『DEAR WENDY ディア・ウェンディ』 (Togetter「蔵臼金助氏による『DEAR WENDY ディア・ウェンディ』コラム再録ツイートまとめ」)

 今回採り上げる映画はマカロニウエスタンではありません。拙著『マカロニ・ウエスタン銃器「熱中」講座』のために書き下ろしたものですが、書名に偽りありですので、コラムのタイトルはちょっと考えてみましたw sabataシリーズと同じく、19世紀のコンシールド・ウェポンを扱った映画のコラムです。

『犬は勘定に入れません』

 零コンマ数秒の世界で勝敗を競う早撃ち競技、“ファストドロウ”のシューターたちは、一瞬でも速く銃を抜くために、4 3/4in.銃身のコルトS.A.A.、和名シビリアン・モデルを好んで使用します。より速く抜くため照星を低くし、撃鉄のナーリングは削り落とします。より速く人差し指を引き金に近付けるために、トリガー・ガードを加工します。引き金と撃鉄の接点は磨きあげ、犬はシビリアン・ハスキーしか飼いません(うそ)。
 で、今回は特殊な用途のために品種改良され、犬の名がつけられた、今では消えてしまったヴィクトリア朝拳銃の謎に迫ります。この本ではマカロニ・ウエスタンを中心に、同時代に公開された西部劇の中に登場した銃器類を扱ってますが、今回採り上げるテキストの時代背景は、21世紀です。ラース・フォン・トリアーと言えば、『段差・イン・ザ・ダーク』という、暗闇でけつまずくことの恐ろしさを訴えたミュージカルや、犬の街を舞台にした不条理劇『ドッグヴィル』で有名な(注:ほとんど嘘です)北欧の監督ですが、彼が脚本を手がけた『DEAR WENDY ディア・ウェンディ』という映画に、奇妙なリボルバーが登場します。それが、この映画の主人公とも言える、“ヴェロドッグ”です。
 アメリカの小さな炭坑町。劣等感に苛まれ、孤独な毎日を送る内気な青年ディックは、偶然手にした拳銃に一目惚れ。“ウェンディ”と名付けて話しかけ、常に携帯するようになっていきます。銃を身につけることで自信を抱くようになった彼は、自分と同じ「負け犬」の若者たちのトップ・ブリーダーとなり、銃を愛好、銃による平和主義を唱える秘密結社、“ダンディーズ”を結成するのですが…。ディックが片時も離さず、恋人の様に語りかける“ウェンディ”とは、19世紀末に作られた携帯用回転式拳銃、“ヴェロドッグ”です。切り裂きジャックやシャーロック・ホームズがロンドンの街を徘徊していたヴィクトリア朝の英国。ウェブリー社が生産した短銃身の“ブルドッグ”リボルバーが、そのずんぐりとした形状から名付けられたのに対し、同時期に作られた“ヴェロドッグ”は、具体的な用途からそう呼ばれる様になりました。“VERO”とはフランス語で自転車(VELOCIPEDE)を意味し、“DOG”は犬ですので、“VERO-DOG”の直訳は「自転車犬」となります。
 設計したのは『続・夕陽のガンマン』にも登場したガーランド・リボルバーを作ったフランス人技師、シャルル・フランソワ・ガーランド(1832-1900)。オリジナルはフランスで作られましたが、その後ベルギーやイギリスを中心に多くのコピー・モデルが量産されました。19世紀末は自転車が誕生した時期でもあります。1863年にピエール・ラルマンが発明した二輪ヴェロシペードは急速に普及、欧州では自転車を使った郊外へのツーリングがブームになりました。その際に悩まされたのが、つきまとう野犬です。“ヴェロドッグ”は、野犬を威嚇し、追い払うために設計されたのです。そのため、“ヴェロドッグ”は特殊な進化を遂げました。犬を殺傷するのではなく、警告を与えるのが目的ですので、5.75o(.22口径)の小口径弾を用います。すぐ発砲出来るよう、トリガー・ガードは省略されました。多くはダブル・アクション・オンリーで、ハンマーレス。そして自転車のハンドル部分に取り付けるために、引き金は事故が無いよう、フォールディング・タイプ(折りたたみ式)となりました。“ヴェロドッグ”の原型は、S&Wが設計した初期のダブル・アクション・リボルバーです。S&W.38ダブル・アクションや、S&W.44ダブル・アクションは、操作性の良さから人気を博し、ハーリントン&リチャードソンやアイバー・ジョンソン、名も知れぬスペインやベルギーのサード・パーティから大量のコピー品が発売されました。

 マカロニにも度々登場しますよ。『MATARO!』(未)で悪役がかまえる二挺拳銃、『豹/ジャガー』でフランコ・レッセルがネロに狙いをつけたニッケル鍍金の銃、『群盗荒野を裂く』でクラウス・キンスキーが携帯したピストルなどがそうです。『ワイルドウェスタン 荒野の二丁拳銃』ではメキシコ政府軍が派手に撃ちまくり、『ガンマン大連合』ではバスコがダミー・エジェクター付き改造銃を使用しました。『バンディドス』の山賊、『荒野の棺桶』の悪役の手下等、脇役が持っている事が多いようです。

 コピー・メイカーは、さらに携帯性を良くしたハンマーレス・モデルを発売します。後追いでS&Wも、「セフティ・ハンマーレス」という対抗モデルを発表。その銃をさらに小型・軽量化し、携帯性を良くしたものが、“ヴェロドッグ”へと進化していくのです。『DEAR WENDY ディア・ウェンディ』に登場した“ヴェロドッグ”ウェンディは、小ぶりのトップ・ブレイクのフレーム全面に細かい彫刻が施され、マザー・オブ・パールのグリップが装着されていました。主人公ディックならずともため息が漏れそうな美しさです。“ダンディーズ”の若者たちは、それぞれがお気に入りの銃をパートナーに選びました。全て19〜20世紀初頭に作られたアンティークな銃ばかりで、中にはポルトガル製アバディM1886なんてレア・アイテムもあったりします。
 彼らはポリマー・フレームの銃を嫌悪し、蔑みます。そしてレトロな銃たちに名前を付け、崇拝し、信仰し、惨劇へと突き進んでいくのです。夜、眠れない時に愛用の銃に語りかけるガンマンたちは、マカロニ・ウエスタンにも度々登場しました。彼らにとって銃はただの道具ではなく、信頼を寄せる唯一の友。孤独なガンマンたちにとっての、かけがえの無い愛情の対象でもあるのです。“ダンディーズ”の一人はモーゼルC96を相棒に選びました。C96の欠点のひとつは、握り難い“ブルーム・ハンドル”と呼ばれるグリップ部分ですが、最後のガンファイトの際、いつの間にか彼の銃には、グリッピングし易そうなカスタム・グリップが装着されていました。さりげなく演出された、マニアックな描写。彼のC96に対する愛情の深さに、銃器研究家は犬のように唸ってしまいます。
 生真面目なだけの社会派青春ドラマとは一線を画した、ポップで独特な切り口。あまり話題に上らずひっそりと封切られ、いつの間にかDVD化されてた作品ですが、銃に興味のある方はぜひ御覧になってみて下さい。特に銃器の紹介シーンはよだれが出て、尻尾を振ってしまいそうになりますよ。


(蔵臼金助)

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