「海の向こうのガンマンたち」
 『マカロニ・ウエスタン銃器「熱中」講座』に掲載予定だった、イタリア製西部劇関係者のインタビューになります。
 2004年10月3日(月)から16日(土)の14日間、欧州の2つの映画祭(MIPCOM、MIFED)に参加する機会がありました。
 “MIPCOM”はReed Midem Organizationが主催する国際番組見本市のことで、毎年フランスのカンヌで開催され(会場はカンヌ国際映画祭と同じPalais des Festivals et des Congr )、世界各国から放送局、映画会社、プロダクション、配給業者らが集まり、番組売買の交渉を行います。
 また“MIFED”とは、MIPCOM、AFMに並ぶ世界三大映像関連マーケットの中では最古のもので、1960年からイタリアのミラノで毎年10月下旬に開催されていましたが、残念なことに5〜6年前に閉鎖されてしまいました。
 この2つの映画祭の現地ディストリビューターを担当したのがラース・ブロック氏で、映画祭の間に彼と交わした質疑応答を簡単にまとめました。そして、“MIPCOM”と“MIFED”の間の2日間、ローマ滞在中にラース氏の紹介でお会いした二人のマカロニ関係者との対談も続けて掲載いたします。
(蔵臼金助)

海の向こうのガンマンたち1:エンツォ・G・カステラーリ(エンツォ・G・カステラッリ)
(Togetter「蔵臼金助氏によるエンツィオ・G・カステラーリ(映画監督)インタビュー」)

2004年10月9日(土)、10日(日)(ローマ HOTEL LOCARNO)
(※EGC:エンツォ・G・カステラーリ、蔵臼:蔵臼金助)

蔵臼:先月行われたベネチア映画祭で、カステラーリ監督の作品を回顧上映しましたね!(*1
EGC:ああ、そうだ。人生最高の思い出になったよ。クエンティン・タランティーノが大勢の観客の前で「私の最高の師匠だ」と紹介してくれたんだ!(タランティーノと肩を組む写真を幾つか、見せて貰う)
蔵臼:素晴らしいです!
EGC:日本では確か、『ジョニー・ハムレット』をDVD化してくれたんだな?
蔵臼:はい、そうです。出来れば、『七人の特命隊』に『熊のジョナサン』もリリースしたいと思ってます。
EGC:『ジョニー・ハムレット』のDVDを観て私の作品を好きになったと、日本人のファンがメールをくれたよ。『熊のジョナサン』と言えば、スピリチュアルな出来事があってね。聞きたいか?
蔵臼:ええ、とても。
EGC:撮影がうまく行ってなかったんだ。天気は崩れて撮影が中断するし、私も体調が悪かったし。そうしたら、レッド・クロウ(*2)が私を呼び出し、祈祷してやると言うんだよ。朝の4時にホテルの私の部屋に彼が来てね、その時はもう祈りの衣装をまとっていた。そして、私の顔を見て「死の気配を感じる」と言い出すんだ。悪霊を追い払うため、それから墓地へ連れて行かれた。私は横に寝かされて、彼は煙を焚き、祈りながら踊るんだ。驚いたねえ。ずっと降り続いていた雨がその週の週末に降り止み、私もすっかり元気になって、それからの撮影は順調さ。彼は私にインディアン名もつけてくれた。名前と言えば、セルジオ・コルブッチは人にニックネームをつける天才でね。私も付けて貰ったことがある。
蔵臼:何と言うんでしょう?
EGC:“筋肉質のジェントルマン(Muscle Gentleman)”だ!(笑)
蔵臼:貴方の作品には、他のスパゲティウエスタンとは異なる、ハリウッド製西部劇の“フロンティア・スピリット”とも違った、うまく言えないんですが独自の“スピリット”を感じます。
EGC:面白いことを言ってくれるね。その通りだ。自分は観客に現実の悩みを忘れさせ、観た後にハッピーになれる様な作品を撮ることを常に心がけているんだ。それで、たぶん他のスパゲティ・ウエスタンとは異なる印象を観客は受けるのだと思う。
蔵臼:好きな役者はいましたか?
EGC:ファビオ・テスティはハンサムで頭の良い役者だった。アントニオ・サバトもいい奴で、今でも週に一度は連絡を取り合っている。奴はアンチ・ブッシュで、今はアメリカで選挙運動に忙しいんだ。でも、一番好きな役者は、ジャック・パランスだよ。
蔵臼:御自身が役者としても出演なさってますよね。ムッソリーニ役とか。
EGC:最初にスクリーンに映ったのは『十字架の用心棒』(68)だった。ムッソリーニに扮したのは、『戦争の嵐』(83)だな。今までムッソリーニを演じた役者はロッド・スタイガーをはじめ大勢いるが、実際にムッソリーニが演説をした歴史的バルコニーに立って演じたのは私だけなんだ。ははは。それが自慢なんだよ。彼は私より恰幅が良かったので、制服の下に詰め物をしたりして苦労した思い出がある。
蔵臼:近況を教えて下さい。
EGC:最近観た映画では、『HERO』(2002)に感動した。ああいうエモーショナルな映画を撮りたいと思っている。新作シナリオがあるんだが、読んでみないか?(翌朝改めて監督が新作シナリオを持ち込み、企画の検討という展開に…。ちなみに、この日はジュリアーノ・ジェンマかフランコ・ネロも同席する予定だった。週末と重なったため、ネロは郊外へバカンスに行ってしまい、ジェンマは新作のロケハンが延びて急遽来れなくなたっとのこと)
蔵臼:構想中の新作のアウトラインをお聞かせ下さい。
EGC:駅舎に隣接してる朽ち果てた酒場が舞台だ。ミステリアスでダークな西部劇で、登場人物は7人。酒場の女主人、駅の電信係の老人、ギャンブラー、保安官と、護送される凶悪な囚人、そして若い日本人の男と、片腕の賞金稼ぎだ。

