『荒野の棺桶』 (Togetter「蔵臼金助氏による『荒野の棺桶』コラム再録ツイートまとめ」)

 ステファンと言えば、ロワッシーの城主ではなく、アントニオ・ディッテッフェのことでございますよ、アミーゴ♪ 私が言うのも何だが、ステファンの映画はどれも皆同じなので、コラムの中で映画のことは殆ど触れていません。ダブルアクション・リボルバーの記述が殆どです。

『SPARA式世界』

 疾走する馬上で両手にかまえたウインチェスターを連射出来たアンソニー・ステファンですが、拳銃の扱いは得意ではありませんでした。銃の扱いが不得意なスターは意外に多く、チャールズ・ブロンソンはファニングで手を擦り剥いて涙目、トーマス・ミリアンも銃が苦手だったので、『復讐のガンマン』の決闘はナイフを用いました。『必殺の用心棒』のハント・パワーズはオーディション時、「拳銃は使えるかね?」と聞かれ、「もちろん、バッチリです」と答えた後、銃とホルスターを手に入れ、射撃場に通い始めたそうです。彼らはプロの役者。銃の操作が不慣れでも演技でカバーし、スクリーンでは凄腕のガンマンを演じきってしまうんですね。
 もちろんアンソニー・ステファンも演技派です。銃を持つ手元に目がいかぬよう、飛んだり跳ねたりして撃つアクロバット・ガンプレイで観客をガンスモークにまきます。跳ねて撃つ。転がって撃つ。眠りながら撃つ…。SPARA! SPARA! SPARA!
 あ〜、失礼しました。眠りながら撃ってるのではありません。目を細めた方がより動く標的を捉えやすくなるのです。『小さな巨人』でワイルド・ビル・ヒコックが、ダスティン・ホフマン扮する主人公に、そう指導していました。マズルフラッシュで思わず目を瞑ってしまったかの様に見えますが、そうではないのですよ。へっへっへ。

 『荒野の棺桶』のステファンは、5 1/2インチの複製シングル・アクション・アーミーを使用します。“シングル・アクション”とはリボルバー(回転式拳銃)の撃発システムのひとつで、西部劇に登場するガンマンたちは、ホルスターに収めたシングル・アクションの銃を抜きつつ、親指で撃鉄を起こしながら目標に狙いを定め、人差し指で引き金を引いて発砲します。シンプルではありますが、この一連の動作を一瞬のうちに行うには、熟練した技術が必要となります。こんな事はマカロニ・ウエスタン全盛期、モデルガン・ブームの中、'60年代に青春を送った方でしたら御存知ですよね。「釈迦に説法」。いや、ガンマンの場合、「チャカで発砲」と言うべきでしょうか。ここではリボルバーの2種類の撃発システム、“シングル・アクション”と“ダブル・アクション”を取り上げてみます。
 歴史的には、“シングル・アクション”が先に誕生。ハンマーを起こすと引き金がフレームから飛び出るパターソン・モデルは、コルト社が量産した初のシングル・アクション・リボルバーです。その後、ウォーカー、ドラグーン、M1851ネービー、M1860アーミー…とパーカッション・ピストルの時代が続き、ついに1873年、金属薬莢を用いるシングル・アクション・アーミーが完成されます。いちいち指で撃鉄を起こす事無く、引き金を引くだけで自動的に撃鉄が起きてそのまま撃てたら便利ではないか…“ダブル・アクション”の考え方自体は既に、パーカッション・ピストルの時代に考案されていました。『許されざる者』(92)に登場したスタール.44口径、イギリス製のアダムスやトランターも、キャップ&ボール式のダブル・アクション・リボルバーです。英国は海軍の伝統があるので、サーベル片手に相手の船に斬り込む際、ダブル・アクションの方が重宝されたのです。コルト社がダブル・アクションの開発に取り組み始めたのは1875年からで、第一号はM1877“ライトニング”。S&W社は少し遅れて、1880年にダブル・アクション・モデルを発表します。民間人が見れば全て同じに見えるリボルバーですが、マカロニには様々なタイプの銃が登場、その中にはダブル・アクションも数多く含まれていました。
 見分け方を教えましょう。トリガー・ガード内の引き金の位置に注目して下さい。ガード内中央にトリガーが位置していれば、それは殆どの場合、ダブル・アクション・リボルバーです。このように、一見同じ銃器に見えながら、実は違う構造を持つ銃の事を、マカロニ銃器研究家の間では“類似ピストル”と呼んでおります。
 西部劇と言えば、主役はシングル・アクション・リボルバーの筈。何故ダブル・アクション・リボルバーがスクリーンに登場するのか、その理由を3つのカテゴリーにまとめてみました。

