『ミスター・ノーボディ』『ミスター・ノーボディ2』 (Togetter「蔵臼金助氏による『ミスター・ノーボディ』『ミスター・ノーボディ2』コラム再録ツイートまとめ」)

 数名の方からリクエストを頂いた『ミスター・ノーボディ』の原稿を再UPします。同じくSPOのDVD-BOX用に書かれたもので、拙著にも載せてあります。『ミスター・ノーボディ2』の方は割愛されたものですので、初めて読まれる方もいらっしゃるかもしれません。


『汝の名を何と呼ぶか?』―『ミスター・ノーボディ』

 主、悪霊に憑かれたる人に問い給う、「汝の名は何か」
 彼は答えて、「我が名はレギオン。われらあまたなるがゆえに」 (新約聖書 マルコ福音書 第5章第9節)

 一神教であるキリスト教徒にとって、数多(あまた)なる存在は悪だったのでしょうか。ケルト人が信奉する古代ドルイド教はキリスト教に融合され、彼らの信じるあまたの神々の痕跡はハロウィーンにその名残を留めることになりました。万聖節で異教徒の神々を敬うのは、キリスト教徒の後ろめたさから生まれた習慣なのかもしれません。八百万(やおよろず)の神々を信じていたのは我々日本人やケルティックだけではなく、北欧神話にも個性的な神々が多数登場します。
 中でも天翔ける女神たちワルキューレは、ワーグナーのオペラ「ニーベルンゲンの指環」で取り上げられ、『ミスター・ノーボディ』の“ワイルドバンチ”登場時に、そのメロディがちらりと出てきます。レギオン…“悪霊”と訳されることが多いのですが、その意味するところは“大勢”です。フランス外人部隊のことを“LA LEGION ETRAGERE”と呼びますが、“軍隊”の語源はここから来ているのですね。肺炎を引き起こすレジオネラ菌も、退役軍人の間に感染者が増えた事からその名がつけられました。
 二挺のカービン銃と共に、総勢150人もの“大勢の悪”ワイルドバンチにたった一人で立ち向かうジャック・ボーレガードの勇姿は、ハリウッドに代表されるメジャー映画会社、巨大資本に対抗するヨーロッパのインディペンデント監督を重ね合わせる事も可能です。
 しかし、ここでは、ロングコートに煌めく鞍を持つ…ワイルドバンチ一味と同じ格好をした一人の若者。全てを仕掛け、機関車の上から一部始終を眺めている傍観者に、語りかけてみたいと思います。
 「WHO ARE YOU?(お前は何者だ)」…『ウエスタン』で“ハーモニカの男”に名前を聞き続けたヘンリー・フォンダは、本作でも“大勢”の代弁者であるノーボディに名前を問い質しました。彼は質問に対し、答えます。「NOBODY(誰でもない)」。
 マカロニ・ウエスタンの特色として、“主人公の匿名性”があります。ハードボイルドの必須条件ですね。原題では「〜と呼ばれた男」「彼らは俺を〜と呼ぶ」「奴の名は〜」と主人公のニックネームばかりが連呼され、「名前の無い」寡黙な主人公の何と多いことか。それが、ガンマンの逆説的なアイデンティティの証明となっているのです。“大勢”の代弁者にして、無名・匿名の“群れ”の中から現れた一人の若者。彼が“個”であるボーレガードとコミュニケーションを深め、最後に「SOMEBODY(個)」に成り代わるサクセス(?)ストーリーが、本作のアウトラインです。

 彼らの腰に目を落としてみましょう。唯一の共通点であるコミュニケーション・ツールがぶら下がっています。
 時代が新しい波に飲み込まれようとしている時、彼らのホルスターに共に収まっている銃は、どちらかと言えば旧式なコルトM1851ネービー。彼らの間でこの銃は、インターフェイスとしての役割を担っているのです。ビリヤードで球を“撃ち合う”場面を思い出して下さい。会話以上に銃のやり取りの方が雄弁ではありませんか。
 本作において製作者であるセルジオ・レオーネは、『荒野の用心棒』で“コルト対ウインチェスター”の名場面を作り出した生粋のGUNマニア。続く『夕陽のガンマン』では、前作で稼いだドルをつぎ込み、より多くの珍しい銃器を登場させました。『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』でその傾向はさらに加速、カートリッジ・コンバージョンのコルトM1851ネービー、レミントン・アーミー、スペンサーライフルにリボルビング・カービン、タイプの異なる複数のガトリングガンまで持ち出します。
 監督のトニーノ・ヴァレリも黙ってはいません。デビュー作、『さすらいの一匹狼』でテレスコープ付きM66、『怒りの荒野』ではドク・ホリディの銃を登場させて物議をかもし、“馬上の先込め銃対決”“ガンマン十ヶ条”など、数々の名場面を作り上げました共にGUNにうるさい二人のコラボレーションとなるのが、本作であります。順番に銃器登場シーンを見ていきましょう。

