『バンディドス』 (Togetter「蔵臼金助氏による『バンディドス』コラム再録ツイートまとめ」)

 ガンマン&用心棒のCompaneros、こんばんワイアット・アープ! 今日のコラム再掲は、DVDリーフ用に執筆し、後に拙著にも再録した『バンディドス』に関するコラムです。

『スミス、ウェッソン&トゥー・スモーキング・バレルズ』

 第二次世界大戦中。連合国の兵士は、左胸ポケットに防弾用鉄板を貼り付けた聖書を入れていたそうです。これは、『荒野の1ドル銀貨』を観てインスピレーションを得た連合国首脳が・・・・もちろん、嘘です。この程度のタイムスリップなら、イタリア製西部劇においてはいくらでも見られる事例ですね。マカロニは滅茶苦茶をやるとよく言われます。確かにそうです。返す言葉がありません。銃器設定考証疑惑・マカロニ側弁護人の私が、被告に代わって謝罪いたします。いや、その滅茶がいいんだ…と開き直る手もありますが、ここはむしろ、滅茶苦茶なマカロニに紛れて一緒に弾劾を受けていた、リアル感あふれる本作品で反論いたしましょう。
 拳銃の師匠が悪の道に入った弟子を倒すため、新たな弟子に銃の道を教え、復讐させる…これって、まるで『スター・ウォーズ』ぢゃないか? と、知人が申しておりましたが、マカロニも『スター・ウォーズ』もルーツをたどれば同じ場所、黒澤明の時代劇に行き着きます。“マカロニ・ウエスタン”が生まれるきっかけとなった、『荒野の用心棒』。その撮影を手がけたカメラマン出身、マッシモ・ダラマーノの初監督作品こそが、本作『バンディドス』。イタリアン・ネオリアリスモの後継者である映画職人の手による、隠れた傑作です。陰影を活かしたカメラワークで描かれるシリアスなストーリー、深みのあるキャラクター設定とリアリズムを感じさせる銃器描写が見事ですよ。

 コルト社とS&W社はメキシコ戦争以来百年以上、いまだにコンペティター同士として競い合っています。シリンダーの回転方向が違ったり、パーツの名称を変えたり。片方が回転輪胴のパテントを取ったら、もう片方は金属薬莢の特許を押さえたり。こうやってメーカー同士はいがみ合い、武器はどんどん進化して行きます。ソリッド・フレームのコルト社製リボルバーに対し、S&W社は全く違うアプローチを試みました。それが中折れ式、あるいはヒンジド・フレームと呼ばれる構造で、特にその中のModel-3リボルバーは、“トップブレイク”と言うメカニズムを用いる事により、素早い排莢が可能となりました。銃身を握って前へ倒すと、カートリッジ6発全てが一瞬のうちにエジェクトされるのです。
 列車襲撃のシーンでプロの拳銃使いマーティンが取り出したのが、このスミス&ウェッソン Model-3でした。指かけの付いたトリッガー・ガード、“SAW-HANDLE(ノコギリの柄)”と呼ばれる独特のグリップ形状から、1871年にロシア皇帝の注文でS&W社が軍用として納入した、.44口径ラッシャンの2ndモデルであることが判ります。端正なスーツに身を包み、一発一発冷静に狙って山賊を倒すその格好の良さといったら、エンリコ・マリア・サレルノの名演技もあって、正に射撃の名手と言う感じです。このS&Wリボルバーは構造上ファニングが出来ません。トリッガーを引いたままだとシリンダーが回らない様になっているんです。射撃の名人にはぴったりの小道具ではありませんか。でもこの銃、画面では一度も火を噴いていません。先ほど私は「一発一発冷静に狙って山賊を倒す」と書きましたが、実は狙いをつけるシーンさえありません。きっとアンティークの実銃なんでしょう。同じ銃が『復讐のガンマン』にも登場します。この映画でも、S&WはGUNケースの中に納まってるだけで、発火させることはありませんでした。