   (2004年当時、カステラーリ監督が構想中だった新作マカロニウエスタン、『IL QUARTO CAVALIERE(第四の騎士)』のイメージ・スケッチ。イラストはカステラーリ本人が描いた。彼は絵心もあるのだ)

EGC:題は『IL QUARTO CAVALIERE(第四の騎士)』。冒頭は荒れ狂う海岸だ。大きな河岸でもいいが、打ち寄せる荒波と風が必要だ。そこに赤ん坊を抱いた瀕死の男がよろめいてな。彼の元へ凶悪そうな顔つきのガンマンが数人やって来るんだ。一瞬のうちに銃撃戦が展開し…。(イメージボードを渡される。太陽を背にしたガンマン。ロングコートを着て、ヘンリーライフルとコルト ドラグーンをかまえている)
蔵臼:マカロニ心たっぷりのイメージボードです。
EGC:自分で描いたんだ。
蔵臼:ええっ!
EGC:うまいだろ?
蔵臼:さすがです。銃のディティールが細かいと思うのですが、監督は19世紀の銃器に興味をお持ちなのでしょうか?
EGC:いいや。そういう訳ではない。資料を元に描いたんだ。
蔵臼:面白そうな企画です。
EGC:主演はフランコ・ネロを予定している。タランティーノも役者として出てくれると言ってくれた。酒場の女主人はキャンディス・バーゲンがイメージだ。日本でロケしてもいいんだよ。
蔵臼:音楽はフランチェスコ・デ・マージだとうれしいです(※注:当時はまだ元気でいらっしゃいました)
EGC:もちろん可能だ。
蔵臼:最後に、好きな映画をあげて下さい。
EGC:イングマル・ベルイマンを尊敬している。彼の作品はどれも好きだが、『第七の封印』がベストだ。雰囲気や世界観を『ケオマ』に取り入れたよ。後は『ペルソナ』もいい。
蔵臼:スパゲティウエスタンだと?
EGC:レオーネ作品はみんな好きだ。それとコルブッチ作品も。特に、『続 荒野の用心棒』と『殺しが静かにやって来る』が素晴らしい。あとはセルジオ・ソリーマの作品も良い。
蔵臼:御自分の作品で最も好きな映画は何ですか?
EGC:『ケオマ』と『地獄のバスターズ』だね。

