【Chapter 15】

 そこは古い農場らしき場所だった。ゲール一団のしんがりで、キャットはその風景を見渡す。白い壁の大きな建物は四角いシルエットの二階建てで、バルコニーも見えた。
「用心棒」
 建物に近づくと、先頭を歩いていたゲールが馬を止めて振り返った。キャットは眉を上げて、ゲールのもとまで馬を進ませる。
 それを待ってゲールは馬から降りる。キャットもそれに倣う。大柄なゲールは造作なく重い足音と共に地面に立ち、小柄なキャットは跳ぶようにして着地した。
「ついてこい」
 ゲールは言い、馬をそのままに建物のほうへ歩き出す。キャットは少し馬を気にしたが、手下が二人の馬を誘導し始めたのを見て、ゲールの後を追いかける。途中もう一度振り向くと、カネの入った袋を持った連中も、玄関の方向とは違うどこかへ移動しようとしていた。
「カネの置き場所は、新入りのあたしには教えないってことか」
 並びはせず、少し後ろからキャットは冗談めかした口調で言った。
「それくらいのことは解るか」
 肩越しに視線を投げてゲールがにやりと笑う。キャットは肩をすくめる。
「馬鹿にされるのは好きじゃない」
「なにも考えられない馬鹿か、役に立つ利口以外に用はねえ」
 そう言ってから、ゲールは上向きにした人差し指を招くように動かす。レダーナ以上に体格差のあるゲール相手に、キャットは追いつくための酷い早足を強いられた。
「儲け話の準備はできてるんだろうな?」
 ゲールが横に並んだキャットを見下ろす。
「せっかちだな」
 ゲールを高く見上げてキャットは少しぎこちなく笑う。ゲールは何気ない様子で腰から六芒星のコルトを抜き、歩きながらキャットの脇腹に突きつける。
「アテもないのに自分を売り込む馬鹿を生かす気もないぜ」
「もちろんある。あるさ」
 キャットは身体を少し強張らせ、思わず両手をあげながら答える。ゲールは無表情で銃をホルスターに戻す。
「メキシコ人の山賊連中だ。居場所がわかってる」
 脇腹に当たる硬い感触がなくなってから、キャットは両手を下ろして切り出す。
「いくらになる?」
 建物の入口に近づきながら、ゲールがごく短く返す。
「頭が七千ドル。手下も入れると一万二千にはなる」
 ゲールは無言で玄関まで歩く。キャットはそれを追って続ける。
「町から巻き上げようと思ったら、一ヶ月はかかる額だろ?」
 扉の前で立ち止まり、少し間をおいてから、ゲールがキャットを再び見下ろす。口角が上がる。
「中で詳しく話せ」
 ゲールは扉を開けて建物の中へ入り、その背後でキャットはすぼめた口から密かに笑み混じりの息を吐く。


