『リンゴ・キッド』 (Togetter「蔵臼金助氏による『リンゴ・キッド』コラム再録ツイートまとめ」)

『黄金銃を持つ男』

 ややこしい邦題の話。私、マカロニ以外のジャンルに疎いです。『猿の惑星/征服』と聞くと、「続編は『猿の学生/私服』なんだろうなあ」と妄想するし、妻は『ティファニーで調書を』とか『昼下がりのジョーズ』なんて映画が好きなので、好みはサスペンスとホラーだと思ってましたが、どうもブリュッセル生まれの女優のファンらしいのです。興味が無いと題名は覚え難いですね。特に、最近の邦題は難しい。『ホワット・ライズ・ビニース』は夫が妻を溺死させようとするホラーですが、邦題が何を意味するのかさっぱり判りません。『水の中のワイフ』にすべきでしょう。『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』なんてもってのほか。『007/世界は不十分』で十分です。で、『007/オクトパシー』は『007/蛸っぽい』…。ダブル・オー・セブンの話が続きましたが、シリーズの中に『007/黄金銃を持つ男』というのがあります。これはわかりやすいし、題名に偽りもありません。映画にはライターや万年筆、シガレット・ケースを組み合わせると拳銃になる御機嫌なプロップが登場しましたが、原作で殺し屋が愛用するのは、黄金の.45口径コルトS.A.A.です。
 黄金に輝く拳銃…何とも魅力的な小道具じゃありませんか。イタリア製西部劇の制作者たちが放っておくわけがありません。原題を『L' UOMO DALLA PISTOLA D'ORO』、そのものずばり“黄金銃を持つ男”と題されたのは初期の欧州製西部劇、『殺し屋がやって来た』です。しかし、スクリーンには一度も黄金銃なんて出て来やしません。タイトルに偽りありです。『さすらいのガンマン』の主人公が、実はインディアンのライフルマンであったのと同じです。

 でも、嘘偽りない黄金の拳銃が登場したマカロニがあります。それが、マーク・ダモン主演の『リンゴ・キッド』。セルジオ・コルブッチ初期の監督作でイタリア製西部劇には珍しくインディアンが登場しますが、初期作品なので悪役。『さすらいのガンマン』でナバホ・ジョーを描いた時と大違いです。子役で微笑ましさを取ろうとするあたりも『シェーン』を連想させ、昔のアメリカ製西部劇みたいです。この作品の2年後、子役を演じたロリス・ロディは同じコルブッチの『殺しが静かにやって来る』で喉をかき切られるのですから、たった数年でマカロニ・ウエスタンはおおいに変貌してしまった事になります。全体にアメリカ製西部劇の雰囲気を漂わせ、知らない人が観たらマカロニとは気付かない作品ですが、所々にイタリア製西部劇独自の個性が顔を出し始めてますよ。カルロ・シミがデザインした主人公の黒づくめの衣装は、ハリウッド製西部劇から抜け出したかの様なエットレ・マンニの保安官とは対照的で、ギターに銃、水筒に爆弾を仕掛けたりするギミック、神父や女まで平気で撃ち殺す悪役の描き方などにその後のコルブッチの面影を見るようです。
 作品中、主人公が使用するのが、パール・グリップの付いた黄金のスミス&ウェッソン。拍車やパイプ、コンチョなど、身の回りの物を黄金めっきで取り揃えている主人公の特異なキャラと共に、劇中で最もマカロニらしさを主張している小道具です。M1917よりはやや小ぶりでミリタリー&ポリスよりは大きい、おそらく.45口径のM1937か、.44口径のハンドエジェクターをベースにしたカスタム・モデルで、全体に細かい彫刻が施され、金めっきがかけられています。黄金銃が最初に火を吐く描写は圧巻ですよ。教会から出てくる、賞金のかかったメキシコ人山賊たち。黒ずくめの主人公を見るやいなや緊張が走りますが、直後に黄金銃がホルスターから引き抜かれ、左手で操られるダブル・アクション・リボルバーが轟音を放ちます。メキシコ人たちはバタバタと倒れ、鳩の群れが驚いて飛び立ち、あたりに立ちこめる硝煙…。このキレの良いアクションこそが、マカロニ・ウエスタンの醍醐味ですよねえ。

 話は題名に戻ります。本作の主人公の名前はジョニー。主題歌でも歌われますが、劇中では“ジョニー・オロ”(黄金のジョニー)と呼ばれてます。あれ? “リンゴ”も“キッド”も出て来ないじゃありませんか。実在したガンマン、ジョニー・リンゴをモデルにした『駅馬車』の主人公の名がリンゴ・キッドで、おそらくジョニーつながりで邦題がつけられたんでしょうね。いやあ、マカロニのタイトルはややこしいです。
 傍らで妻が、これからオードリー・ヘップバーンのミュージカルを観ると言ってます。ミュージカルだったら、私もよく知っていますよ〜。『西部のリトル・リタ 〜踊る大銃撃戦〜』とか、『熱いトタン屋根の上のバイオリン弾き』とか。オードリー・ヘップバーン主演の映画も勉強しました。『ローマの給仕』とか『荒鷲のサブリナ』とか…。

(蔵臼金助)

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