『若草の萌えるころ』『別れの朝』 (Togetter「蔵臼金助氏による『若草の萌えるころ』『別れの朝』コラム再録ツイートまとめ」)


 キングレコードから出した【欧州恋愛映像図鑑 DVD-BOX3 “戦争の記憶”】の中の、『若草の萌えるころ』のために執筆したものです。


『羊も出てくる夜の冒険』
 のっけから自慢話で恐縮ですが、私の宝物のひとつは1970年代の初めに横浜で買ったアナログレコード、本作『若草の萌えるころ』のサウンドトラックLPです。フィリップス社から発売された米国盤で、夜明けの橋の上でコントラバスを弾くシモンの歌まで入っています。続いて、アニーにキスする際の「ちゅっ」のナマ音まで入っているので、聞く度に軽いジェラシーを感じたりもします。友人T君に聞かせる度に彼はこのLPを欲しがって悔しがり、私は「ふふふ」と満足したものです。
 本作の内容に触れる前にまず、『冒険者たち』について語らせて下さい。2004年4月7日。ドイツ空軍によって撃墜されたアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの搭乗機、ロッキードF5-Bの残骸が、マルセイユ沖で発見されました。思い出すのは映画監督のロベール・アンリコです。飛行機械嗜好症のアンリコの遺作は、偵察飛行中のサン=テグジュペリが行方不明になる迄の二日間を描いたTVムービー、『サン=テグジュペリ/星空への帰還』(94)なのであります。2004年4月24日。フィルムノワールの作家であり、映画監督でもあったジョゼ・ジョバンニが、脳出血のためスイス・ローザンヌの病院で亡くなりました。思い起こすのはやはりロベール・アンリコ。ジョゼ・ジョバンニは『冒険者たち』(67)の原作者であり、脚本を担当し、その後、『冒険者たち』の後日譚である『生き残った者の掟』(67)で監督デビューを飾ったのです。観た者全てを魅了し続ける珠玉の青春映画、『冒険者たち』。観客は皆、その印象を心の中の宝石箱へ大切にしまい込み、一生忘れることはありません。そして何かにつけ、ロベール・アンリコのことを思い出し、『冒険者たち』に連想づけ、フランソワ・ド=ルーベ作曲のメロディーを口ずさむ習慣がついてしまうのです。

 この『若草の萌えるころ』のDVDを買って下さったあなたも、『冒険者たち』好きでしょう? 1975年にカナリア諸島の海中でド=ルーベが事故死したのを知った時、涙しませんでしたか?皆がアンリコ監督のファンになりました。皆がジョアンナ・シムカス扮するレティシアの虜になりました。…でも、ジョアンナ・シムカスの真の魅力を知りたいのでしたら、本作『若草の萌えるころ』を観るのが一番なんですよ。
 スペイン内戦から続く色褪せたセピアの写真の中で、一人の少女が成長していきます。空気が澱み、時間が停まったかのような薄暗い室内(壁にはピカソ作『ゲルニカ』の複製が飾られています)。空襲警報を思わせる昼のサイレンが鳴り響いた後、ジタ伯母さんが倒れてから物語は始まります。以降、この物語には死の気配が通奏低音の如くまとわりつき、聖書売りのセールストークではありませんが、常に青春と隣り合わせで画面の中に居座り続けるのです。
 『冒険者たち』の撮影中、監督は主演女優に恋をしました。だから、この作品でカメラは恋する男の視線と重なっています。死の不安に怯える一人の少女を、アンリコの視線は優しく、丹念に追い続けます。注射器にさえ目を背ける情緒不安定で怒りっぽいアニーが、夜の街に彷徨い出て奇妙な人々と出逢い、様々なハプニングに巻き込まれ、最終的に愛する叔母の死を受け入れる迄の一晩の冒険を描いたのが、本作のアウトラインです。
 映画の中ではごくごく簡単に人が死んだり殺されたりしますが、現実的な一人の人間の死を真摯に見つめた本作の様な映画は、後々まで心に残ります。学生の頃観た時も感動しました。でも、それから20数年を経て肉親や友人の死を経験し、改めて観直すと、また新たな感動が湧き起こるのです。当時流行したGOGOクラブやスロット・レーシングカー・レース、受け売り政治論を吹っ掛ける学生など、60年代の風俗が観ていて楽しいです。どことなくシュールな深夜の街を羊が逃げ回るシーン、テーブルの上にプチ農場を作ってアニーの気を惹こうとするボニのユーモラスな仕草など、さりげない描写も印象に残ります。『冒険者たち』でドロンとリノ・ヴァンチュラにぼこぼこにされてたポール・クローシェが善良な医師を演じたり、いつも強面の刑事を演じるベルナール・フレッソンが田舎の純情な牧畜業者に扮したり、等身大のキャラクターたちにも魅力があります。地味で、事件も何も起こらない作品なのですが、一人でも多くの人と、この映画の感動を分かち合えたらいいなあと思うのです。
 最後も個人的な話で恐縮です。このDVDのジャケットは、学生時代の友人T君から貰った当時のパンフレットや写真から作られました。映画好きの彼は、『冒険者たち』に因んでつけられた名前の映画サークルに所属し、10代から20代にかけて毎日の様に映画館へ通っていました。私もその半分くらいの映画を、彼と同じ時間に同じ空間で観て、同じ感動を共有していたのではないかと思います。彼は2003年の10月、未だ40代に入ったばかりなのに急逝してしまいました。DVDが完成したら真っ先に彼に観て貰いたかったのに、それが果たせなかったのが残念でなりません。