 夜空が屋根の隙間から窺えるような離れの小屋の中、木台の上に藁を薄く敷いただけの粗末なベッドの上で、レダーナが横になっている。
 ランプの鈍い暖色が照らす薄暗い空間にノックの音が響く。建てつけの悪いドアの蝶番も一緒に揺れてガタガタと鳴る。レダーナは顔の上からスペイン帽を退かし、起き上がって音のほうへ歩いた。ガンベルトの位置を調整しながら、ドアの少し脇に立つ。
「開けて、開けてよ」
 板一枚を隔てた向こうから届く、潜められくぐもった声は若い女のものだ。手だけを伸ばし鍵を開ける。姿を見せたのは昼間の若い白人女だった。
 金髪の女は強張った眼差しでレダーナを見上げ、逃げ込むように小屋の中に入ってくる。深い呼吸をひとつして、レダーナは扉を閉める。
「なにか」
 部屋の中央に立つ女の横を通り過ぎ、寝台に戻って腰を下ろした。女がすぐに傍まで寄ってくる。彼女はブロンドを短く整え、ひらひらとしたシャツにタイトなズボンを履いて、くすんだ金と宝石の大振りなネックレスをかけている。
「あんた腕利きなんでしょ、あの女を殺《や》っちまってよ」
 ネックレスの上から胸に手を当て身を屈めて、女が切羽詰まった様子で唐突に言った。眼帯から覗く左眉が少し上がる。
「私はさらわれてきたんだ、好きでここにいるんじゃないんだ」
 女の声は囁くように抑えているが、それでも叫び声のように強い。無言のまま、レダーナは自分の尻のすぐ後ろにあった帽子を寝台の隅に置き直す。
「メキシコ人どもにはもう我慢ならないんだよ!」
 自分の膝をつき、レダーナの膝にすがって、女は怒りの混じった嘆きの声をあげる。レダーナの左目は、ほんのわずかに鋭く細くなる。
「特にあのパウラ。我慢できない、毎日毎日……」
 表情の変化には気づかない様子で、途切れ途切れの声を絞り出しながら、女はレダーナの膝に顔を伏せる。
「頼むよ、あいつらを片付けて。そのかわりになんでもする」
 女が潤んで光る瞳に微かな熱を帯びさせてレダーナを見上げ、レダーナはそれを見下ろしながらようやく口を開く。
「同情はするが、私にも仕事がある。逃れたいなら、ひとりで逃げるだけに」
 片手で女を引き剥がしながら、寝台から再び立ち上がる。
「なんで見捨てるの?」
 女は膝のかわりに寝台にしがみつきながらレダーナをなじった。
「裏切りに媚びを混ぜると終わりだ」
 レダーナは傍の小さなテーブルに寄り、コーヒーの残ったカップを手にして淡々と答えた。冷めたそれを一口飲んでから、カップを持つ手の人差し指で女を指差す。
「一度でも裏切ると二度と守られない。すぐに自分が片付けられる」
「諦めて耐えろって?」
「自分を逃がせと言うべきだった。あんたは奴らを殺せと言った」
 女が口を開きかけるが、レダーナはシニカルな表情を浮かべてそこに言葉を被せた。
「もう遅い」
 女の唇はぶるぶると震え、そして次の瞬間には肩が跳ねた。遠くから声が近づいてきたからだ。一方のレダーナは、ただ窺い待つようにドアを見る。
「シェリー! どこだい!」
 訪れる乱暴な足音と扉を開ける音、がらがらした怒鳴り声。顔を上気させたパウラが小屋へ乗り込んできたのだ。
 パウラは寝台の前で座り込んでいる金髪の女、シェリーを見つけると、表情を一層険しくする。レダーナのことも一睨みしてから、大股でシェリーに詰め寄って、その頬に平手打ちを食らわせた。シェリーは悲鳴をあげ、床に倒される。
「また誰彼構わず誘ってたんだろう、ええ! この売女!」 
 パウラは怒り狂った様子で怒鳴りつけ、再度手を振りかざす。その手首をレダーナが掴んで止める。パウラは勢いよく振り向き、レダーナもすぐに手を離す。
「あんたが新しい女を囲い込んだと思って、気が気じゃなかったらしい」
 カップをテーブルに置きながら、レダーナは平坦だが少し軽い調子で言った。パウラは眉を釣り上げたままシェリーを見下ろし、そしてまた強く声を張る。
「とっとと戻ってな!」
 シェリーは白くなるほど唇を噛んで俯き、寝台を支えになんとか立ち上がると、誰の顔も見ずに小屋から走り去ってゆく。
「手は出してないだろうね」
 シェリーの気配が完全に遠ざかってから、パウラがレダーナを強く睨めつける。
「昔からブロンドだけは趣味じゃなくてね」
 薄ら笑いを唇に張り付けて流し、レダーナはテーブルに軽く腰を預けた。
「それより、ちょうどあんたに話があった」
 結った髪を巻き込むように腕を組んでレダーナが言うと、パウラも寝台にどかりと腰掛ける。
「なんだい」
「カネ儲けの話だ」
「話しな」
 パウラが腕を振って更に促す。レダーナはまっすぐ伸ばした足を交差させる。
「山賊稼業もいいが、賞金首を狙えばもっと儲かる」
「あたしが賞金首だぞ!」
 レダーナの提案に、パウラは頬肉を震わせて怒鳴った。しかしレダーナは平然と小さく首を振る。
「私は賞金首じゃない。だから懸賞金を受け取れる」
 眉を跳ねさせ、パウラが勢いよく立ち上がる。レダーナのすぐ傍まで近づき、らんらんとした目でその顔を凝視する。人差し指を唇の下に当ててレダーナは続ける。
「一万ドルの賞金首がいる。手下が大勢いる。手下にも大半は賞金が掛かってる」
「どんな奴らだい」
 身を乗り出し、文字通り食いつかんばかりにレダーナに顔を近づけて、パウラが問う。
「町を牛耳り貢がせて稼ぐ白人どもだ」
 レダーナが小さく微笑んで答える。パウラは大口を開けて笑い出す。
「そいつらを皆殺しにして大儲けか!」
 パウラはレダーナの肩を何度か叩き、気づいたようにぴたりと笑いを止める。
「ロシータ、なんでそんな話を持ってきた?」
 少し小さいが剣呑に輝く目で、パウラはレダーナを見据える。左目を細めて、ロシータの名を名乗るレダーナは返す。
「私ひとりでは手に余る。分け前が貰えればそれでいい」
 パウラはえくぼに食い込むほど唇で笑みを作り、素早く小さく幾度も頷き、拳と掌を打ち合わせた。



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夕陽の決斗/黄金ガンマン
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