マカロニ・ウエスタン概論 (Togetter「蔵臼金助先生によるマカロニ・ウエスタン概論」)

 それは、黒澤 明の『用心棒』(61)をセルジオ・レオーネが独自に解釈、西部劇に焼き直した1964年から始まった。
 それ以前にもスペイン・ロケのヨーロッパ製西部劇は存在していたが、後に大ブームを引き起こし、“マカロニ・ウエスタン”と呼ばれる比類無きジャンルを築くきっかけとなったのは、この『荒野の用心棒』からである。日本で“マカロニ・ウエスタン”(欧米では、“SPAGHETTI WESTERN”)と呼ばれるイタリア製西部劇は、'60年代だけでも約300本が作られ(日本公開作は約70本)、その派手なアクションとどぎつい残酷描写、シニカルな主人公のキャラクターが当時の世相:激化するベトナム戦争や学生運動、ワールドワイドな左傾化にマッチし、瞬く間に世界中を席巻した。
 映画が発明されてから百年以上経つが、ひとつのジャンル映画がこれだけのブームを呼び、十年以上に渡って文化に影響を及ぼし、興行的にも成功した例は、他に無い。ひとつのジャンルとは言っても、共通点は19世紀のアメリカ、もしくは20世紀初頭のメキシコを舞台にした、娯楽性に富むアクション映画…と言うただ一点のみである。その殆どは、低予算で粗製濫造されたB級C級のやっつけ映画であったが、中には光輝く傑作も幾つか含まれていた。“西部劇”というキャンバスの上に、一握りの映画作家たちが想像力を膨らませ、限られた制約の中でそれぞれのテーマを描いたのだ。ある者は誰もが観た事のないオリジナルの西部劇を作ろうとし、またある者はアカ狩りでハリウッドを追われ、体制的なハリウッド映画的大作至上主義に対抗する思想を織り込んだ。それらの作品の数々は、今観直しても決して色褪せることがない。

 もちろん、スターも生まれた。『荒野の用心棒』(64)の大ヒットに続き、『夕陽のガンマン』(65)、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(66)の“ドル三部作”で主役をはったクリント・イーストウッド、『続 荒野の用心棒』(66)で世界に認められたフランコ・ネロ、日本でも人気アイドルとなったジュリアーノ・ジェンマ。そして、リー・ヴァン・クリーフ、トーマス・ミリアン、アンソニー・ステファン、トニー・アンソニーと言った、魅力に溢れ、個性的な俳優たち…。ニューヨーク、アクターズ・スタジオ出身の名優もいた。食い詰めて、ハリウッド映画界から飛び出した元花形スターもいた。スクリーンに焼き付いた彼らの荒々しい演技、憂いを帯びた表情は、一度見ると忘れられない。
 彼らを輝かせるための裏方たちも揃っていた。映画全盛期の1950年代。その黄金期の技術を継承した職人たちは、持てるノウハウの全てを'60年代ローマのチネチッタ・スタジオ、スペイン・アルメリアの荒野で開花させた。デジタル技術なぞカケラもなかった頃の、生身のスタントマンが演じる危険な荒技。凝ったデザインの衣装に斬新なセット、奇想天外な小道具の数々。資金が潤沢にあるハリウッド映画とは異なり、限られた予算・時間の中で作家性を反映させたのが、イタリアの映画作家、映画職人たちだったのである。

 そして、さらに魅力的なのは、カンツォーネの伝統を受け継いだ、数々のサウンド・トラック。未だ現役の巨匠エンニオ・モリコーネ、アカデミー賞受賞作曲家のルイス・バカロフ、職人肌のフランチェスコ・デ・マージ、自ら熱唱するニコ・フィデンコ、何度繰り返し聞いても飽きることの無い、ブルーノ・ニコライ、スティルヴィオ・チプリアーニ、ジャンニ・フェリオ、マルチェロ・ジョンビーニ…。彼らが40年以上も前に作曲したスコアは、21世紀の現代人の心を今なお深く揺り動かす。

 魅力的な要因は数多い。だが、マカロニ・ウエスタンを全世界的なヒットに駆り立てた真の原因は他にある。マカロニ・ウエスタンに登場する主人公たちは、ハリウッド製西部劇のヒーロー(その多くは開拓民であり、保安官であり、騎兵隊である)とは異なり、一匹狼であり、無頼漢であり、アンチヒーローである。往々にして守銭奴である賞金稼ぎの彼らにとって、自分以外に信じるものは銃と金だけ。頼るのは、己の力量と才覚のみ。しかし、彼らは常に心の中の良心と対峙し続け、ルールを犯す際にも葛藤を繰り返した。その視点は従来のハリウッドを中心とした映画の主人公たち、組織・国家・体制に属する体制派からは生まれ難いものだ。マカロニ・ウエスタンの主人公たちが挫折し、堕ちていく過程の中で見出す新たな価値観。それこそが、当時の観客の心を劇的に揺さぶったのである。自らの行動の結果が悲劇を生み、全てを失ってどん底に堕ちてしまう事になろうとも、そこから再びはい上がる主人公たちのバイタリティ。それこそが、観客の精神にカタルシスを与えたのである。
「堕ちて、はい上がる男」、それが、マカロニ・ウエスタンの真の魅力である。踏みつけられ、貶められ、絶望的な状況下でもなお一縷の希望を見出し、奈落の底からはい上がろうとするマカロニ・ウエスタンの主人公たち…彼らの生き方は、タフで美しく、神々しい。


 SPO業務用カタログのイントロダクションより、一部分を抜粋しました。
(蔵臼金助)

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