『スペシャリスト』 (Togetter「蔵臼金助氏による『スペシャリスト』コラム再録ツイートまとめ」)

 午後は私のかなりお気に入りのマカロニ・ウエスタン、『スペシャリスト』に関するコラム再掲です。同じく『ブラス! 真鍮フレームのコルトにまつわる6つのエピソード』の中からの抜粋になります。

『ならば、ハッドに殺らせてみよう!』

 “銃がなくとも何でもやる男”、“スペシャリスト”として恐れられているハッドが帰郷するところから、物語は始まります。冷ややかな眼光。猫の様な身のこなし。演じるのは、'60年代フランスの人気歌手だったジョニー・アリディーです。ロングコートに鎖を編んだ防弾ベストを羽織って、彼は夕暮れの故郷ブラックストーンへと帰って来ます。
 棺桶の中の機関銃や黄金のスミス&ウェッソン、ナバホ族仕様・羽根飾り付きウインチェスターM73に自動拳銃モーゼルC96…。それ迄、主人公たちに凝りに凝った武器を持たせ続けてきたセルジオ・コルブッチが、一匹狼を主人公にした最後のマカロニ・ウエスタン、『スペシャリスト』の主人公に持たせた銃は、7.5in.銃身のS.A.A.、真鍮製グリップ・フレームが装着された複製コルトです。
 彼の特異な、“殺しのスペシャリスト”としての才能を強調したかったのでしょうか、彼はマカロニには幾度も出て来た、何の変哲も無いウインチェスターM66カービンと、イミテーション・コルトで武装しています。そのコルトでさえ、冒頭で保安官に武装解除され、彼は丸腰になるのです。そして町に入った時、ハッドを狙う刺客の影が! 給水塔からライフルをかまえる殺し屋を視界に捉えた瞬間、彼は馬から飛び降りざま保安官の腰の銃を引き抜き、刺客を射殺。転げ落ちながら、さらに一発。二人の殺し屋はもんどり打って倒れます。彼が保安官に向かって笑いながら吐く、捨て台詞。
「それで銃を取り上げたつもりか?」
 格好良いですね。何とも鮮やかな導入部です。彼は現金強奪の濡れ衣を着せられ、縛り首にされた兄チャーリーの仇を討ちに、故郷へ帰って来たのでした。生まれ故郷なので、後に対立することになる山賊ディアブロとも幼馴染み。最初は和気あいあいとしています。聞いたことのある設定ですね。マイク・ホッジスの知られざるフィルムノワール、『狙撃者』(71)も同じプロットでした。『狙撃者』では、主人公ジャック・カーター(マイケル・ケイン)が、ロンドンの暗黒街から故郷の港町ニューキャッスルへ帰還するところから始まります。武装解除されたカーターが思わぬ所から武器を取り出し、顔馴染みの殺し屋たちを追い出すところも似ています。コルブッチはこの英国映画の原作、テッド・リュイスの「ゲット・カーター」を読んで本作を思いついたのかもしれません。クールな主人公のキャラクター造形も『狙撃者』と重なります。
 まとわりつく全てのウザい連中に対し、「俺には関係ないね」とうそぶくハッド。格好良いです。それにひきかえ、町の人々の醜いこと。瀕死の兄をリンチで殺し大金を横領したばかりか、山賊ディアブロ一味が町を襲って来た時には、ハッドに任せて誰も手助けしようとしません。一人では何も出来ない連中ばかりなのです。さらには未亡人の悪女、いつもへらへら笑って、武装した時だけ強気になる若者たちも出て来て、ジャンゴだったらまとめてマシンガンで蹴散らしたいところです。
 でも、コルブッチは『スペシャリスト』でそうはさせません。ラストでハッドは単身、山賊一味に戦いを挑みます。ここで彼は、“スペシャリスト”の本領を発揮。大勢の敵に対し、二挺のウインチェスターを束ねて連射、ファイア・パワーで山賊たちを圧倒します。ライフルの弾丸が尽きるとすかさず拳銃を抜き、右肩を撃たれると左手に銃を持ち替え、まるで阿修羅です。満身創痍、ボロボロになっても、独り体力を振り絞り、ハッドは最後の敵に立ち向かいます。武器は弾丸の尽きた愛用の拳銃が一挺だけ。遠距離から群れて銃を撃ちまくるだけの臆病な若者たちに向かい、ハッドは弾丸の尽きた真鍮グリップ・フレーム付きコルトを握って、じりじりと詰め寄って行くのです。鎖帷子のベストで鉛の弾丸を跳ね返しながら…。
 全てを片付け終え、唯一の味方である少女シバ(『狙撃者』でも、カーターの姪である少女が重要な役割を担っていました)に無言の別れを告げ、ハッドは夕陽の彼方へ消え去って行きました。

 本作以降、コルブッチは孤高のガンマンを主人公としたマカロニ・ウエスタンを撮っておりません。コルブッチはハッドを通じて、何を言いたかったのでしょう? 不利な状況を呪うことなく、その時に在る物を使い、知恵と工夫で乗り切って行く事でしょうか。無駄口を叩かず、信念を実行する事でしょうか。それとも、マカロニ・ブームに陰りが見えてきた'60年代から'70年代に移行する狭間で、イタリア製西部劇に登場する象徴的な武器:真鍮グリップ・フレーム付きコルトを用いて、頭と度胸で戦い抜いた主人公への挽歌でしょうか。
 たぶん、ハッドならこう言うでしょう。「関係ないね」。


(蔵臼金助)

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