【1.小道具の不足を補うケース】
 イタリア製西部劇が製作され始めた初期は、S.A.A.のレプリカも絶対数が不足していたのでしょう。主人公のみがS.A.A.を使用、敵役と脇役はダブル・アクションで代用するケースが珍しくありません。当時のヨーロッパには程度の良い、今ではヴィンテージとなっているコルトやS&Wのダブル・アクション・リボルバーが数多く残っていました。容易に入手できるそれらの銃を、小道具として流用したのです。欧州ロケならではのアンティークの珍しい銃、第二次大戦に使われた軍用銃が出てくる場合もあります。
 その後マカロニがブームとなり、レプリカの数も揃って来ると、主人公はコルト社純正のS.A.A.を、敵役と脇役は複製S.A.A.で武装する様になりました(ガンマン全員がコルトを持つ、銃器研究家にとっては退屈な“冬の時代”の到来です)。『情無用のジャンゴ』でホークスが使った銃、『群盗荒野を裂く』でビルがショルダー・ホルスターに下げてたダブル・アクションは、当時流通していたS&Wのミリタリー&ポリスやハンド・エジェクターですし、未公開マカロニ(何と、オムニバス映画です)、『Sentenza Di Morte』では、主役及び敵役全員がコルトのアーミー・スペシャルで撃ち合います。『黄金の棺』の脇役はガンベルトにフランス製M1892を入れてますし、『暁の用心棒』ではイタリアの軍用リボルバー、M1889が使われました。ステファン主演作でも、『地獄から来たプロガンマン』あたりからは、主役から脇役に至るまで登場人物全てにS.A.A.が行き渡る、制作者と観客にとっては幸福な、銃器研究家にとってはつまらない映画となってしまいますが、例えば、同じステファン主演のマカロニですと、『荒野のプロファイター』『無宿のプロガンマン』などに、敵役が古めかしいダブル・アクションを持って登場します。調達しやすく、S.A.A.に一見見えそうな“類似ピストル”を代用品として持たせたのでしょう。
 特筆すべきは、『荒野の棺桶』の最後に出てくる小道具です。ダブル・アクション・リボルバーのグリップ・フレームを切断、御丁寧に真鍮フレームにすげ替えているのです。役者が扱いやすい様にダブル・アクションを持たせ、遠目には真鍮製グリップ・フレーム付きのコルトS.A.A.に見えるよう、小道具係が制作したのでしょう。ああ、今では高額で取引されているアンティークな銃を、何ともったいない…。

【2.役者の演技力をカバーするケース】
 西部劇に出演する全ての役者が拳銃の扱いに長けてるわけではありません。『シェーン』のアラン・ラッドが、少年にファニングを披露するシーンでダブル・アクションを使っているのは有名な話です。銃に不慣れな役者を演技に専念させるため、小道具係が、余計な神経を使わず引き金を引くだけで発砲可能なダブル・アクション・リボルバーを用意したのです。『行け、野郎、撃て!』のファビオ・テスティも、ファニングするように見せかけて、ダブル・アクションを右手のみで連射しました。左手は意味無くぱたぱた扇いでるだけなのを銃器研究家は見逃しません。殺され役の銀行家、娼婦、牧童、山賊の手下たちが、ダブル・アクションを手にしている例は多く発見出来ます。外観を開拓時代のシングル・アクションの銃に見せかけた、凝った小道具が出てくる場合もあります。
 トーマス・ミリアンが使うのはS&Wコピーのダブル・アクション・トップブレイク・リボルバーですが、わざわざエジェクター・チューブを取り付け、S.A.A.に見せかけてます。トップブレイク・リボルバーはシリンダー中心部にオリジナルのエジェクターが付いてますので、銃身横にエジェクター・チューブを付けるのは、ズボンのベルトとサスペンダーを一緒に身に付ける様なものなんです。『大西部無頼列伝』ではラスト&ガッサーのオリジナルのエジェクターを外し、ダミーのエジェクターを付けて銃身を延長させたものを、ディーン・リードが撃ちまくりました。まるでゴジラに襟巻き付けて、ジラースだと言ってる様なもんですな。
 20数本ものマカロニで主役を演じたステファンですから、苦手とは言えシングル・アクション・リボルバーを両手、あるいは片手で連射するくらいならお手のものです。しかし、二挺拳銃となるとそうは行きません。『必殺の二挺拳銃』で彼は、ダブル・アクションの特製プロップに頼ります。一見S.A.A.に似てますが、ダブル・アクションなんですね。おそらく器用な小道具係が複製S.A.A.のフレームにダブル・アクション・メカを組み込んだのでしょう。よく出来たプロップなんです。でも、ここまでやるのなら、いっそのことライトニングの複製を作った方がマカロニ銃器史に残れたのではないかと思います。

