【Chapter 1】

 岩山に続く荒野の斜面を、一人の女が蹴り歩く。足取りは遅く、どこか危うく、しかし確かに地を踏みしめる。
 肩に乗せたライフル。低い赤茶のハットの下、強い日差しが作る濃い影の奥にぎらつく両の目。そのブラウンの大きな瞳は、酷い三白眼だ。
 女はひとつの岩の前で立ち止まり、そこにブーツの右足を乗せた。拍車が金属の音を立てる。ウィンチェスターライフルを担いだまま、下方の道を見下ろす。風に煽られる、肩に掛かる鮮やかな赤毛。長さがまばらで、それでいてそれぞれの毛先はまっすぐに切り揃えられている。空いた左手で上着のポケットを探り、吸いかけの葉巻を出して咥える。マッチをズボンの腿で擦って火をつけ、葉巻を炙ると煙を吹かす。
 荒れた道の向こうから、馬車の音が近づいてくる。馬の蹄に、がたつく車輪。三白眼がその方向を見る。御者台ではみすぼらしい御者が馬車を駆り、隣に金髪で緑のドレスの女が座る。
 三白眼の女は口元だけをにやけさせ、担いでいた銃身を下ろした。一度だらりと提げ持ってから、改めて両手で握り、レバーを押し下げ、戻す。葉巻を唇の端に動かし、装填されたウィンチェスターライフルを肩の高さに構えて狙いをつける。馬車の移動に合わせて銃口の向きをゆっくりと変える。真鍮のフレームが陽の光を受けて輝く。
 馬車が射程距離まで近づく。女は目を軽く細める。そして銃声が響く。
 御者が、弾かれたように手綱から手を離して転げ落ちた。砂煙の中で小柄な身体が転がる。ライフルのレバーはすかさず下げられ、空薬莢が飛ぶ。二発目の銃声。戸惑い逃げる間もなく、ドレスの女も御者台の上で崩れて倒れる。
 女は揺れる赤毛の向こうで満足気に少しだけ歯を覗かせ、顔を上げた。ライフルを握り持ち、葉巻を吐き捨てながら斜面を降りる。
 止まった馬車の御者台に、緑のドレスの女は辛うじて引っ掛かるといった態で俯せになっていた。幾筋かの縦に巻いた金髪が、高い位置でひとつに纏められている。女は薄い唇をにやつかせたまま、その髪を掴んで頭を引っ張り上げようとする。しかしそれは力を入れた途端に、ずるりと剥がれる。
 三白眼の女の顔色が変わる。手の中にある金髪のカツラを見開いた目で一瞬睨んで地面に叩きつけ、ドレスの女の死体を乱暴に起こす。焦げ茶色の髪と濃い色の肌。
「くそ」
 忌々しげに吐き捨て、ドレスを着た死体を突き飛ばし、馬車の後方に取り残された御者の死体に駆け寄る。やはり俯せのそれをひっくり返したが、それも本当にただの御者の死体だ。なんの関心も引かない、見覚えのない眼鏡の女でしかなかった。
 三白の大きな瞳を怒りに揺らしながら、女は死体を蹴りつけ、再び馬車に戻る。幌を捲って中に乗り込む。ほとんど空っぽの荷台の隅に革鞄がひとつある。ライフルを腕に抱えながら引きちぎるような動きで鞄を開けるが、詰まっていたのは大量の小さな石ころだった。
 震える手でゆっくりと石を掴み出し、そして急な動きで辺りに叩きつける。赤毛を乱して鞄を投げる。ライフルを振り回して幌を引き裂く。荒い罵声とともに。


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