『女ガンマン・皆殺しのメロディ』『スレッジ』 (Togetter「蔵臼金助氏による『女ガンマン・皆殺しのメロディ』『スレッジ』コラム再録ツイートまとめ」)


『ハニーよ、銃を取れ』

 その口笛は最初に、ローマから聞こえてきたと言われています。エンニオ・モリコーネが作曲した哀愁のメロディに誘われて、イギリスから、フランスから、ドイツから、西部劇の作り手たちが次々に、スペインはアルメリアの荒野へと集まり始めました。ベトナム戦争が影を落とす激動の'60年代から'70年代。ドラッグとフリーセックス、政治運動と暴力、ヒッピームーブメント…病めるアメリカが次々とスクリーンに映し出されて、“アメリカン・ニューシネマ”と呼ばれた頃だったかと思います。西部劇の世界でも『明日に向かって撃て!』『小さな巨人』『さすらいのカウボーイ』と言った傑作が生まれましたが、西部劇においては、ニューシネマのくくりだけでは捉えられない重要な要素がありました。それは、マカロニ・ウエスタンの台頭です。マカロニ・ウエスタンはハリウッド製西部劇を変化させます。他国が真似出来ぬ莫大な予算を費やした大作が作られました。人間ドラマを掘り下げ、アクション重視のイタリア製西部劇に対抗した作品も現れました。
 その中で、本作は逆にマカロニに出来るだけ近付こうとした作品であります。日本では地上波で放送されたきりですが、内容の面白さでカルト化してしまった伝説的ウエスタン。それが、『女ガンマン・皆殺しのメロディ』です。バート・ケネディは前作『地平線から来た男』で、主役に「これからイタリアに行き、マカロニ・ウエスタンにでも出るさ」と言わせましたが、イタリアへ渡ったのは主演俳優だけではありませんでした。ジェームズ・ガーナーがアルメリアの砂漠に建てられた監獄を強襲していた時、監督はラクエル・ウェルチをスペインの荒野で無法者三兄弟に襲わせていたのです。
 暴行を受け夫を殺された女主人公が、凄腕の賞金稼ぎに銃の扱い方を教わり、復讐を果たす。  ...どこかで聞いた話ですね。クエンティン・タランティーノは本作が大のお気に入りで、『キル・ビル』のプロットに用いました。彼はインタビューで、「アジアやイタリアのいろんな復讐劇を参考にしたけど、アメリカ映画はこれぐらいだ」と答えてます。しかし、本作は実は、イギリスの資本で撮られたスペイン・ロケの西部劇でした。当時、イギリスが撮った西部劇と言えば、『追跡者』に『チャトズ・ランド』、『さらば荒野』などがあります。冷徹な保安官、復讐に燃えるアパッチ、情無用の追跡劇…凄絶なリベンジ・ストーリーである本作も含め、英国製西部劇はイタリア製に負けず劣らず殺伐としていますね。英国にはシェイクスピアの一連の悲劇や、エリザベス朝血みどろ残酷劇である「あわれ、彼女は娼婦」等、グラン・ギニョル(恐怖劇)の歴史があります。17世紀から続く残虐な復讐劇の伝統を、西部劇が受け継いでいるのかもしれません。
 イタリア製西部劇のヒットに勇気づけられ、ヨーロッパ各国ばかりでなく、東欧、ロシア、アジア…様々な国の映画人が西部劇作りに勤しみました。西部劇を愛していたのはアメリカ人だけではなかったのです。ローマの口笛吹きに誘われて、各国の映画人は崖に向かって突進する牛のスタンピードの如く、アルメリアへと集結しました。そして、元々衰退に向かっていたジャンルではありましたが、燃え尽きる前のローソクの様な勢いで欧州製西部劇が乱作された後、アメリカ製ヨーロッパ製を問わず、“ウエスタン”と言うジャンルは絶滅してしまったのであります。