【3.ウケを狙ったマニアックなケース】
 意図的にダブル・アクション・リボルバーを登場させた確信犯的なケースです。開拓時代、実際には多くのダブル・アクションが使われていました。イーストウッドの『許されざる者』でポスターにまるで主役の様に写り込んでる.44口径スタールは、ジェシー・ジェームズお気に入りの銃です。名保安官ヘック・トーマスが愛用したのは、ダブル・アクションのコルト・ニューサービス・リボルバー。“ワイルド・バンチ”の一人、“ガンプレー”マクスウェルが身に付けていたのは、コルト・ダブル・アクション・フロンティアでした。そして最も有名なのは、ビリー・ザ・キッドの遺品として残っている、コルト ライトニング ダブル・アクションでしょう。『ヤングガン』でビリー・ザ・キッドを演じたエミリオ・エステベスが出演、『暁の用心棒』のトニー・アンソニーが製作した『ワイルド・ウェスタン 荒野の二丁拳銃』は、セルジオ・レオーネの原案を元に製作されたマカロニ・タッチのTVムービーです。この作品の中でエミリオ・エステベスは、『ヤングガン』のイメージそのままに、両手に二挺のコルト ライトニングを握りしめ、雨あられと銃弾を放ちました。『復讐のガンマン』に登場した決闘のプロ、オーストリアのシュレンヴェルグ男爵に扮するジェラルド・ハーターがスケルトン・リグに吊り下げていた銃は、19世紀当時、欧州に相当量が流通していた、ル・フォウショウ制作のピン・ファイア・ダブル・アクションです。『大西部無頼列伝』にはオーストリア/ハンガリー帝国で将校用拳銃として採用されたダブル・アクションのラスト&ガッサーが用いられ、この銃は『ガンマン無頼/地獄人別帖』にも登場しました。『リンゴ・キッド』のマーク・ダモンは、金めっきと彫刻が施されたS&Wのダブル・アクションを愛用。西部劇に出てくるにはちょっとモダン過ぎますが、撃つ度に黄金の銃を布で磨くこの映画のキャラクターは今観ても際立っています。『真・西部ドラゴン伝』のリー・ヴァン・クリーフも、S&W bR発展型のダブル・アクション・トップブレイク・リボルバーを使用。この様に主人公、あるいは敵役の個性を目立たせるために、ダブル・アクション・リボルバーを持たせるケースもあります。

 銃器研究家にとってリボルバーの撃発システムは、『エル・トポ』と『トッポ・ジージョ』くらい違う重要なテーマです。19世紀の終わりにはコルト社、S&W社共、現在のリボルバーとほぼ同じ構造のスイングアウト・システムを持ったリボルバーを発表。メキシコ革命を舞台にした『五人の軍隊』『群盗荒野を裂く』『ガンマン大連合』には、このダブル・アクション・スイングアウト・リボルバーが堂々と登場する様になりました。この頃になると拳銃は、早撃ち用シングル・アクションの時代から、引き金は重たいけれど素早い装填が可能なダブル・アクションの時代へと移行していきます。リボルバーは、必殺の一弾を放つ熟練した拳銃使いの良き相棒から、誰にでも簡単に扱え、大量に弾丸を消費する消耗品へと変貌していったのです。


(蔵臼金助)

Back