*1 2004年のベネチア映画祭の特集は、“イタリアB級映画レトロスペクティヴ”。タランティーノ監督がプレゼンターとして、スパゲティウエスタンを含むイタリア製アクション映画、ホラー映画を選出。カステラーリ作品も幾つか、その中に含まれていた。
*2 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』『ブレイブ』『オーシャン・オブ・ファイヤー』等の出演作があるインディアンの酋長。『熊のジョナサン』には、多くの本物のインディアンが出演している。

(蔵臼金助)


海の向こうのガンマンたち2:ラース・ブロック
(Togetter「蔵臼金助氏によるラース・ブロック(映画制作プロデューサー)インタビュー」)

 ラース・ブロック
 ラース・ブロックは先祖にバイキングの血を受け継ぐデンマーク人で、欧州各地を放浪後、1960年初頭からイタリアを中心とした映画業界で働くようになった。折しもマカロニウエスタンの制作がスタートした頃に助監督から始まり、脇役としてもスクリーンに出演するようになる。現在は映画制作のプロデューサーとして活躍する一方、欧州映画の版権を扱うディストリビューターとして、日本の映画業界にも貢献している(11〜12月にリバイバルする『いちご白書』『ひまわり』も、彼を通じて版権を日本の会社が取得している)。
 主な出演作:『私は宇宙人を見た』(64)、『さすらいのガンマン』(66)、『暁の用心棒』(67)、『野生の眼』(67)、『姉妹』(69)、『炎の戦士ロビン・フッド(未)』(70)、『続・荒野の無頼漢(未)』(72)、『トリニティとサルタナ(未)』(72)、『ハレルヤとサルタナ(未)』(72)、『地獄の勇者たち(未)』(73)、『レッド・コート(未)』(74)
 主に関わった作品:助監督〜『殺しが静かにやって来る』(69)、アソシエイト・プロデューサー〜『DUST ダスト』(01)

--
2004年10月5日(水)〜14日(木)(カンヌ ATLANTIS HOTEL、ミラノ HOTEL DOMENICHINO)
(※LB:ラース・ブロック、蔵臼:蔵臼金助)

