じいわ、じいわと蝉が鳴く。
 ひとの行き交う往来を眺めながら、二人の若い女が屋台の横に立っていた。
 二人とも、白玉売りから買った、ひんやりと甘い白玉を食べている。
 青竹の着物を着た背の高いほうは、わりあい品良く白玉の入った椀を傾けているが、梔子色の着物を着た背の低いほうは、がつがつと貪り食うような勢いだ。
「アァ、暑い、暑い」
 口の中に白玉を頬張ったまま、梔子色が不機嫌そうに言う。
「暑いねぇ。いやんなるねぇ。おさくちゃん、水が零れとぉよ」
 青竹はのんびりと笑って、白玉の冷や水に濡れた梔子色――さくの胸元を、着物の袖でちょいちょいと拭う。
「なんだよぉ、やえ。濡れるぐらいのほうが涼しくていいじゃないか」
 さくは少し照れ臭そうに、それでも椀を一旦口元から退けて、青竹ことやえにされるがままになった。
「おさくちゃんはいっつもそうだねぇ。そんなだから、おツルさんに袖にされるんだよ」
「うるせいっ」
 さくは一瞬童のように顔をゆがめて、白玉の入っていた水をぐうっと飲み干す。
「おツルさんは、惚れた旦那がいるんだって言うのに。しようがないね、おさくちゃんは」
 のんきに微笑むやえをさくは睨みつけ、空になった椀を白玉の屋台につき返した。そしてそのまま、ぷいときびすを返して道を歩き出す。
 やえは慌てもせず、自分も椀を空にしてから、さくの後を追った。早足とはいえ小柄なさくに追いつくのは、そう難しいことではない。
「おさくちゃんはねぇ、なんでいっつも男がいるおひとに惚れるんだろうねぇ。馬鹿だねぇ」
 早々にさくと並んで、やえが笑う。しかし皮肉を言っているわけでも呆れているわけでもなかった。ただおっとりと笑っているだけだ。やえは大抵この表情だった。
「知らねえやい。傍にいるいい女がみんなそうなんだ」
「あたしはずっと、おさくちゃんの傍にいるのにねぇ」
 いっぱいに膨らませたさくの頬を、やえが指で突っつく。
 ぎりぎりまで息を含んでいた頬は、少し突かれただけで破裂するように空気が抜ける。さくは顔を赤くして、ごしごしと口元を擦った。
「おめぇみてぇなトンマはお呼びじゃねぇんだっ」
「おさくちゃんは、色々とやかましいねぇ」
 ふん、と鼻を鳴らすさくの小さな右手を、やえは優しく握った。さくも振り払うでもなく、そのことに対しては別段反応も示さない。
 二人にとって、日ごろ通りの行為だからだ。
「おさくちゃん、郭で奉公すればどう。姐さんたちが大勢いるよ。ト一ハ一《といちはいち》も、できるかもしれないねぇ」
「へん。あんなのどうせ、魔羅を咥え込むための仕込みだろっ」
 やえの冗談に、さくはそう言って唇を尖らせた。やえはその顔を見て、おかしそうに笑う。

「やえはよぅ」
 会話が少し途切れたまま、二人はしばらく歩いていたが、さくがぽつりと呼びかけた。
「なあに」
「あたしらがよぅ、こうやってつれ合えない世間になったらどうするよ」
「世間がそう変わるかねぇ」
「わかんねぇぞ。お上は何やるかわかんねぇからなっ」
 さくが下駄を履いた足で、大きく地面を蹴飛ばした。
「そうだねぇ。そうなったら、おさくちゃんを守りながらどこかへ逃げようかねぇ」
「逃げられないんだっ。どこへ行ってもだめなんだっ」
 さくは妙に興奮した様子で、たとえ話を狭めてゆく。そんな幼い反応がおかしいとばかりに、やえは小さな笑い声を漏らした。
「そうなったら、おさくちゃんはどうするの」
「……あたしはたぶん、もう生きてるのもやんなるなっ」
「それなら、一緒に死のうかねぇ」
 やえは、考えもせずそう言って、のんびりと笑った。さくがぐっとやえのほうに身を乗り出す。
「心中するのかっ」
「おさくちゃん、相対死《あいたいじに》だよ」
 やえは歯の隙間から息を吐き出し、声を抑えるようにとたしなめる。
「とっ、とっ、そうだ、そうだ」
 ちょっちょと舌を鳴らして、さくは面倒くさそうに額を掻いた。やえはそんなさくをあやすように、繋いだ手をゆうらゆうらと揺らした。

「……やえ」
 またしばらく無言で足を進めてから、さくが口を開く。
「なぁんだい」
「白玉、うまかったな」
「うまかったねぇ」
「……冷たかったなっ」
「冷たかったねぇ」
「この時期は、やっぱりっ、……うんと……」
 さくは言いよどみ、俯いた。その様子にやえは微笑む。さくの気性が素直でないことなど、やえにはとうにわかっていた。
「おさくちゃん。もう、おツルさんのことで、泣かずにすみそうかい」
 さくは何かに耐えるようにぎゅっと強く唇を引き結んだが、それでも小さく頷いた。
「それなら、三日も続けて奢った甲斐があったねぇ」
 やえはさくとは反対に、天を仰ぎながらおっとりと言った。
 さくが惚れた腫れたに破れて泣くと、やえはいつもこうして行商の元を連れ回す。
 白玉のこともあれば、西瓜のこともある。金魚や風鈴を買ってやることもある。寒いときは甘酒や汁粉。
 夏であろうと、冬であろうと。
 さくに必ず寄り添っているのは、やえだ。


〈了〉


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