 『若草を萌えるころ』はとても好きな映画だったので、いつかDVD化しようと、ずっと版権を探していました。SPOさんからマカロニウエスタンを出しまくっていた(最終的にリイッシューを含めて73タイトルをリリースしました)2004年頃だったと思います。とある版元のリストを調べていたら、在ったんですよお。『明日よさらば』の版権が。その版元に問い合わせると、リストには無い幾つかの版権も保有していると言います。そのリストには載っていない作品をFAXで送って貰い、驚愕しました。探していた作品が3つも在ったのです。それが、『若草の萌えるころ』と『さらば美しき人』、そして、『皆殺しの用心棒』でした。その時の予算は3作品までしか買えなかったので、『明日よさらば』は次に取っておこうと思いました。カンヌの映画マーケットで版元と商談し、契約を締結。『さらば美しき人』『若草の萌えるころ』はキングレコードから、『皆殺しの用心棒』はSPOからリリースしました。その後、その版元は倒産してしまったので、『明日よさらば』はリリースすることが出来ませんでした。『若草の萌えるころ』は他の版元に移ったのが確認できて、今も再販中です。『さらば美しき人』の版権は行方不明になってしまいました。
 念願の『若草の萌えるころ』DVDをリリース出来てしばらく経った頃、今はなくなってしまった『TITLE』という雑誌に、吉本由美さんの「するめ映画館」という対談形式のコーナーが連載されることになりました。「するめ映画館」の第一回に取り上げられた映画が『若草の萌えるころ』で、ゲストは村上春樹さんでした。私がコラムのタイトルを『羊も出てくる夜の冒険』にしたのは、映画の世界観が村上春樹さんの小説に似ている印象があって、ただ何となくつけたのですが、対談を読んで驚きました。村上春樹氏はどうも、『若草の萌えるころ』を大好きだったみたいなのです。彼の小説に羊が出てくるのも、この映画の影響かもしれません。大好きな『若草の萌えるころ』がなかなかDVD化されないので、自分で小説にしたと、村上春樹氏は対談で語っていました。そして、それが『アフターダーク』なんだそうです。確かにプロットが同じです。


