【Chapter 10】

 解けたリボンタイを首に掛け、シャツの前を乱したゲール・ブレナンが、広いベッドの上で足を投げ出していた。
 ベッドの端には黒髪のメキシコ娘が座る。怯えと緊張の混じる面差しで、何度もゲールを振り返りながら身繕いをしている。
 ゲールはゆったりとした呼吸でその豊かな胸を上下させながら、手に銀色の金属板とヤスリを持ち、削っていた。六芒の星の形に。
 黒髪の娘は服の胸元を直す仕草に紛れて部屋の奥を盗み見た。寝室を兼ねたその部屋は豪奢であると同時に、まるで保安官事務所のようにしつらえてあった。机があり革張りの椅子があり、そして娘が視線を向けた先には、留置場を思わせる鉄格子があった。
 格子の向こうでは、三人の人影がうなだれている。二人は女で、娘と似た年頃の者と、まだ少女と言っていい年格好の者。あとの一人は若い男だ。皆やはり黒い髪と茶色い肌を持っている。
 黒髪の娘は強張った動きで立ち上がった。ゲールのいるベッドから離れようとする。
「許すと思ったかねぇ?」
 ゲールの不吉な声が娘の動きを止めた。黒髪を揺らして振り返る。
「許すと思ったか?」
 ぞっとするほどに青いその瞳を娘に向け、口元に歪んだ笑みを浮かべて、ゲールは繰り返す。娘は眉間に皺を刻み、しかし恐怖に唇を震わせながら、すり足で後ずさる。一歩、二歩と下がり、そして耐え切れなくなったように、大きく翻って駈け出した。
 ゲールは素早くヤスリを捨て、傍らに寝かせていた六芒星のコルトを手にして構える。牢の中から少女が悲鳴をあげる。その鉄格子に向かって走っていた娘の背中を、ゲールは撃ち抜いた。
 娘はかろうじて牢に辿り着くが、そのまま倒れるように格子にしがみついて床に崩れ落ちた。留置場の中から、三者の嘆きの声が聞こえる。
 ゲールは含むような笑い声を漏らし、その声が抑えようもなく高まり出すと、肩を揺らしながら枕に顔を埋めてしばし笑い続けた。それから身を起こして、銃と歪なシェリフバッジを手にしたままベッドから下りる。
 体格に見合った大きな歩幅、それでいて緩慢な、どこかおぼつかなくすらある足取りで、ゲールは牢へ歩く。
 娘の死体の傍に立ち、自由な指で鉄格子を掴む。格子の向こうにうずくまる者たちは皆、怯え、怒り、哀しんだ、恨みの目でゲールを見上げていた。
「パンも肉も足りない。ミルクは腐ってた。女で代わりになるとでも?」
 格子にそのブロンドを擦りつけるように頭をもたせ掛けながら、ゲールは裂けるような笑みを唇に刻み、彼らに低く囁きを落とす。
「あんたが無理矢理やったのよ! 許さないわ、アバズレ女!」
 少女が泣きながら叫んで、年上の女が慌てて少女の口を手で塞ぐ。肩を一度弾ませてゲールは笑った。
 それとちょうど重なって、部屋の扉が開く。おそらくは銃声を聞いてその後始末に訪れた、ゲールの手下の男女が二人。ゲールはまず鉄格子から身体を離し、それから手を離した。
 カウボーイハットのならず者二人が、ゲールと入れ替わるように鉄格子の前に立ち、留置場の鍵を開けた。若い娘たちから順に引きずり出される。ゲールはシェリフバッジの角を口に咥えて、その様子を見ている。
 最後に残った若い男は、その顔を汗で光らせていた。見開かれ強張った目で手下の向こうのゲールを凝視しながら、牢の外へ出る。出た瞬間に、手下を押しのけてゲールに掴みかかる。
 しかし男がひとの壁すら踏み越えられないうちに、ゲールの銃が再び火を噴いた。若い男はその身体に銃弾を受け、見開いたままの両目を天井に向け、音を立てて床に倒れた。
 先に扉のほうへ向かっていた娘たちがまた嘆きの悲鳴をあげる。
「どいつもこいつも、どうして忘れやがる?」
 表情もなく男を撃ち殺したゲールは、黒のキャバルリーをだらりと提げ持って、バッジを歯で噛んだまま独りごちるように言った。
「俺の言ったモノを、カネを、言った通りに差し出しゃいいんだ。そうすりゃ無駄に死ななくて済む」
 バッジを手に持ち直し、指先で弄びながらそれを見つめる。
「無駄にな」
 視線をあげ、落ち窪んだ両目を細めて娘たちを見る。
 ゲールによって繰り返された言葉に、年上の女は嗚咽を堪えるように口を抑え、少女は涙の向こうに怒りを見せた。
「肝に銘じとけ!」
 ゲールは最後に突然の怒鳴り声をあげ、片手を薙ぎ払う仕草でもって二人を追い出すように指示した。
 手下たちが震える彼女らを突き飛ばすようにして部屋から出し、二つの死体を引きずって立ち去ると、ゲールは銃をズボンの前に差し込んだ。
 ベッドの方向へ戻ったが、そのまま再び横になるわけではなく、ゲールが立つのは壁の前だった。
 壁に打ち込まれた釘に、自らが削ったシェリフバッジを掛ける。そして暗い目で笑う。
 壁には、何十という不揃いな六芒星が飾られている。



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夕陽の決斗/黄金ガンマン
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