【Chapter 1】
砂塵の舞う荒野の岩陰。一台の馬車。繋がれた四頭の馬。円を作って座る四人の男。
煙草を咥えた一人が、膝に抱える布袋の中から札束を取り出して、顔の横で揺らす。その場にいる全員が、品なく破顔する。
煙草の男はざっと数えて二百ドルずつ、仲間に手渡してゆく。それを二巡する。それでも袋の中にはまだ、おおよそ四百ドル残っている。残らず掴み出し、顔の前に広げてことさら丁寧に百ドルずつ勘定し始める。
仲間たちの視線がゆっくりと、煙草の男の背後に動いてゆくことに、当人は気づかない。数えた最初の百ドル束を仲間の一人に渡そうとする。
「五百」
低く掠れた女の声が、煙草の男の後ろ上方から降る。そのときになってようやく、男は勢いよく後ろを振り向き、仰いだ。
一人の女が立っていた。小麦色の肌と、緩く編んでひとつに垂らした長い黒髪と、右目を眉ごと隠す幅広の眼帯をした長身の女。
「五百」
女は四人の男たちを一人一人、確かめるようにゆっくりと見てゆく。
「五百」
順に顔を見るたびそう口にし、最後に煙草の男を見下ろす。
「お前は八百だ」
女のその言葉と同時に、男たちは一斉に立ち上がり銃を抜く。
しかし女は黒いマントの前をはねのけ、その場にいる誰よりも早く銃を手にしていた。腰の高さで四度弾かれる撃鉄。四発の銃弾。倒れ伏す四重の音。
銃口から煙がくゆり消える頃には、四人の男たちは地獄へ旅立っていた。
女の銃はコルトのS.A.A.《シングル・アクション・アーミー》、銃身が7.5インチのキャバルリー・モデル。フレームは銀色に輝いているが、シリンダーと銃身は、その銀の輝きの中にパープルの色合いを帯びる。
隻眼の女は紫銀の銃をゆっくりとベルトのホルスターに戻し、男たちの周囲に散らばった紙幣を掻き拾う。肩に掛けていた鞍袋にその紙幣を詰め、今度は男たちの死体を集め始める。一人ずつ引きずっては彼らの馬車の荷台に積み上げ、それが終わるとカネの入った鞍袋を担いで御者台にのぼった。
女の低い掛け声と共に手綱が振るわれ、四頭分の蹄の音と、馬車を揺らす四つの車輪の音が遠ざかってゆく。
保安官事務所の前に停まる馬車。死体の積まれた荷台を囲む人影が複数。若い男が死体の顔を上向かせ、手配書の束は小柄な老人が両手で身体の前に下げ、老いて肥った保安官《シェリフ》がその重なって丸まった手配書を一枚一枚広げている。
「テッド・アンカーソン、五百」
読み上げの後、五百ドル分の薄い札束がシェリフから女に差し出され、女はそれを受け取る。黒いコルドベスハットの下から、ダークブラウンの左目がシェリフを見ている。
「トニー・バン、五百」
シェリフは手配書と運ばれてきた死体を照らしあわせて、また五百ドルを女に渡す。
「ジョニー・テッチャー、五百」
五百ドルがシェリフから女に。
「そして、ディック・ボレー。八百だ」
シェリフの手が手配書を離れると、丸まっていたそれはしゅるりと音を立てて素早く元に戻る。シェリフは改めて百ドルずつ数えた八百ドルを、女に渡した。
「全部で二千三百。いい稼ぎだな」
女は別段数を確かめるでもなく、シェリフを見つめたまま無言で、胸の広く開いたベストの内側に札束を押し込んだ。白い開襟シャツの他は、ベストもズボンもブーツもすべて黒だった。
「ところで、この町の銀行が襲われたんだ。四人組の男にな。今日の話だ。二千ドル奪われた。あんたなにか知らんかね?」
四枚の手配書を老人から受け取り脇に抱え、口ひげを掻きながら渋い顔をして、シェリフが女に言った。若い男と老人は、死体の乗った馬車を移動させ始める。女はじっと老シェリフを見ながら、小さく肩をすくめた。
「知らんね」
女の返答にシェリフは唇を突き出し、鼻から強く息を吐いた。
「頭取に気を落とすなと伝えてくれ」
女は表情ひとつ変えず言って、そこで初めて視線をシェリフから事務所の外壁に移した。いやらしく笑う不吉な女の顔を写した手配書が一枚、貼ってある。落ち窪む垂れた目に、剃り落としたかと思うほど薄く短い眉。
『ゲール・ブレナン
賞金 一万ドル
生死を問わず』
「最近じゃ、隣町のララミー・タウンでときどき暴れてるらしい」
シェリフはしかめっ面をしたまま、女の視線を追って手配書を振り返る。
「大抵誰も手を出さないか、出して殺される」
「掛かってる額を見ればわかる」
女は重いブーツの音を数度響かせて、壁に近づく。そしてその手配書を上側からゆっくりと剥がし取る。切れ長の鋭い左目がしばらくの間、その手配書を睨むように見つめる。それからくるくると丸め、ドル札と同じように懐に押し込んだ。壁の前からきびすを返し、事務所の段を下りて道へ出る。
「まぁ、あんたなら可能性はあるかも知れんな。わしもあんたの噂は聞いとるよ、レダーナ」
シェリフの言葉にレダーナは振り向き、彼を仰ぎ見た。
「私はあんたの噂を聞いたことはないな。この辺りに馬を用意できるところは? カネはある」
「あんたが向いてるほうをまっすぐ行った先の宿で尋ねてみな」
指を差すシェリフに、レダーナはわずかに目を伏せて頷き、ゆっくりと示された方向へ歩いていった。
「カネか、あるだろうとも」
その後ろ姿を見ながら、老シェリフが毒づいた。
「二千三百のいい稼ぎ? 四千三百の稼ぎの間違いだ」
自分の言葉を繰り返してから、苦々しく口をへの字に曲げ、脇に抱えていた手配書を四枚まとめてまっぷたつに破く。
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