 
 『若草の萌えるころ』と同じく、キングレコードからリリースされた【欧州恋愛映像図鑑 DVD-BOX3】 “戦争の記憶”より、『別れの朝』に執筆したコラムです。

『失われた名画を求めて』

「マンハッタンを舞台に、イケメン男女がいちゃいちゃする映画はたくさんリリースされて、僕の大好きな『悪魔の植物人間』が未だDVD化されないのは何故?」(※今はDVD化されています)
「女学生の頃、友人たちと連れ立ってラヴロック様の映画を何度も何度も観に行ったものですわ。それなのに、今では彼女らはすっかり彼のことを忘れ、ペ様だかヨン様だかに夢中になってますの」
 ふむふむ。なるほどなるほど。
 ある程度DVDをコレクションし始めると、何であんな名作をDVD化しないのだろうか?これとこれは揃ったのに、後この作品だけが発売されないためにコンプリートにならない…と言った悩みを、同好の士より聞くことになります。DVD版権墓掘人の私が、ここで業界の裏事情をこっそりとお教えしましょう。
「しばらくは、銃と馬の出てくる映画はやりたくないです」
 今から数年前。本国イタリアよりも多くのスパゲッティ・ウエスタンDVDをリリースし続けていた時に、某販売会社のプロデューサーS氏は私にそう呟きました。
「次の企画は恋愛映画がいいなあ」…彼の要望を受け、私は早速“恋愛映画”の版権を探し始めたのです。
 その際、自主的に幾つかのハードルを儲けました。トレンディーな男女がくっつき合ってハッピーエンドになる、チャラい恋愛映画は商品化したくありませんでしたからね。まず、作品はヨーロッパ映画のみに絞りました。重くて暗い、欧州映画。次に、結末がアンハッピーエンドになるものばかりを集めました。昔、「金は盗むより使う方が難しい」との名台詞を残した山賊がいましたが、恋愛関係もまた、成就させるより永続させる方が困難なのです。残酷な結末の、悲恋の物語を集めるのは簡単でした。そして三番目に、今までパッケージ化されたことの無い、知る人ぞ知る作品をターゲットにしよう。そう思ったのです。
 この、最後のハードルが大変だったのでした。DVD化されてないのは、それなりの理由があったんです。当初は、『早春』(70)とか、『妖精たちの森』(71)とか、『アナとオットー』(98)などもラインナップに入れたかったのです。(※『早春』を除き、今はDVD化されています)今でも私はそれらのDVD化を夢見てますが、結果としては断念せざるをえませんでした。なかなかDVD化されないのは、幾つかの原因が考えられます。
@ 大手メジャーが抱えて他社には扱わせない
A 権利関係に問題があってリリース出来ない
B 原版が行方不明、もしくは状態が悪くて商品化が難しい
C 版元が多額な権利金を吹っ掛けて採算が取れない
 …他にも色々と理由はありますし、それらが複雑に組合わさって、おそらく永遠にDVD化されないだろうと言う作品も少なからず存在することが判ってきました。そんな幻の作品となりかけていたひとつが、本作『別れの朝』です。
 このDVDを買って下さったあなた、本当にありがとう。権利元プロデューサーとの交渉に2年半を費やしました。状態の悪い原版の補正にかなりの金がかかりました。何度もブチ切れそうになり、ベッドに馬の首を入れられたりする嫌がらせを受けながら(うそです)、何とか製品化にこぎつけたのです。私はこの作品の題名を聞くだけで、夜明けの煌めく海岸の風景がすぐ脳裏に浮かびます。いい映画なんです。きれいな馬とモーゼルの軍用拳銃が出て来るのもポイントが高いです。監督のジャン=ガブリエル・アルビコッコは60年から70年代初頭にかけて6本しか撮ってない寡作な映画作家ですが、数本のほんとうに美しい、宝石の様な作品を残しており、本作はその1本に当たります。
一度観たら忘れられない幻想的なカメラワークで、夢の中の風景に似た画面を構築したのは、監督の父親であるキント・アルビコッコ。親子でいい仕事してますね。
 悲劇の恋人たちを演ずる二人もまた、素晴らしいです。ショート・カットになってからのカトリーヌ・ジュールダンも素敵ですが、マチュー・カリエール扮するドイツ軍将校登場シーンと言ったら、美しさの中に邪悪さを併せ持ち、たまらなく格好良いです。彼は本作以降パッとしませんでしたが、『真夜中の刑事/PYTHON357』(76)で、イヴ・モンタンの部下として出て来た時はうれしかったですよ。渋い中年になってから再会した『エゴン・シーレ/愛欲と陶酔の日々』(80)も忘れられません。もしこの企画がそれなりに売れましたら、第二弾は英国やドイツの作品を中心に、同じコンセプトで幻の作品群をDVD化したいと考えております。出来れば美しい男女が思い切り不幸になり、銃と馬が出てきて…

(蔵臼金助)

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