『ワイルドバンチ』 (Togetter「蔵臼金助氏による『ワイルドバンチ』コラム再録ツイートまとめ」)


『ジョン・M・ブローニングの影』

 どの分野にも天才は現れるもので、銃器の世界では、独学で約130件ものパテントを取得したジョン・モーゼス・ブローニング(1855-1926)こそが、まさに天才と呼ぶにふさわしいのではないでしょうか? 『ワイルドバンチ』の映画史に残る未曾有の大銃撃戦の直前、黙々と武装するパイクらの装備を見てみましょう。ポンプ・アクション・ショットガンのウインチェスターM1897、レバー・アクション・ライフルのM1892、米陸軍が最初に制式採用した自動拳銃M1911…。パイクが腰に下げたコルト・シングル・アクション・アーミーを除いては、いずれもブローニングが設計に関わった銃器です。そして、銃撃戦の最中に延々と弾丸をまき散らす、水冷式重機関銃も…。他に、『夕陽のギャングたち』でジョンがファンに貸し与えたブローニング・ ハイパワーも、『ルパン三世』でふ〜じ子ちゃんがガーターベルトに挟んでいる F.N.1910も、『コンバット』でカービィがいつも手にしているBARも、すべて彼が設計に携わりました。軍用銃や拳銃ばかりでなく、彼は上下二連のスポーツ用散弾銃やオートマチック・ショットガン、.22口径のターゲット・ピストル等、あらゆるタイプの銃器を設計しております。
 このコラムでは、『ワイルドバンチ』で重機関銃と並び、最も印象的な使われ方をしているブローニング設計の連発式散弾銃、ウインチェスターM1897 について解説いたしましょう。マガジン・チューブを囲む様に取り付けられたフォアエンドを前後させることにより、装弾〜排莢を繰り返す作動形式を、“ポンプ・アクション”、または“スライド・アクション”と呼びます。ポンプ・アクションは、それ迄主に狩猟に使われてきた散弾銃を、軍用・警察用に展開させる事になりました。繰り返し連射出来る散弾銃が、近接戦闘・暴動鎮圧用に効果的だったからです。特にこのウインチェスターM1897は引き金を引いたまま速射することが出来、フィリピン・ミンダナオ島での米比戦争において海兵隊が使用、抜群の有効性を示して、第一次大戦時にはハーグ協定違反と指摘されるまでになります。『ワイルドバンチ』で劇的な使われ方をしてからは、『100挺のライフル』『プロフェッショナル』『大いなる決闘』などに登場、『アンタッチャブル』などのギャング映画でも見かけることがあります。最近ではアンティークの仲間入りをしたのか、スクリーンで発砲シーンを見ることは少なくなりましたが、'70年代初頭位迄は、『ブリット』『ダーティハリー2』『ローリング・サンダー』などのアクション映画で、その勇姿を見ることが出来ました。

 マカロニ全盛期の'60年代後半、ハリウッドの反逆児サム・ペキンパーが、イタリア製西部劇に対して意地を見せたのが本作、『ワイルドバンチ』です。若くはない4人の無法者たちが、メキシコ軍に捕らわれた仲間のため、百人以上の軍隊を相手に命を投げ出します。当時の近代兵器(水冷式重機関銃、自動拳銃、連発式散弾銃)が火を吹き、唸る、凄絶な銃撃戦は、作られて40年以上経つのに、今なお観る者を驚愕させ続けています。多くの映画作家がこの作品に影響を受け、クライマックスの銃撃戦を模倣しようと試みましたが、この作品を超えられたものはありません。“機関銃による皆殺し”“自動拳銃の登場”…銃の描写だけ取っても、明らかにマカロニを意識した演出が見受けられますが、本作には凄絶な銃撃戦の中に、滅び行くアウトローへの挽歌が切々と感じられるのです。
 大殺戮の始まる直前、一瞬の静寂が訪れますが、私はあのシーンが大好きです。目の前でエンジェルを殺されたパイクらは、反射的に銃を抜き、将軍を撃ち殺します。血を吹いて崩れ落ちる将軍。緊張の走る中、パイクらは最初、銃を構えたまま辺りを見渡します。どこからか銃弾が飛んで来るのが自然です。身をかがめ、緊張した目つきで周囲の様子をうかがいますが、意外な事に周りのメキシコ兵たちはすぐには反撃してきません。呆然とたたずむばかりか、副官までが両手を挙げ、降伏の姿勢をとっています。ひょっとしたらここで何事も無かったかの様に、トラブルを解消出来たかもしれないのです。副官が降伏してる以上、部下も手出しはしないでしょう。でも、パイクたちはそんな事はしません。ダッチがひひっと笑うのをきっかけに、パイクはすくっと背筋を伸ばし、まず最初に、ドイツ人軍事顧問を撃ち殺すのです。
 ここの姿勢を正すパイク見たさに、ビデオやLD、DVDを何度繰り返し観た事でしょう。この時のウィリアム・ホールデンは実にいい表情をしています。後はもう、毎回見慣れた迫力の銃撃戦。絶え間なく撃ち続ける重機関銃の連続発射音の合間に、ウインチェスターM1897のスライドの作動音と散弾銃が発する轟音、ライフルの銃声、ダイナマイトの爆発、悲鳴、罵声…「阿鼻叫喚」とはこの様な状況を指すのでしょう。でもこの銃弾の嵐よりも、その前の一瞬の静寂に、私はペキンパーの凝縮された演出力を感じます。こんなに緊張が張りつめた瞬間を、私は他の映画で観た事がありません。辛い時などにこの時のパイクの行動を思い起こすと、不思議に勇気が湧いてくるのです。
 ラストで、ロバート・ライアン扮する元仲間の追跡者ディークが、死んだパイクの形見であるコルト・シングル・アクション・アーミーをホルスターから抜き取るシーンがあります。映画を通して1発も弾丸が発射される事のなかった、その西部劇ゆかりの銃のこと、実際にメキシコ革命で使われた量をはるかに凌ぐと言われている、ブローニング設計の、当時の近代兵器から発射された弾薬の量を考えますと、間接的ではありますが、パイクらを過去へと追いやったのは、画面には登場しないジョン・M.ブローニングだったのかもしれません。


(蔵臼金助)

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