蔵臼:最初に、映画界に入った経緯をお聞かせ下さい。
LB:ローマに来たのは1958年のことだった。大学を卒業した後、デンマーク海軍に入隊し、除隊後にヨーロッパ各地を放浪していたんだ。ヴェスパに乗ってね。最初に携わったのは、ルイジ・バンツィ監督の『世界の夜』(59)だったな。撮影はトニノ・デリ・コリだった。ドキュメンタリーだったが、セットを建てて町並を作り、それがうまくいった。この時に映画作りのノウハウを知り、資金調達の方法を学んだんだ。
蔵臼:バンツィ監督と言えば、『暁の用心棒』の監督ですね!
LB:その通り! でも、その時のことはよく覚えていない。確か台詞も3つ4つしか無かった。暗闇の中で撃ち合った時のことくらいかな、記憶に残っているのは。でも、バンツィは賢くて、素晴らしい監督だった。…いつの間にか、スパゲティウエスタンの話題になってるね。
蔵臼:ええ、まあ。『暁の用心棒』には出演もされていたんですね。何の役でしたか?
LB:確か、山賊の手下の一人じゃなかったかなあ。(後日、改めて観直してみると、騎兵隊将校(仮名:ジョージ、本当はテッド)役だったことが判明)
蔵臼:スパゲティウエスタンにまつわる思い出話がありましたら…。
LB:『続・荒野の無頼漢』の時は大変だった。アガタ・フローリはね、プロデューサー(*1)の彼女だったんだ。もちろんプロデューサーには奥さんがいて、彼女は私の友達で、私は間に挟まれてそれはそれは…(以降、ちょっと書けないエピソードが続く)。ジョージ・ヒルトンはいい奴だったなあ。私も大男だが、彼も大きかった(*2)。コルブッチと最初に会ったのは、『さすらいのガンマン』の撮影時だったかな。
蔵臼:出演されていたんですか?
LB:私は北欧から妻子を連れて移住してきた開拓民と言う役柄だった。列車に乗ってる時にダンカン一味に襲撃される乗客の一人なんだ。コルブッチ監督は演出の指示が細かかったねえ。君は希望に燃えて新天地にやって来たが、ここで無念の死を遂げる。妻子を残して先に死ぬのだから…と、脇役にいたるまで設定が緻密なんだよ。
蔵臼:コルブッチ監督とはその後、『殺しが静かにやって来る』でも一緒に仕事されていましたよね?
LB:そう。でも、撮影の手配やカメラ助手、助監督みたいな役割分担で、出演はしなかった。何でもやったが、実は画面には出ていないんだ。保安官役で出ていたフランク・ウォルフとパトリック・モーリンの3人で、ドキュメンタリー、メイキングも作った(*3)。フランク・ウォルフもいい奴だったが、早死にしてしまったなあ。女性問題で深刻なトラブルを抱えていてね。
蔵臼:キンスキーはいかがでした?
LB:役者としては素晴らしかったが、キレていたよ。トランティニアンとの格闘シーン撮影中に本気になってしまい、引き離すのが大変だった。取っ組み合いになり、本気で殴り、噛みつき、蹴るんだ。しまいにはコルブッチも間に入って、必死に止めていた。コルブッチはいつも陽気で人々を愛するタイプだったが、キンスキーはそうではなかった。でもね、ジプシーたちには好かれていたんだよ。エキストラで大勢のジプシーが出ていたが、彼らを山荘に招いて食事をふるまったり、彼らの知り合いを映画に出させてやったりしていた。
蔵臼:近況を教えて下さい。
LB:私はJAZZが好きで、そのオリジンを描いた本を映画化したいと考えている。マイケル・オンダーチェを知ってる?
蔵臼:『ビリー・ザ・キッド全仕事』の詩人ですね。
LB:そう。『イングリッシュ・ペイシェント』の原作者だ。彼の著作に『Coming Through Slaughter』(邦訳『バディ・ボールデンを覚えているか』)と言うドキュメント・ノヴェルがあって、私はこの本がJAZZについて書かれた最も美しい作品だと思ってる。何とか映画化したいんだ。デクスター・ゴードン(*4)は好き?
蔵臼:『ラウンド・ミッドナイト』のサックス奏者ですよね。
LB:彼は最高のプレイヤーの一人だと思う。血はつながってないが、彼とは親戚なんだ。
蔵臼:えぇっ?
LB:そうなんだ。デンマークは結婚にあまり拘らない国でね。私の兄の恋人が兄と別れた後、デクスター・ゴードンと結婚。兄は籍を入れてなかったんだが、兄との間に生まれた子供とデクスターとの間に出来た子供同士は一緒に育って、ずっと親交があったんだ。ところで、私はチェット・ベイカー(*5)とも親しかったんだよ。
蔵臼:えぇ〜っ?
LB:映画業界に入る前の放浪時代にパリで知り合ったんだ。今でもその頃の彼の未発表写真をたくさん持っている。だから、ノンクレジットで『レッツ・ゲット・ロスト』(88)の制作にも関わっているんだ。
蔵臼:最後に、最も好きな映画を1本教えて下さい。
LB:その時の気分によって違うからなあ。今の気分は『E.T.』かな。
蔵臼:『E.T.』!?
LB:『E.T.』
蔵臼:スピルバーグの? 『E.T.と警官』ではなく?
LB:『E.T.』
蔵臼:………。

*1 ダリオ・サバテッロ(『禿鷹のえさ』(66)、『殴り込み兄弟』(67)、『ドクター・コネリー/キッドブラザー作戦』(67)、『荒野の無頼漢』(71)のプロデューサー)
*2 ラースと歩いてると、色々な映画人が「Hi!Lars “BIGMAN”」と彼に声をかけてくる。実際、大きい。『バイキング』(57)でカーク・ダグラス、トニー・カーティスとも共演したが、ラースが画面に一緒に出るとバランスが取れなくなるので、カメラマンは苦労したと言う。
*3 『Western, Italian Style』のこと。SPOの“マカロニウエスタン2002”全巻購入特典ディスクに収録。音楽はジョン&ウェイン(ワイルダー・ブラザース)のオリジナル。
*4 ブルーノートの頃から活躍するJAZZミュージシャン(1923〜1990)。『ラウンド・ミッドナイト』(86)では主役も演じる。
*5 天才トランペッターとして有名。1929年生まれ。1988年に不慮の死を遂げる。『レッツ・ゲット・ロスト』は、彼の軌跡を追ったドキュメンタリー映画の傑作。

