【Chapter 11】

 町の外、小さな馬小屋の前、馬の手入れをしている老人がいる。青毛の馬をブラシで撫で終え、よろつく身体で飼い葉桶を抱えた鼻先を黒い銃身が横合いから押した。
「悪いけどちょっと借りるよ」
 剥いた目を真ん中に寄せる老人の視界へとぼけた笑顔のノウンが顔を出す。後ろへふらつき飼い葉桶を落とす老人の脳天にげんこつを叩き込んで昏倒させる。
 ノウンが老人の身体を馬小屋の中へ引きずっていく間に、小屋の陰から現れたジュディスは自分の鞍を黒馬に載せて固定した。
「縛ってきたよ。しばらくは大丈夫でしょーう」
 両手を打ち払いながら戻って来たノウンを振り返り、浅く頷いて鞍のホルスターにライフルを差す。
 ノウンはやはり小屋の陰にいた自分の馬へ向かって弾むように走り出し、“馬跳び”の要領で軽々と跳び乗る。手綱を開いてぐるりと方向を変えジュディスの傍に来る。
「馬に乗るのってさ、何年ぶり?」
 歯を覗かせわずかばかりからかい混じりに笑うノウンを、ジュディスは片眉を険しく上げて横目で睨む。言葉はなにも発さず、すぐに下を見下ろして、鼻から息を抜く。そして思い切った様子で鐙にブーツのつま先を掛け、一気に身体を持ち上げ馬に跨った。バランスを崩すものの、たてがみを掴んでなんとか堪える。自分が堪え切ったことがわかると緊張を解くような安堵の息を吐き、難しい顔つきのまま姿勢を整え、改めて手綱を握る。
「行くぞ」
 愛想なくそう言ってジュディスは馬を走らせた。楽しげに身体を前後に揺らし彼女を眺めていたノウンも笑顔で続く。


 ジュディスとノウンは並んで草むらに腹這いになっている。ジュディスはライフルを抱え、ノウンはたたまれた紙束を持ち、低木の陰から窺う先にはカウボーイハットの女がひとり焚き火を前に座っている。
「三百ドル」
 紙束を――手配書の束を開いて、その女と見比べてからノウンが囁く。
 ジュディスは頷きもせずならず者を見据えるまま、上着のポケットから手探りで懐中時計を取り出してノウンに渡す。
「一分経ったら奴を振り向かせろ」
 ノウンは大きく瞬きをし、すぐに少しそわつく笑顔になって、上着に鎖で繋がる時計を受け取る。
 ゆっくりとハンマーを起こし、ジュディスがライフルを構える。顔に引きつけ、眩しさに細めるような両目で銃身の先に女を捉える。文字盤の秒針はゆっくりと下って上り、ノウンの甲高い指笛が響き渡る。
 カウボーイハットの女が派手に振り向き立ち上がった。目線が咬み合う。ジュディスの指がすかさず引き金を絞る。重く響く銃声、女は体勢を崩しながらも腰の銃を抜き、ジュディスはライフルのレバーを素早く押し戻して二発目。衝撃に身体の線が捻れる中で銃を持つ腕を上げる女に向け、レバー音を重ねて三発目と四発目。
 女は見開いた目でジュディスたちを睨みながら、銃を焚き火の傍へ取り落とし、膝から沈んで地面に倒れた。
 一呼吸の間を置いてジュディスは身体を起こす。ライフルを縦に持ちならず者の死体を見つめ、浅く数度思案を絡めた様子で頷いて、立ち上がる。
「次だ」

 二人は荒野の岩陰に屈む。狙うのは少し離れた木の下、硬いパンを齧っている山賊身なりのメキシコ男二人。
「四百と六百」
 手配書を持つノウンが確認、ジュディスは無言で懐中時計を渡し、ライフルのレバーに手を掛ける。
「また一分?」
「三十秒でいい」
 山賊たちへ向く琥珀の双眸からの眼差しは、ただ険しく不機嫌なそれから、射抜く先だけを意識に収めるような色合いに変わる。
 秒針が三十を刻む、腰を浮かせたノウンが指笛を高く鳴らすに合わせてジュディスも立ち上がる、山賊たちは驚いて振り返りパンを放り捨て銃に手をかける、しかし男たちが立ち上がるよりも速く、ジュディスの構えるウィンチェスターは薬莢を弾き出す。
 一人につき二発、計四発で山賊の男二人は地に倒れ伏す。

 灰色の道を囲む崖の上、二人は並び立って下を見下ろす。下方の道をゆく荷馬車、荷台に三、御者台に一のならず者四人。
「まとめて二千ドルってとこ」大雑把な合計を伝えてから、既にジュディスのポケットに繋がった懐中時計を握るノウンが続けて尋ねる。「今度はどのくらい?」
「十秒だ」無駄のない静かな手つきでライフルのレバーを起こし、ジュディスは答える。「集中するのに、昔からそれがちょうどよかった」
 ノウンは満足気ににやりと笑い、懐中時計の蓋を開く。ジュディスはウィンチェスターを構え、その十秒で標的を目の中に収め続ける。
 合図はノウンの51ネービー。空に向かって撃ち鳴らされた一発。
 続けて谷間に四発の銃声が木霊する。


 広いが浅い川のほとり、夜闇の中で流れる川面を背景に、二人は焚き火を挟んで向かい合う。眼鏡を掛けたジュディスが手頃な石に座ってライフルの手入れをし、鞍を枕にして横向きに寝転がるノウンは揺れる炎越しにその姿を眺めている。
「あんたはさ、なんで決闘ってのをやらなかったの」
 少しだけ目を細め、ノウンが問う。
「必要も意味もないからだ」
 ジュディスは顔をあげずに答え、布で磨いたライフルに弾を込め始める。薪が爆ぜる音に、かちゃり、かちゃりという微かな音が一定の間隔で混じる。
「銃は自分が生き延びるためのものだ。食うための、カネを稼ぐための。なのに肝心の命を賭けてまで、競う価値のある人間がどれだけいる?」
 装填の済んだライフルを目の前に縦に掲げ、一度ずつ裏と表を返して見る。
「そんな奴はいない」
 小さな音だけが在ったその川辺に少し声高なレバーの音が響く。そしてジュディスの言葉は繰り返しの形をとって訂正される。
「いなかった」
 無言のままブルーグレイの瞳に火の色を映すノウンは、間を置いてゆっくりと二度頷き、眠りに目を閉じた。



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星空のガンマン
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