『ガンクレイジー』 (Togetter「蔵臼金助氏による『ガンクレイジー』コラム再録ツイートまとめ」)

『賞金稼ぎのアルゴリズム』

 続・ややこしい邦題の話。ホラーやSFと同様、イタリア製西部劇の題名は複雑です。大抵は“荒野”“夕陽”“復讐”“皆殺し”“さすらい”と、「用心棒」「ガンマン」「一匹狼」「無頼」などの組み合わせですが、映画・TV関係者が全て順列組合せを熟知してる筈もなく、『地獄のガンマン』が複数存在したり、『復讐無頼・狼たちの荒野』(『復讐の三匹』)、『暁のガンマン』(『さすらいの用心棒』)の様に、放映毎にタイトルが増えて混乱に拍車をかけます。劇場公開時の題名がTV放映時に変わった例もあります。『虐殺の用心棒』『地獄の用心棒』と聞いてすぐ公開題名が判る人は、マカロニ鑑定家合格ですね(正解は、『バンディドス』と『豹/ジャガー』)。特に未公開作のTV放映時は局の人が遊んで題名をつける時がありますので、要注意です。『西部の素浪人ネバダ・ジョー』『革命時カランチョ危機連発』はともかく、『決闘!荒野のサボテン』『銃口で死ねピタリ一発』はどういう感覚でつけたのでしょう。いつだったかディズニー映画を調べていて、『ツツぬけですピタリ一発』と言う作品を見つけた時、「これが元ネタだったか」と喜んだものですが…。『決闘!荒野のサボテン』は題名通り、主人公と敵役が決闘時にサボテンで殴り合う、多肉植物に優しくないC級マカロニですが、主役を演じたのはリチャード・ワイラー。その彼が初めて欧州製西部劇に出演したのが、『ガンクレイジー』です。
 本作もややこしいことに、ドリュー・バリモアが主演した同名のサスペンスがあり、その作品は原題も『GUNCRAZY』。実は1949年作のフィルムノワールに『拳銃魔』と言うのがあって、その原題が『GUN CRAZY』なんです。『拳銃魔』にインスパイアされてドリュー・バリモアの『ガンクレイジー』は作られ(両作品共、ボニー&クライドをモデルにした男女の逃避行話です)、マカロニ『ガンクレイジー』は、配給した松竹映配の方が『拳銃魔』のファンだったので、この邦題をつけたのかもしれません。『拳銃魔』の配給は映配。松竹映配は松竹国際映画と映配が合併した会社なので、題を考えたのは同じ人かも?

 『ガンクレイジー』はリアリズムに彩られた、極上のヨーロッパ製西部劇です。
 冒頭、峡谷を二人の無法者が馬で疾走しています。そして、彼らを執拗に追う男の影。無法者はライフルで狙いをつけ男を撃ちますが、当たりません。その後、落馬した無法者が銃で撃ち返す時も、やはり距離が遠くて当たりません。ライフルを取ろうと馬に駆け寄ったその時、追って来た男は馬上から正確に狙いを定めます。蛇が鎌首をもたげる様に男のコルトが標的を捉え、銃声一発。無法者は倒れます。GUNファンは思わずぐっときちゃいますよ。この作品は、ライフルと銃の射程距離を描き分けているのです。
 追跡者の名は、ルーク・チルソン(リチャード・ワイラー)。ここで初めて彼の顔が映され、死体を乗せた馬上の主人公にタイトルがかぶさって、『THE BOUNTY KILLER』。彼の正体が凄腕の賞金稼ぎである事が判明します。タイトルを観るだけでシチュエーションが理解出来る、スマートな導入部ではありませんか。チルソンはいわゆる“バック・シューター”です。敵が背中を見せた時に発砲するのを厭いません。常に物陰から狙撃する『二匹の流れ星』のジャンゴと同様、リアリストの賞金稼ぎなのです。賞金首を罠にかける際、彼は双眼鏡で地形を把握、ポケット・ウォッチで標的が馬で到着する時間を正確に計ったりもします。賞金首ゴメス(トーマス・ミリアン)の女から「賞金目当てのくせに」と蔑まれても、「君が朝食代を貰うのと同じだ」と言い放ち、平然と1ドル銀貨を投げ渡したりします。そんなクールな彼だからこそ、最後にゴメスと対決する時、「死に急ぐな、若いの」と声をかけるところがたまらないのです。
 ゴメスが立て籠もる寒村が故郷に近く、村人が彼の境遇に同情的なのもドラマを生んでいます。当初はチルソンにむき出しの敵意をぶつけ、ゴメスに協力する村人たちでした。しかし、次第に顔を見せるゴメスの凶暴な性格、エスカレートする暴力に、幼馴染みのエデンは捕らえられていたチルソンを開放、寒村で凄絶な銃撃戦が繰り広げられます。チルソンは頭を使い、正確な射撃の腕で、ゴメスの仲間を次々に倒していきました。そして、迎えるチルソンとゴメスの一騎討ち。この対決シーンは数あるマカロニの中でも、最も迫力があり、息詰まる一瞬です。続く決着のつけ方も、乾いたタッチに余韻を残し、後々まで記憶に残る素晴らしいエンディングとなりました。
 “屋根にかかる空いっぱいの星”とロマンティックな原題を持つジュリアーノ・ジェンマ主演作品は、『星空の用心棒』ではなく、『さすらいの用心棒』としてTV放映されました。夕暮れ時に鳴るアヴェ・マリアの鐘をモチーフに、“アヴェ・マリア(夕暮れ)の拳銃使い”の原題を持つ未公開作は、本当なら『夕陽のガンマン』とつけたいところですが、『アヴェ・マリアのガンマン』と題され、DVD化されました。孤独な賞金稼ぎと自暴自棄に走った不幸な若者の、殺し合う最中の束の間の心の触れ合いを描いた傑作マカロニは、『拳銃魔』の原題を冠され、1967年に日本で公開されました。哀れな若者の死体を馬に乗せ、冒頭のタイトル場面と同様、賞金稼ぎが寒村を去って行くエンディングは失われてしまいましたが、この映画の題名はスペイン公開時の『EL PRECIO DE UN HOMBRE』(男の値段)が最もふさわしい気がします。もし邦題をつけるとしたら、『賞金稼ぎのバラード』でしょうか。(※ ロデオ競技で賞金を稼ぐ男の栄光と挫折を描いた、クリフ・ロバートソン監督・脚本・主演の傑作ニューシネマ)


(蔵臼金助)

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