〈89年8月同日 W-15ストリート・ビル一階〉

 銃声が響いていたのは、わずかな時間だった。最後の男が倒れると、急に場は静かになる。聞こえるのは階段や床に伏す男たち――その中で生きている者たち――のうめき声だけだ。
 ビレンとビリーは、ほとんど同時に息を吐いた。部屋から廊下に出る。
「今までで何人だ?」
 ビリーが階段の上に警戒の視線を向けたまま確認するように問う。
「外に三人。この部屋に二人。下りてきたのが九人だ」
 倒れる男たちの様子を窺いながら、ビレンが答える。銃を持った九人と至近距離で対峙して、二人は無傷で済んだ。対物ライフルが脅しとして逆に大きな助けとなったことを考えても、それは非常な幸運だった。そしてそうなりうるほどに、この集団が未熟なのだ。技術も戦術も精神もなにもかも。
「既に結構な大所帯だな。俺がさっき見たのは八人だった、全員下りてきたと見るべきか? 俺はそうしたい」 
 大げさにうんざりした口調でビリーが言うが、ビレンは当然取り合わない。男たちの身体の隙間を縫って数歩歩き、ひとりの赤毛の前で足を止めた。両手を撃ち抜かれただけで済んだ男だ。やはりティーンを抜けたか抜けていないかといった年頃で、血で滑る両手を挟むように身体を丸めてうずくまっている。ビレンはその男の頭を、つま先で軽く小突いた。
「あと何人いる?」
 男は負傷と状況に萎縮してしまっているのか、身体を震わせ、声にならない声を漏らしただけで、ビレンの質問には答えない。ビレンも言葉を重ねず、今度は靴底で男の頭を踏みつけた。少し乱暴に。
「おい、無茶言ってやるな。騒ぎ聞きつけてばらばら下りてきたんなら、どこに何人いるか把握できなくても無理ないさ。統率の取れた連中じゃないみたいだからな」
 対物ライフルを肩に担ぎながら、ビリーが横から口を挟んだ。それはビレンを諌める言葉でもあるし、男たちへの軽い皮肉でもあった。ビレンは表情も変えないまま、それもそうだな、と相槌を打つ。そしてやおら上体を屈め、男の赤毛を片手で掴む。あとは力任せに、その髪を引き上げた。
 無理矢理顔を上げさせられた男が、苦痛に短い悲鳴を迸らせる。
「見ろ。この場にいないのはあと何人だ?」
「そんなの知らねぇよぉ」
「仲間の顔すら把握できないのか。貴様らにはビール泡の脳味噌しか詰まっていないのか? 見ろ」
「いてぇ、いてぇ、やめてくれ!」
 頭皮ごとむしられそうなほど乱暴に髪を掴み上げられ、男がわめいた。ビレンの眉間の皺が深くなる。ビリーはやれやれとばかりに空いているほうの肩をすくめたが、今度は口を出さなかった。
 ビレンはさらに身を屈めて、半ば海老反りにならざるを得ないほど頭を持ち上げられている男に顔を近づける。
「いいか、"私は頭にきているんだ、この調子に乗ったクソガキどもめ"。お前たちはいざとなると騒ぎ動揺するしかできない能無しのくせに銃を振り回し、自分たちに秩序をすり抜ける、あるいはねじ伏せるだけの力があると思い込んでいる。過ぎたオモチャまで持ち出してそれが自分たちの力だと勘違いする。私にはそんなすべてが我慢ならない。だから一分でも早くなにもかもを片付けて、一秒でも早く貴様らとの関わりを絶ちたい。――見ろ」
 苛立ちと憤怒を隠さないビレンの言葉に、ようやく男もある種の冷静さを取り戻す。侮辱に逆上して抵抗するほど、この男は愚かではないようだった。倒れた仲間たちのほうへ顔を突き出され、頭から首にかけての引き抜かれるような痛みと、両手の傷の痛みを堪えながら弱々しく視線を巡らせた。