(蔵臼金助)


海の向こうのガンマンたち3:ダリオ・チオーニ
(Togetter「蔵臼金助氏によるダリオ・チオーニ(『DUST ダスト』助監督)インタビュー」)

 ダリオ・チオーニ
 ミルチョ・マンチェフスキーの元で、『DUST ダスト』の第二班監督を担当したイタリア映画界の若手。スピーディな銃撃戦の、直接の演出は彼によるものである。『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(1999)ではイタリアロケ時の第二班助監督を務めた。

--
(※DC:ダリオ・チオーニ、蔵臼:蔵臼金助)

蔵臼:映画界に入ったきっかけは何でしたか?
DC:5歳くらいの時には既に映画フリークだったんだ。生まれたのはチボリで、知ってる?
蔵臼:噴水のある公園で有名な所ですよね。
DC:そう。ローマ郊外の田舎町で、キンスキーが出たチープな戦争映画の舞台にもなった。小さい頃から本当に映画好きだったんで、映画学校に進み、絶対に仕事も映画関係と決めていたんだ。
蔵臼:『DUST ダスト』の銃器描写は相当に凝ってましたが、監督の趣味ですか?
DC:いや、監督も僕も、銃について詳しくはないんだ。銃器のスペシャリストがついていてね、彼から当時の武器の操作方法を教わったよ。リアルじゃなかったかい?
蔵臼:とてもリアルでしたし、珍しい銃もいっぱい出てきました。ペッパーボックスとか。
DC:あれは苦労したんだ。イギリスのアンティーク・ショップでね、19世紀の実銃を手に入れて使ったんだ。発火させるのが上手く行かなくて、何度もNGを出したよ。
蔵臼:犬に手首をくわえさせたのは貴方のアイデアですか?
DC:いや、監督さ。マンチョフスキーはスパゲティウエスタンやクロサワ映画が大好きなんだ。ここはあの映画のあのイメージで…と、嬉しそうに説明してた。小道具にも凝ってルークが撃った1ドル銀貨は19世紀のものを用意したんだ。
蔵臼:『ワイルドバンチ』へのオマージュもありますよね?
DC:そうだ。サム・ペキンパーの映画で『ワイルドバンチ』はベストだと思う。これも繰り返し観たなあ。
蔵臼:『ワイルドバンチ』のラストの銃撃戦直前で、ウィリアム・ホールデン扮するパイクはマパッチ将軍を撃ち殺した後、「さあ、これから殺しまくるぞ」と言った感じで、まずドイツ人の軍事顧問を撃ちます。
DC:そうだった。
蔵臼:『DUSTダスト』でも、ルークは最後の銃撃戦が始まるきっかけとして、最初にドイツ人軍事顧問を射殺しました。
DC:細かいところを観てるね。この映画では色々なところで遊んでいるんだ。
蔵臼:途中、トルコ兵の中にアンソニー・ホプキンスに酷似した奴が出てきて、レクター博士の様に突っ立って、不気味な笑みを浮かべたりもしてますが…。
DC:それは、深読みし過ぎだよ(笑)
蔵臼:『DUST ダスト』の知られざるエピソードがありましたら…」。
DC:主演はリチャード・ギアで、メキシコ撮影の予定だった。監督は最初からモチーフにスパゲティウエスタンをイメージしていて、自分は繰り返し、スパゲティウエスタンやフィルムノワール、『ワイルドバンチ』を観せられた。フィルムノワールは好き?
蔵臼:『狼は天使の匂い』とか『サムライ』『真夜中の刑事』が好きです。
DC:いいね! 僕はでも、何と言っても『仁義』だな。『DUST ダスト』は、本当はもっと残酷描写が激しかったんだ。“教師”の首をはねるシーンも実際に撮ったし、女性がレイプされたり、トルコ兵の残虐な行為をいくつも撮ったんだけど、残酷過ぎると言う理由でみんなカットされてしまった。残念だよ。また、エンディングも異なるものが幾つかあったんだが、全て失われてしまった。編集時にフィルムが無くなってしまったんだ。再びDVD化する際はぜひ言ってくれ。スティール写真だけは残っていて、本編中に無いシーンがたくさん在る。特典にいいと思うよ。
蔵臼:近況を教えて下さい。
DC:マンチェフスキーと一緒に書いた小説があるんだ。タイトルは『THREE TO KILL』。これを映画化したいんだけどね。内容は『ブレードランナー』調にアンドロイドを主人公とした、フィルムノワールさ。
蔵臼:最後に、最も好きな映画を。
DC:『ニューヨーク1997』!
蔵臼:いい映画です。リー・ヴァン・クリーフも出ていました。
DC:ところで、あの主人公だけど、何で背中に大きな蛇の刺青を彫っているんだい?
蔵臼:“スネーク・プリスケン”だからじゃないですか?
DC:???(その後、『ニューヨーク1997』イタリア公開時、主人公のニックネーム“スネーク・プリスケン”は、異なる名称になっていたことが判明) 後は、『ファントム・オブ・パラダイス』。それとマイケル・マンの映画はみんな好きだ。スパゲティウエスタンでは『怒りの荒野』がベストだな。初めて観たのは『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』だったけど…。