 タイトル直後。レッドが撃ちまくる銃は、ウインチェスターM1897です。マカロニには滅多に出てきませんが、ここのシーンはアメリカ・ロケですので登場出来たのでしょう。サム・ペキンパーの名作『ワイルド・バンチ』で活躍した散弾銃です。
 続くシーンで、ワイルド・バンチ一味の首領が腰に下げてるのは、ウインチェスターの銃身・銃床を切ったメアズ・レッグ。それも、とても珍しいM73ベースのものです。ロングコートに“カットダウン・ウインチェスター”…レオーネの『ウェスタン』冒頭に出演した黒人ガンマン、ウッディ・ストロードを思い出しますね。
 この映画は銃の登場シーンひとつ取っても、色々な映画に対するオマージュを感じさせます。“ワイルド・バンチ”とは実在した無法者集団で、別名“壁の穴ギャング”とも呼ばれました。悪事を行う時はその都度メンバーを組み替え、1896年にキャシディ・ポイントに集まった際は200名以上。当局と一戦交え、退却時に総勢75名でワイオミングを通過するのを、当時の地元新聞が報道しています。彼らとの対決にジャックは二挺のカービン銃を用いました。一挺は、マカロニにはよく出てくるウインチェスターM92。もう一挺は、珍しいM73です。老眼鏡をかけ、タンジェント・サイトを立てながら狙いをつけるジャックが滅茶苦茶格好良いですよ。
 そして、ついに二人の決闘の時がやって来ます。ニューオリンズで向かい合う二人の銃は、共にコルト・ネービー。互いの共通の価値観の象徴です。ノーボディの銃はオーソドックスなカートリッジ・コンバージョンですが、ジャックのものは彫刻が施され、年季の入った高価そうなカスタムガンです。イタリア人はこの銃が大好きです。『続・夕陽のガンマン』から始まり、『黄金無頼』『血斗のジャンゴ』『荒野の三悪党』『風来坊/花と夕日とライフルと…』『風来坊U/ザ・アウトロー』『自転車紳士西部を行く』…おびただしい作品に登場します。あれ? 何だかテレンス・ヒルの作品が多いですね。
 ガリラヤ湖の向こう岸、ゲラサ人の土地の悪霊に憑かれた人は、墓場を住み家としていたそうです。彼はイエスと対峙して悪霊から解放され、「家族のもとへ帰れ」と諭されました。本作では、ジャック・ボーレガードが海路へ旅立って行きます。“ワルキューレ”の名には、「戦士を運ぶ者」と言う意味がありました。北欧神話の女神たちは、戦場で闘って死んだ英雄の魂を運ぶのが仕事だったのです。ジャックは正に、墓場で帽子を撃ち合ったノーボディによって英雄に昇華され、“開拓者たちの故郷”ヨーロッパへと運ばれて行ったことになるのです。