 切り落とされた水平二連散弾銃の銃身を拾ったリッキーは、その時初めて、師匠の抱く恨みの深さを知ります。決闘の前に拍車を外したり、弟子同士の撃ち合いは着弾がまとまっていたりと、細かい演出をする本作ですが、中盤では散弾銃の銃身を切断するプロセスが丁寧に描かれます。イーストウッドの『許されざる者』を思い出してみましょう。視力の衰えたガンマン、ウィリアム・マニーは、かつて愛用したスタール・リボルバーで標的を何発か撃った後、あまりに当たらないので散弾銃に持ち替えます。しかし、昔の勘を取り戻した彼は、最後の対決にS&WModel-3“スコーフィールド”を併用するのです。“SAW-HANDLE”のS&Wと“SAWED-OFF”された散弾銃を使った本作のマーティン同様、『許されざる者』のマニーは、S&Wと散弾銃に命を託したんですね。
 マカロニにも、映画的にリアルな銃撃戦を演出出来る監督がいたのです。『荒野の無頼漢』や『黄金の三兄弟』、“サルタナ”シリーズに登場する武器を観て、マカロニ銃器研究家は頭を抱えますが、『さすらいのガンマン』のレミントンM1879、『夕陽のガンマン』のヴォルカニック・ライフル、本作のS&W ラッシャンを観て唸ってしまうこともあるのですよ。ジョージ・ルーカスのSF大作でも、師匠は悪の道に走った元弟子に倒され、若き後継者がその復讐をはたしました。しかし、その師匠の“オビワンに短く、タスケンレーダーに長し”と言ったあやふやな最後とは異なり、本作の落ちぶれた拳銃の名手の末路はあまりに切なく、やりきれません。酒場で必死に散弾銃へシェルを込め直そうとするエンリコ・マリア・サレルノの名演技に、皆さんも涙しましょう。


 『バンディドス』について、コラムを再掲しました。この作品はマカロニウエスタンの中でも、私の最もお気に入りの作品ですので、以前呟いた捕捉も続けて再掲いたします。
 『バンディドス』は世界的なマカロニブームが頂点に向かいつつある1966年に製作され、日本では1968年9月に公開されました。いかにもイタリア製西部劇らしい劇画的な格好良さと哀愁、それと日本の時代劇にも通じる心意気に溢れた秀作です。アネックから廉価版DVDが発売されてます。監督のマックス・デルマンは本名をマッシモ・ダラマーノと言って、元々はカメラマン。日本での“マカロニ”第一号『赤い砂の決闘』を始め、『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』の撮影をてがけ、本作は初の劇映画監督作にあたります(監督デビューはドキュメンタリー)。だから撮影が凝ってますよ。マッシモ・ダラマーノは後に『毛皮のビーナス』『ドリアン・グレイ/美しき肖像』『ソランジェ 残酷なメルヘン』『愛の妖精アニーベル』『ナイトチャイルド』といった、ジャーロ&エロチック・スリラー系の秀作を次々に監督。西部劇は『バンディドス』1本となります。
 音楽がこれまたすげぇ〜かっけー曲なんですが、作曲したのはエジスト・マッキ。いかにもマカロニといったスコアを作りましたが、西部劇はこれ1作のみです。他には『暗殺者のメロディ』『パリの灯は遠く』『父/パードレ・パドローネ』といった、東部のシネフィル野郎が好みそうな映画の音楽を担当。

 ここで『バンディドス』とイーストウッドの奇妙な関係について、再度つぶやきます。以前、『情無用のコルト』解説の際にマカロニとヒップホップの関係について触れましたが、『バンディドス』の主役エンリコ・マリア・サレルノがつぶやくウエスタン・ラップの名曲に『リンゴ・ガン』という曲があります。『リンゴ・ガンのバラード』は原題を“La ballata della citta senza nome”(名前の無い町のバラード)と言うのですが、このタイトルはイーストウッドが出た『ペンチャー・ワゴン』の伊公開時の題名なんですね。なのでおそらく、『ペンチャー…』伊公開時に作曲されたイメージソングか、日本でもよくやるのですが、差し替えられた主題曲なのかもしれません。『リンゴ・ガン』を作曲したのは『風来坊』のミカリッツィではないかと言われています。コーラスの使い方など、確かに同じですな。それで、その『ペンチャー…』には『バンディドス』のもう一人の主人公を演じたテリー・ジェンキンスが出ているのですよ。『荒野の用心棒』製作時にダラマーノがイーストウッドと仲良くなり、彼に口ききしたのかもしれませんね。テリーの映画出演作は『バンディドス』『ペンチャー…』の2作だけです。

