【Chapter 11】

 陽の落ちた荒野の空気に焚き火の炎が揺れて爆ぜる。朽ちた石壁を背にして座り、キャットは鞍袋の中身を勘定していた。皺くちゃで薄いいくつかの札束を指で擦るように捲る。少し離れた場所の低木には栗毛の馬と黒毛の馬が繋がれている。
「何度も数えなくても、一万あるだろう」
 重ねた石に腰掛け、ブリキのカップからコーヒーを啜るレダーナが言った。キャットは少し視線だけを上げ、不機嫌そうに返す。
「あるさ」
「一万ドルが珍しいのか」
 レダーナはからかうように左目を細める。キャットはぴくりと眉から頬を引き攣らせ、手にしていたドル札を乱暴に鞍袋へ押し込んだ。
「あたしが預かっとくぞ」
 鞍袋を肩に掛け、話を逸らすように吐き捨てる。
「それが賢明だ」
 悪びれない様子のレダーナにキャットは溜息を吐き、シャツのポケットから新しい葉巻を取り出して端を噛みちぎる。
「あんたの四千、あたしの三千、死体漁りまでして集めたもう三千」
 葉巻の切れ端を地面に吐き出して、キャットはレダーナに皮肉を向けた。葉巻を焚き火にかざす。
「いつもこんな調子で稼いでるのか。億万長者だな」
「まさか」
 レダーナはコーヒー一口分喉を鳴らして、一旦カップを焚き火の傍に置いた。その拍子に落ちてきた髪を後ろへ払い、両膝に両肘を乗せる。
「これでも焦ってる。四千ドルも稼いだところだったんだ。しばらくのんびりするつもりだった」
 キャットは黙って鼻で笑うと顔を背け、火のついた葉巻を咥える。
 レダーナは片手で枝切れを拾い、焚き火の燃えカスを軽く混ぜ返す。
「お前に任せた三人は、まだ育つ連中だった」
「育つ?」
 キャットはレダーナを横目に見る。焚き火の炎が揺れるので、それぞれの顔に落ちる影も揺れる。
「一人千ドルの三人組。しかも賞金が掛かってから、それほど経ってない」
 灰の塊が枝の先で掻き回されて崩れ、同時に焚き火を囲う石もかたんと小さく崩れる。レダーナは続ける。
「もう少し待てば賞金額が上がった。あるいはおいしいチャンスがあったかもしれん」
「チャンス?」
「お前は気に入らないようなことだ」
 レダーナは唇の片端だけで笑い、枝をそのまま焚き火の中に放り込む。枝はぱちんと弾ける音を立てる。キャットは深い溜息を葉巻の煙と共に吐き出しながら肩をすくめる。
「それにしたって、耳が早いもんだな。よく知ってるよ」
「私はこれが商売だ」
 地面のカップを取り上げ、コーヒーの残りを飲み干す。カップはすぐにまた下に置く。
「小娘でもなんとかやれる三千ドル選びには、少し悩んだが」
 レダーナの揶揄に、キャットは小さく眉を動かす。しかし葉巻の根元を指で摘み持って、強く煙を吐き出すに留まる。それを見たレダーナは、鼻の奥に笑いの息を通す。
「我慢強くなってきたな」
「あんたに腹を立ててもキリがない。わかっちゃいる」 
 キャットはそう言うと、傍らに置いていた自分の鞍に頭を預け寝転がった。焚き火のほうを向き、肩の鞍袋を抱き込むようにしながら腕を組む。
「……なんでカネを出すことにしたんだ?」
 鼻での深い呼吸を何度かしてから、キャットは炎の向こうに見えるレダーナに問いかけた。
「協力が欲しかった」
 マントの留め具を外しながら、レダーナも炎の向こうに見えるキャットに返した。キャットは少し意図をはかりかねる様子で、咥えた葉巻を上下に動かす。
「向こうに人数がいるなら、私ひとりでは無理だ。こっちにも腕の立つ奴が欲しい」
「それであたしか」
「私が見捨てていたら、お前も協力しないだろう」
 レダーナは脱いだマントを掴むと座っていた石から退き、焚き火からも少し距離を取って地面に腰を下ろし直す。
「そりゃそうだ」
「カネを出してお前を雇ったつもりはない。出したものは全部取り返す。そのためにもなおさら協力がいる」
 マントを身体に掛けながら、レダーナも自分の鞍を枕に横になる。
「あんた、そんなに稼いでどうする気なんだ? 牧場でも買うのか?」
 薪の爆ぜる音にかろうじて競り勝つ程度の声量で、キャットが言った。レダーナは帽子を脱ぐ手を止め、庇の蔭から左目を覗かせた。
「上手くいかんよ、そんなことはな」
「なぜ」
「善いカネは、一度稼がなくなったら二度と稼げん」
 唇を薄くしてにやりと笑い、レダーナは帽子を顔の上に被せる。
「手筈は明日話す。今は寝ておけ」
 レダーナの言葉で打ち切られた会話の後も、キャットはしばらく黙りこみ、それから葉巻を指で持って、石にごく軽く何度か押し付け火を消した。葉巻をポケットに入れ、焚き火に背を向けるように寝返りを打ち、帽子を目元が完全に隠れるほどにずらして、眠りの体勢に入る。
 既に夜は更けて、荒野の空には星が瞬いている。



←BACK  NEXT→

夕陽の決斗/黄金ガンマン
novel
top