【『女ガンマン・皆殺しのメロディ』に登場する銃器】
 賞金稼ぎトーマス・ルーサー・プライスを演じたロバート・カルプは、ハリウッドきってのGUNマニアで有名です。監督も兼ねた『殺人者にラブ・ソングを』では『ダーティハリー』よりいち早くS&W M29 .44マグナムを登場させ、『アメリカン・ヒーロー』には大変に珍しい、S&W M39のカスタム、“デベル”を登場させました。
 彼には、一度もスクリーンで使われたことのない銃を出演作に登場させる傾向があります。『女ガンマン・皆殺しのメロディ』のバウンティ・キラー役を演ずるにあたって、彼はこう思ったに違いありません。「イタ公ばかりに19世紀の銃を任せてられねーぜ」(多少ラテン系に誇張)
 1960年代後半から、西部劇における武器の描写はイタリア人にリードされがちでした。長銃身のバントライン・スペシャルから、ウインチェスターをソウドオフした“メアズ・レッグ”、S&Wからレミントン、ガトリングガンからホチキス機関銃に至るまで、マカロニ・ウエスタンには荒唐無稽な空想上の兵器、実在したリアルな銃器…ありとあらゆる武器が登場します。製作国イギリスに敬意を表したのか、マカロニに一度も出たことのない拳銃を登場させたかったのか、彼が右腰に下げている銃は、英国製の珍しいダブル・アクション・リボルバー、アダムスです。そして、左腰にはS&W ニューモデル3がいつでも抜ける状態でホルスターに収まってます『許されざる者』に出てきた“スコフィールド”や『バンディドス』の“ラッシャン”等、S&Wのシングル・アクション・リボルバーとしては完成型に当たるこの銃に、彼は大型カスタムハンマーを装着して撃ちまくりました。
 ハニー・コールダー専用銃として、ガンスミスに特注させたのが、独特の“ダブル・トリガー・システム”を持つ、トランター・ダブル・アクションのコピーです。ガンスミスに扮するのは、クリストファー・リー。彼はその後、ライターと万年筆を組み合わせると黄金銃に変身する特殊な拳銃をカスタムし…(うそ)。トランターは、トリガー・ガードから飛び出した指かけを引くことでシリンダーが回転、ハンマーをコックさせ、本来の位置にあるトリガーでシングル・アクション・リボルバーの様にハンマーをリリースします。拳銃も進化の過渡期にはこんな珍品が誕生しました。おそらく握力の弱い女性が引いてもダブル・アクションを重く感じないよう、“ダブル・トリガー・システム”の拳銃を持たせたのでしょう。それに、彼の持つアダムスとのパーツの互換性もあります。トランターはアダムスのフレームを流用して作られた銃なのです。
 S&Wを撃ち尽くした後、薬莢を拾う細かい描写(当時カートリッジは貴重でしたので、リロードして使うのでしょう)や、倒した無法者のために報酬の中から墓代を提供する賞金稼ぎの心意気など、この映画はディティールに工夫があります。ハニー・コールダーと賞金稼ぎプライス以外にも、本作の登場人物は珍しい銃を持たされました。アーネスト・ボーグナイン扮するエメットはレミントンM1875、ハニーの夫役はジョン・ウェインも愛用した短銃身のウインチェスターM92“トラッパーズ・カービン”を持って出てきます。“トラッパー”とは罠を使う猟師のこと。ブッシュ(藪)の中で扱い易くするため、銃身を短く切り詰めているのです。西部劇の顔であるオーソドックスなコルトS.A.A.は、実際のところ、寡黙な殺し屋“プリーチャー”役のステファン・ヴォイドが使っていただけです。2年後。本作で最も目立たない銃を持たされたステファン・ヴォイドは、鬱憤がたまっていたのでしょうか。日傘に仕込まれたマシンピストル“GUNブレラ”、炸裂弾頭を用いる超長距離狙撃ライフルが登場する奇想天外なイタリア製西部劇、『増える賞金、死体の山』で、文字通り炸裂しました。プライス師匠の困り果てた表情が目に浮かぶようであります。