(蔵臼氏注釈:データが破損し、後半1/3くらいしか残っていませんでしたが、ご了承下さい)

2004年10月9日(土) ローマ市内のレストランにて 後半の一部。

蔵臼:ところで、結婚されたばかりだそうですね(この日、彼の横には美人の奥さんが座っていた)
DC:妻はマケドニア人なんだ。未だ学生で、専攻は美術でね。
蔵臼:『DUST ダスト』で知り合われたんですね!」
ダリオ夫人:そうなの。美術は興味あります?
蔵臼:“ベルギー象徴派”などを少々。
ダリオ夫人:まあ!(この後、日本の美術とビザンチン様式には共通点があるとか、いかにマケドニアがトルコ人によって酷い目に遭わされたか、広島・長崎についてどう思うか? 等々、マカロニと遠く離れた話題に移ってしまったので、強制的に話を戻す)
蔵臼:『怒りの荒野』についてもっと話して下さい。
DC:この映画はね、僕が初めて父親に連れられて、映画館で観た映画なんだ。だから、僕の中では大切な作品として記憶に残っている。
蔵臼:実は私も父親に連れられて観た初めての映画が『怒りの荒野』なんです。
DC:え? そうかい? それは偶然とはいえ面白いな。
蔵臼:父親と最後に観た映画も『怒りの荒野』になってしまいました。
DC:Oh! 君とは何か縁があるに違いない。(伊語で“縁”とは言わず、彼は“LE CERCLE ROUGE”と言った。仏語で“赤い輪”との意味だが、これはメルヴィルのフィルムノワール『仁義』の原題で、元々は仏教用語。運命的な出会い、最初からつながっている縁を指す)君にこれをあげよう。(…と言いながら、小さなコインを渡される)これは『ダスト』に使われた金貨だ。お守り代わりにな。
蔵臼:ありがとう、ダリオ。

* 賞金稼ぎ役は、リチャード・ギアから、『ロード・オブ・ザ・リング』のデヴィッド・ウェンハムとなる。
* そう言えば、カンヌのパーティ会場で名刺交換した中東のディーラーも、ベストムービーは『仁義』と言っていた。ホントかどうか知らないが、この作品もジョン・ウーによるリメイク話があるらしい。
* 『怒りの荒野』リメイク話は、未だ生き残っているそうである(インタビュー時)。ジョン・ウーは監督候補から外れたが、他の監督に代わって企画進行中とのこと。ジョン・ウー自身がトニノ・ヴァレリの元へ訪れたとの話も。

(蔵臼金助)


Back