その子猫はどろどろでぱさぱさで目ヤニで目はしょぼしょぼしていて、でもとにかく猫なので可愛くて、私はどうしても放っておけなかった。天気予報では夜から雨だというし、こんな小さな子は死んでしまうに違いないので、死んでしまわなくても寒くて心細くて辛い思いをするに違いないので、私はどうしても拾わずにいられなかった。
 汚れた子猫を脱いだカーディガンにくるんで抱っこすると当然カーディガンも汚れるのだけれど、それも汚れた猫を抱っこして帰るのだから当然のことだ。
 私は子供の頃から猫を飼っていたから世話には慣れているし、うちのアパートもペットOKだ。
 だから問題は、彼女が猫嫌いだというただ一点だけだった。アレルギーというわけではなく、過去に大事にしていた鳥だのなんだのを猫に殺されたトラウマがあるというわけでもなく、ただ猫嫌いなだけである彼女を、彼女と暮らすようになってからも猫を飼いたかった私はなんとか猫好きにできないかと常々頑張っているのだけれど、嫌いを好きにするのは難しいと実感するばかりだった。
「ネコなのに猫嫌わなくてもいいじゃん」と言ってみたら、「何それ最低の親父ギャグでセクハラだし信じらんない死ね!」と今までにないくらいこっぴどく怒られたので、意味のない罵倒語だと理解はしても死ねと言われたことに少し傷つきながら私は深く反省した。
 子猫はカーディガンから鼻先を出して、ひあひあと鳴いている。
 この子が美猫であるかどうかはまだわからないけれど、でも可愛いことに間違いはないので、その可愛さを彼女にどうやって伝えればいいのか、私は何度も考える。
「猫と私とどっちが大事なの!」と言われるシーンを想像し、最初に思い浮かんだ返答が「どっちもネコなので両方……」だったので、これを言ってしまうと多分別れ話を持ち出される羽目になると思って涙が出そうになった。
「猫嫌いだったけど成り行きで飼うことになって、飼ってみたら猫の魅力に取り付かれちゃった人の話って結構聞くよ」と言ってみようと思ったが、「ソースは?」などと返されそうで頭が痛かった。両手は猫で塞がっているし、歩きながら携帯で検索してみる余裕もない。
 実際私は弁が立つほうではないので、上手な言い訳が全然思いつかない。子猫はひあひあと鳴いている。
 また死ねって言われるかもしれない。いくら親しくてもそんなこと言われたら冷めるという人もいるけれど私はそれでも彼女が好きなので傷つくだけで終わる。
 ひあひあを聞きながら言い訳を考える。
 この子を飼いたい、きっと可愛いからあなたもそう思ってみて、それでどうしても好きになれないなら貰い手を探すからそれまで我慢して。
 私を怒ってもいいです、それでも猫が好きなので。
 でも死ねって言わないでください、それでもあなたのことは好きですけど。


〈了〉


novel
top