 列車や山賊、ピストルなどの銅版画をポップアート風にコラージュしたメインタイトル。マカロニの中でも格段にしびれる主題曲がかぶさって、『バンディドス』の本編が始まります。マカロニには『荒野の用心棒』以来、アニメでタイトルが始まるのが多く、それぞれに格好良さを競っています。荒野を失踪する列車。この映画は列車が山賊たち(バンディドス)に襲撃されるところから始まります。無賃乗車で追い出される若者、安酒をあおる老人、話し好きな車掌…人物が丁寧に描写されるので、この後の惨劇が引き立てられ、またこの作品はマカロニには珍しく、きっちり伏線が張られてあります。
 車掌がナイフで刺されたのと同時に警笛が鳴り、馬を駆る山賊たちを正面から捉えたショットがズームバックした途端、そこは陸橋の手前で列車が上を駆け抜け、エジスト・マッキのスリリングな襲撃のテーマが鳴り出すという、マカロニファンでなくても鳥肌が立つような列車襲撃シーンが始まります。この襲撃シーンは何度観ても素晴らしい! モンタージュのお手本です。列車を追尾する山賊達に併走してカメラが追います。始まる銃撃戦。撃たれた乗客はのけぞり、山賊は馬から落ちます。スタントマンは命がけでしょう。高速で回転する輪転、釜に投げ込まれる石炭、音楽が見事に画面にマッチしてます。このシーンのエジスト・マッキの音楽は、楽器で汽車の警笛や回転する車輪、走行音、蒸気の音などを表現していて、天才ではないかと聴く度に思います。このシーン、劇場のスクリーンで観たいですよ。やっぱりDVDで観るマカロニは安っぽい。劇場で迫力ある銃声と御機嫌なサントラが付けば別物です。
 列車には偶然、射撃の名人マーティン(エンリコ・マリア・サレルノ)が乗り合わせていました。先ほど、『バンディドス』とイーストウッドの奇妙な関係についてつぶやきましたが、このエンリコ・マリア・サレルノは、イタリアではイーストウッドの吹き替え声優としても知られていました。
 マーティンが使う銃は、S&Wの.44口径“ラッシャン”の2ndモデルです。この銃は19世紀にスペインで大量のコピーが作られましたので、このブルーがしっかり残っている銃もその頃の実銃なのかもしれません。なので、発火シーンは一切無く、音とcut割でごまかしています。構造上、S&Wのシングルアクション・リボルバーはファニングが出来ません。それを知ってか知らずか、この映画の中でマーティンは連射することはせず、1発1発正確に山賊を狙って、確実に相手を倒していきます。
 そのプロの技を見て、山賊の首領ビリー・ケインはピンときました。射撃の名手をマーティンと見破ったのです。それで、彼は1対1の決闘を申し込み、マーティンと決闘します。仕立てのいいスーツを着込んだマーティンが列車から出てきて、ビリーと向かい合います。ビリーはかつての教え子でした。二言三言会話が交わされ、息詰まる瞬間の後に、一瞬で勝敗が決定します。ビリーが銃を抜こうとしたかつての師匠の手元を狙い、銃をホルスターごと撃ち飛ばしたのです。その後、山賊に抵抗する者はいなくなり、乗客は皆殺しにされます。女子供関係なく、文字通りの凄惨な皆殺し。マーティンは両手の甲を撃ち抜かれ、荒野に置き去りにされました。
 数年後、マーティンは落ちぶれて、銃の曲芸師として生計を立てています。酒に溺れ、自由の効かない両手のせいで興行師となり、若者に銃の腕を教え、見せ物小屋で曲芸を披露させていたのです。ある日、マーティンは一人の若者リッキーと出会い、物語は深みを増していきます。

 『バンディドス』は巧妙に伏線が張られた映画で、登場人物一人一人のキャラも掘り下げられ、陰影に富んだスリリングな映画なのですが、その中で最も印象深いシーンをご紹介します。
 酒場で撃たれた強盗団の一人が、周りの客を道連れにしようとする場面です。男は瀕死の重傷を負いながら、ピアノ弾きに演奏を続けるよう命令し、踊り子を脅迫します。壁に掲げられた絵を見て、それが何の絵かを訊きます。油彩のモチーフは「サルダナパロスの死」でした。私は2005年に横浜美術館で、ドラクロアが描いた同じモチーフの絵を見たことがあります。サルダナパロスは古代アッシリアの王で、贅沢三昧の暮らしをして奴隷から反乱を起こされます。城の周囲を包囲され、死を悟った王は、奴隷を目の前で皆殺しにし、その阿鼻叫喚を眺めながら死を待ったと言います。その話を聞いた瀕死のガンマンは、酒場で同じことを再現しようとするのです。
 このエピソードだけでも他のマカロニとは違うなと思いますでしょう。他にもいいシーン、名台詞がいっぱい出てきます。落ちぶれた酒浸りのガンマン、マーティンはどうなるのか? 彼と行動を共にする若者リッキーの真の目的は? スタイリッシュなアクションシーンを交え、物語は感動のラストに…。
 興味を持った方は廉価版のDVDが出ておりますので、購入して、観て下さい。『バンディドス』の紹介はこの辺で。 アディオス!


(蔵臼金助)

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