 
『蛇の道はHEAVY、銃の道はNAVY』―『ミスター・ノーボディ2』

 “ミスター・ノーボディ”と“ミス・ナイスバディ”、一緒にお風呂に入りたいのはどっち?
 私だったらコルトネービーと一緒に入りますね。敵に襲われた時、テュコの様に泡越しに発泡...もとい、発砲出来ますので。
 「銃声には持ち主が調整した固有の特徴がある」と呟いたのは「続・夕陽のガンマン」のブロンディですが、銃そのものをトレードマークにしている俳優も大勢いらっしゃいますよ。西部劇では、銃身を14インチに切り詰めたトラッパーズ・カービンをくるりと回すジョン・ウェルズ…失礼しました。ジョン・ウェインの知名度が高いと思われますが、他にもメアズ・レイグを巧みに操る「拳銃無宿」のスティーヴ・マックィーン、「ヤングガン」以降ダブル・アクションのコルトを常用するエミリオ・エステベス。
 マカロニでは、拳銃のグリップに蛇の銀細工を装着するイーストウッド、“ストレンジャー”シリーズで散弾銃を用いるトニー・アンソニー、“サバタ”シリーズで四連銃身のデリンジャーを愛用するリー・ヴァン・クリーフ…彼らは銃を名刺代わりにしています。
 西部劇以外でも、ベレッタM92F乱れ撃ちを看板にした“リーサル・ウェポン”のメル・ギブスン、ワルサーPPKと言ったら“007”と言う様に枚挙にいとまがありません。
 そして、本作「ミスター・ノーボディ2」のテレンス・ヒルも、いつの頃からか、西部劇に出る時はいつもコルトネービーを使うようになっていました。「続・夕陽のガンマン」のイーストウッドが、マカロニ俳優のイメージが重くなる前にあっさりとスネーク・インレイド・グリップ付きネービーを捨て去ったのに対し、ヒルはジュゼッペ・コリッツィ監督の「荒野の三悪党」他、一連の作品に出演して以来、「風来坊」シリーズから「ミスター・ノーボディ」とその姉妹編である本作、「自転車紳士西部を行く(TV)」に至る迄、コルトネービーを使い続けます。
 コルトM1851ネービー…オクタゴン・バレル(八角形銃身)がすらりと延びた、細身のシルエットと真鍮製グリップフレームを持つ、美しい拳銃です。 .36口径6連発、銃身長7 1/2インチ、金属薬莢が発明される以前の、“パーカッション・リボルバー”であります。
 20世紀に入って、コルトネービーの魅力を最初に発見したのはイタリア人でした。マカロニウェスタンに登場する以前から、イタリア人はパーカッション・リボルバーの複製を作っていたのです。それが、「続・夕陽のガンマン」で取り上げられた事により人気が出て、マカロニには度々登場する拳銃となったのです。
 コルトネービーの魅力の全てを、レオーネは「続・夕陽のガンマン」で描写し尽くしました。この銃は“バレル・ウェッジ”と言うクサビ型パーツを抜く事により、ワンタッチで銃身とフレームを分離させる事が出来ます。テュコがネービーを“購入”する場面、ブロンディーが分解掃除中敵に襲われ、慌てて組み立てる場面でその特徴が描かれています。そしてこの時の銃は、レオーネがマニアックに描写している様に、カートリッジ・コンバージョン・モデルでした。
 コルト社がパーカション・リボルバーをベースに、“スーア・コンバージョン”“リチャーズ・コンバージョン”“リチャーズ&メイスン・コンバージョン”等、6種類以上もの金属薬莢装填モデルを製造したのは、南北戦争直後からであります。スクリーンに出てきたそのままと言うモデルはありませんが、似た感じの試作モデルが、R.ブルース・マクダウェル著「A Study of OF COLT CONVERSIONS and Other Percussion Revolvers」に紹介されていました。ちなみに“スーア・コンバージョン”だけでも、.31ポケットから大口径の.44まで、5種類の口径が確認されてます。多くのバリエーションが在ったようですね。
 映画でカートリッジ・コンバージョンが使われる理由は二つあります。一つは、金属薬莢を使用した方が、撮影時に手間がかからないため。NGが出てもすぐ込め直せますからね。もう一つは、パーカッション・システムのまどろっこしい装填プロセスを描写しないで済む、演出上の理由から。マカロニに登場するパーカッション・リボルバーは、それで全てカートリッジ・コンバージョンになっているのです。


 イタリア製西部劇に出てきたパーカッション・リボルバー(カートリッジ・コンバージョン・タイプ)を幾つか挙げてみましょう。

<コルト M1851ネービー>
 「続・夕陽のガンマン」以降、コルトネービーは続々とマカロニに登場し始めます。「ドルの両面(未)」「風来坊」にはフレームも真鍮製のモデルが、「西部のリトル・リタ 〜踊る大銃撃戦」ではラウンドバレル・モデルが出てきました。「スレッジ」では冒頭、ジェームズ・ガーナーが下着姿で撃ちまくり、「血斗のジャンゴ」のボウ・ベネット、「虹に立つガンマン(未)」のスタークも使いました。南北戦争が舞台の、「黄金無頼」「要塞攻防戦」にも出てきましたね。

<コルト M1860アーミー>
 3rdモデル・ドラグーンの軽量化モデルとして設計された、口径.44の拳銃です。シリンダー後半に段がつき(リベイテッド・シリンダーと言います)、51ネービーとは異なる“クリーピング・タイプ”と呼ばれるローディングレバーが装着されてます。流線型のシルエットはさらに洗練され、美しい形状となりました。「脱獄の用心棒」に登場しましたが、南北戦争時は北軍の主力拳銃でしたので、考証的にとてもリアルなのです。

<コルト M1861ネービー>
 M1851ネービーと同じ.36口径、M1860アーミーと同じ流線型の銃身を持っています。「ジョニー・ハムレット(未)」でアンドレア・ジョルダーナが父親の形見として使ったのが、全体に美しい彫刻が入り、ニッケルメッキの施されたM1861ネービーでした。「虹に立つガンマン(未)」でも、悪役がクライマックスにニッケルメッキ・モデルを撃ちまくっています。

(蔵臼金助)

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