた。
 女同士でなくとも、単純にいい歳をした大人が手を繋いで歩くのはどうなんだとも言われた。でも私たちは手を繋ぎたかったからそうやって歩いていた。
 だけど、だから関係が続くってことには、ならない。


「久しぶり」
 少し懐かしい薫の顔。明るいカフェの間取り。喫煙席のある店。
「うん。元気? 彼女できた?」
 薫は笑って向かいの椅子に座る。店員さんが水とメニューを持ってくる。
「何その挨拶……できてないよ。薫は、最近どう?」
 苦笑いしながらメニューは私が受け取って、二人で見られるように横にして開く。
「仕事はまぁまぁ、彼女とはいまいちかな」
 メニューを覗き込みながら薫が言う。事も無げに、言う。
「そうなんだ……薫がまた、記念日をことごとく忘れるとかしてるの?」
 薫は早々に何を注文するか決めたらしく、メニューを私のほうへ押しやってから、椅子にもたれて煙草を咥えた。
「すごーい、よくわかるね。さすが同じ理由で私と別れたあんたなだけあるね」
 私はメニューに視線を落とすことで、苦くなる表情を少しだけごまかす。
「別に、それで別れたんじゃないったら……」
 あははと薫は声を上げて笑い、自分のペースでさっさと店員さんを呼んでしまう。
「でもそれでしょっちゅう喧嘩してたのは確かよね」
 薫がホットレモンティーを注文したので、まだ何を頼むか決まっていなかった私も、とっさに同じものを注文してしまった。
「……今の彼女ともそれで喧嘩してるわけ」
 店員さんが立ち去ってから、私は水を一口飲んで非難がましい口調で言ってやる。
「まぁ、それでもあるし、それでないのもあるし……でもなんか、あんたとの方が気楽だったわ、色々」
 薫は足を組んで、煙草を持つほうの右の肘をついて、煙を細く吐き出す。
「だから私に電話して来たんだ」
 薫の左手は膝に置いているようで、テーブルの陰に隠れて見えない。私も膝の上で両手を組む。
「なんかさー、気のあった元カノと話すのが一番楽っての? そういう気分のときあるよねぇ」
 私と薫は、喧嘩別れではなくて、ちゃんとお互いに話し合って納得し合って別れた。
「まあ、ね……」
 だから私も、別に薫に未練があるわけじゃない。
 
 運ばれてきた紅茶、他愛ない会話、のぼる煙、隠れて見えない左手。
 昔、繋いで歩いた手。
 私の右手が、なぜだろう、テーブルの下で少し宙をさまよった。
 薫は今の彼女とも、手を繋いで外を歩いているのだろうか。
「懐かしいよね」
 薫が不意に会話を止めて呟いた。
「今の彼女は、全然、手繋がせてくれないんだ」
 私の右手がテーブルの下で、薫の左手に捕まった。
「それが一番寂しいんだよね」
 薫が小さな苦笑いを浮かべる。手は私も、そのまま繋ぎ返す。懐かしい感覚。
 でも、私は薫に未練なんてない。
 ないよ。


〈了〉


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