「あ、み、見張りの連中は……」
「何人いた?」
「よ、四人だ、たぶん」
「我々が三人片付けた。……ひとり残っている、後ろを取られる可能性があるか」
 ビレンが少し身体を起こして、ビリーのほうを向いて言った。だが男が叫ぶように言葉を被せる。
「で、でも来るならもう来ててもいいんじゃないか、こんだけ派手にやられたんだぜ俺たち! もしかしたらそいつはもう逃げちまったかも」
「実際、逃げてるほうがそいつは賢いだろうよ。まぁ、別の階段から上に行ってる可能性もあるな。だがそいつのことは置いとこう、上に残ってんのは何人だ?」
「ええと……」
 男がビリーの質問に一度言いよどんだだけで、男の髪を掴むビレンの手が軋んだ。悲鳴が上がる。
「やめてくれ、ちょっと待ってくれよ! あんた短気すぎる……いや、嘘だ、嘘だ! やめてくれ、頭の皮が剥がれちまう! あぁ、あぁ……」
 もはや男の声は泣き声にも近くなり、もごもごと動かし始めた口の中では倒れている仲間たちの名前を確認するように転がしているのだろう。
「……エ、エイブとガスがいない。あの二人だけだ……あとはリーダーが」
「リーダー?」
「お、俺たちのリーダーだ、すげぇんだ、傭兵として戦争行ったこともあるんだぜ。そ、それだってリーダーが調達したんだ」
 男は目でビリーの担いでいる対物ライフルを指し示した。
「こいつはこれだけか?」
 ビリーが指で対物ライフルを叩いて尋ねる。
「そ、それきりだ……お、俺たち交代でそれの当番をやらせてもらってたんだ。それを構えて見張りをするだけでも、最高な気分になるんだ、みんな言ってた、……あぁ、ちくしょう」
 目から涙が流れて、男はうめいた。それは当番であったがゆえに蜂の巣になった仲間の不幸を嘆いているのか、それともこの状況すべての不幸を嘆いているのかはわからなかった。
「アンチ・マテリアルがそれだけなのは幸いだな」
 ビレンはようやく男の髪を掴んでいた手を離した。縮れて引きちぎれた髪が数本指に絡まるのを、服で払ってからビリーの傍へ戻る。
「他に馬鹿みたいな武器はないだろうな?」
 ビレンの身体の陰から顔を出して、ビリーが男に念を押した。男はそのままくずおれて嗚咽を漏らしていたが、微かに頷くのが見えた。
「だとよ」
「さて、どうだろうな。ショットガンくらいは覚悟しておいたほうがよさそうだが。とにかく上には三人、もしくは四人。行くぞ」
 ビレンはもはや男に一瞥もくれず、階段に足を向けた。ビリーは対物ライフルという大きな荷物にうんざりしたように唇をすぼめて息を吐いてから、その後に続く。
「あ、あぁ、待ってくれ! びょ、病院に連れてってくれよ、連絡してくれ、俺たち死んじまうよ」
 二人が階段を上り始めるのに気付いて、男が顔を上げた。
「連絡手段なぞない。どこぞの馬鹿どもが車を台無しにしてくれたからな」
 ビレンは肩越しにほんのわずか振り返っただけで、そう切り捨ててさっさと先へ進む。
 ビリーは一旦足を止め、身体ごと半ば男のほうへ向き直り、そしていつものシニカルな笑みを浮かべる。
「お前らのリーダーがとっとと降伏してくれりゃ、仲間の助かる確率もあがるぜ。ぜひともそうなって欲しいと俺も思うね。こういうときに人生を左右するのは、祈りか幸運だ。そのどっちかに縋ってな」
 言葉が終わり、そして二人分の足音が階段を遠ざかってゆくのを聞きながら、哀れな少年は、またその場にうずくまって泣いた。


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