 
マカロニ・ウエスタンの影響を受けたハリウッド西部劇特集ということで、さらにもう1作。名画座なので2本立てなのだw 


『地平線から来た男、夕陽に立ちつくす』

 “情無用”を売り物とするマカロニ・ウエスタンには、極悪非道な悪党共がわらわらと登場、暴虐の限りを尽くします。酒を飲んで暴れます。人が大切にしてるものを壊します。男だと楽しんでリンチ、女だったら笑いながら犯します。子供でも神父でも撃ち殺し、喫煙場所以外で歩きながらタバコを吸ったりもします…おそろしいですね。西部開拓史を神聖視していた正統派西部劇ファンが怒るのも無理ありません。彼らは口を揃え、イタリア製西部劇を罵りました。「マカロニ・ウエスタンには“フロンティア・スピリット”が感じられない!」
 先住民族を蹴散らし、土地や獲物を奪うことを“開拓”と呼ぶのかどうかは置いといて、思い出すのは、『続・復讐のガンマン 〜走れ、男、走れ!〜』の元保安官キャシディの台詞です。「STEP FORWARD(前に踏み出せ)」射程距離の異なる武器を用い、卑怯な決闘を仕掛けようとする敵役に向かって、彼は「距離をつめて、フェアに戦え」と言ってくれるのです。誰だって『2001年宇宙の旅』と『フラッシュ・ゴードン』は比較しないでしょう。『荒野の決闘』と比べられちゃあ、『ワイアット・アープ』だってたまりません。「荒唐無稽」「殺伐としている」「詩情が感じられない」などと言われ続け、マカロニファンはずっと萎縮していました。我々イタリア製西部劇を愛好する者は、「どんな映画が好き?」と聞かれると、ミネソタ・クレイ(※注:『ミネソタ無頼』に登場する、目が不自由で耳の良いガンマン)にも聞き取れない声で、「…マカロニウエスタンが好き」と答えていたものです。
 ついでに言わせて下さい。『さすらいの一匹狼』公開時、テレスコープ付きウインチェスターを見たある映画評論家は、「でたらめにもほどがある」と酷評しました。マカロニファンですら、「あ。あれはちょっとやり過ぎかも」と反省する始末です。待って下さい。南北戦争時、既に光学照準器が搭載されたマズルローダー・ライフル、ダヴィッドソン型狙撃銃が実戦に投入され…(以下、略)。
 絶滅したジャンル映画の弁護を40年経ってするのも何ですが、皆が言うほど全てのマカロニが荒唐無稽ではなかったのです。それに、コンビニのおにぎりを美味しく食べている時に、京都の懐石料理と比べて文句言う様な真似は止めて欲しいですな。しかし、母国のアイデンティティに等しい西部劇を冒涜されたグリンゴたちは、イタリア人を許しませんでした。“許されざる者”セルジオ・レオーネがアメリカで不当に評価されたままなのは、マカロニによって汚された神聖西部劇の遺恨が尾を引いてるから…との説があります。

 そんな中、イタリア製西部劇の良い所は良い所として認め、自分達も取り入れてみよう。そう思ったハリウッドの制作者たちが少なからずいたのも事実です。それは人件費が安く、西部劇を撮る環境の整ったアルメリアでロケをすれば安上がり…と言った実利的理由だけだったのかもしれません。しかし、彼らは衰退し始めていた西部劇に新風を吹き込むべく、アルメリアへと集結しました。
 こうして出来上がったのが、本作『スレッジ』を始めとする、“多国籍ウエスタン製作連合”プロデュースのハイブリッド西部劇です。それらにはありとあらゆる組み合わせがありました。英国人が金を出し、グリンゴのスタッフ&キャストで作られた『女ガンマン/皆殺しのメロディ』(71)。仏人スタッフ&キャストが、仏・伊・スペインの資本で作った『華麗なる対決』(71)。スタッフ&キャストはグリンゴで占められているものの、資本にはイタリアとユーゴが加わった『デザーター/特攻騎兵隊』(70)。カナダ人スタッフによる、英国&西独製西部劇『シャラコ』(68)…。
 『スレッジ』は資本、スタッフ&キャスト共、グリンゴ&イタリアーノの混成部隊。“多国籍ウエスタン製作連合”の中では『女ガンマン/皆殺しのメロディ』と並び、最もマカロニ色の強いウエスタンであります。開幕早々、下着姿でコルトネービーを撃ちまくる主人公スレッジの意表を突く銃撃シーン、負傷した腕に十字架を縛り付けるハードボイルドな演出、凝ったガンファイト、ビザールな脇役、ジャンニ・フェリオの抜群に格好良い主題曲…。
 監督は『コンバット』のヴィク・モローですが、共同監督として『殺して祈れ』(67)の助監督ジョルジョ・ジェンティッリが援護射撃。出演は『ロックフォードの事件メモ』シリーズのジェームズ・ガーナーと、『警部マクロード』シリーズのデニス・ウィーヴァー、『コルト45』シリーズのウェイド・プレストン…。“サンダース軍曹”のコネクションでしょうか、TVシリーズ組が多いですね。スレッジの恋人リア役に『青い体験』のラウラ・アントネッリが扮してるところが、キャスティングで唯一、ユーロな感じです。
 本場西部劇出身者によるリアルな演出と演技、マカロニならではの雰囲気と派手なアクションが融合。本来なら良いとこ取りの傑作が出来上がった筈ですが、皆さん御覧になってみていかがでしたか? 砂金の強奪に成功したものの、黄金の輝きに目が眩んで、友を失い、恋人を失い、砂金すらも失ってしまったスレッジ…。さいはての荒野を孤独に立ち去る後ろ姿には、「西部劇」という消えゆくジャンルそのものの悲哀が感じられ、決して傑作とは呼べないものの、私にとっては忘れられぬ作品のひとつなのであります。


(蔵臼金助)

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