【Chapter 13】
ゲール・ブレナンは白い馬から見下ろしている。二万ドルの袋を担いだ手下が戻ってくるのを。
「確かに二万あったか?」
成果を持って傍に来た手下の男にゲールが尋ねる。男はゲールを見上げて頷く。ゲールはそれに答えようと口をわずかに開き、止める。視線が横に動く。
酒場のスイングドアを両手でゆっくりと押し開けながら、ゴールド・キャットが姿を現した。小柄な背格好に砂色のロングコート、コートの上のガンベルト。
彼女は焦れるほど緩やかに、扉をくぐり、デッキを下り、道へ出て、ゲールのほうへ歩く。
「用心棒か」
薄い眉の下、細めはするが笑わない両目で、ゲールがキャットを見て言った。
「俺を退治する気になったのか? ようやく?」
ゲールの皮肉で不吉な声と、それに呼応するように銃やライフルを構える彼女の手下たち。白馬の二十フィート(六メートル)ほど手前で立ち止まるキャット。
「あたしが腰抜けとでも言いたげだ」
キャットは両手を肩の位置に上げて、首を左右に振って小さく笑う。
「でも違う」
「つまり?」
「あんたについて行きたい」
キャットの返答に、ゲールはもともと薄い唇を更に薄く歪にする。
「どういうつもりだ」
「あんたの下にいたほうが儲かりそうだ。この町にいるよりはね」
「俺を殺《や》ったほうが儲かるんだぜ」
「反対に殺されちゃおしまいだ」
キャットは顎を少し上げ、笑みを深くした。
「あたしはそこそこ安全に、そこそこデカく稼ぎたいだけさ」
ゲールは少し間を置き、それから片手を振るって手下たちの銃を下げさせた。
「お前を雇う俺の利点はなんだ?」
「あたしは今のところ綺麗な身体だ」
キャットは両手を上げたまま、少し首を横にむけて頬を指で掻く。
「どこの町にも堂々と出入りできる。賞金首を保安官に渡してカネを受け取ることも」
ゲールが眉を左右非対称に大きく歪めた。細くした青い目で鋭くキャットを見据え続ける。キャットは笑みを作る唇を一瞬引き攣らせるように動かしたが、それはごく微かなものだった。二人はしばらく爆ぜる寸前の空気の中で睨み合い、それからゲールがゆっくりと頷き始めた。微かな顎の動きから、明確に二度首を縦に振る。
「確かに使えないことはねえ」
「儲けの幅が広がるだろ?」
「こんな町ならともかく、でかい町にゃ俺たちはなかなか近づけないからな」
ゲールはそう言ってもう一度頷くと、ナイフで裂いたような笑みを口元に浮かべて言った。
「裏切り者のお前を信用するにはどうしたら?」
キャットは思案するように片目を少し細めながら、ゆっくりと両手を下ろす。軽くうなじを掻き、上半身のみをねじって後ろを振り向く。
スイングドアを半分開けて、酒場の主人がおっかなびっくり様子を窺っていた。主人はキャットと目が合うと、慌てて中へ引っ込もうとする。キャットは素早く片足を後ろに引いて身体の向きを変えながら、黄金フレームのコルト・アーティラリーを抜いた。住人たちが息を潜めた町中に響く、一発の銃声。早撃ちゴールド・キャットの銃は雇い主が逃げることを許さず、酒場の主人は胸を押さえ目を見開いて、スイングドアのもう半分も身体で押し開けながらデッキに倒れた。
「少なくとも、これで雇い主はあんただけだ」
銃を下げ、キャットはゲールのほうへ向き直って笑った。ゲールは表情も変えず、帽子の庇の下からキャットを見つめる。キャットもまた、先ほどと同じようにゲールを正面から見返す。
そしてふと、ゲールの視線がわずかに外れて動く。キャットはすぐさまそれに反応し、勢いよく右に振り返って上方を撃つ。少し離れた建物の屋根でゲールの手下が一人、キャットをライフルで狙っていた。しかしキャットに先んじられたその男はライフルを取り落とし、まっすぐに硬直した身体を宙返りさせて、自分自身も屋根から落ちた。
キャットは静かにホルスターに銃を戻し、ゲールに向かって肩をすくめる。
「自分の身を守るくらいはさせてくれるだろ?」
ゲールはキャットの言葉を尻目に、落ちて死んだ手下のほうを少し見ていたが、その顔にまず笑みの形だけを作り、それから低い笑い声を漏らした。馬の手綱を開き、方向を変える。
「いいだろう! ついてこい」
怒鳴るような強い声で言うと、ゲールは手下たちに引き揚げる指示を出しながら町の外へ馬を進め出す。
キャットはその背中を見ながら悪戯めいた笑いを覗かせ、酒場の前に繋いでいた栗毛の馬に飛び乗り、ゲール一団の後を追う。
ゲール・ブレナン一行もゴールド・キャットも去った後、身支度の済んだドナが酒場の中から現れる。デッキに倒れ込んでいる酒場の主人の傍まで、補助具を掴んだ両手で移動する。
「二発撃つよう言われたらヤバかったわね」
笑み混じりのドナの声に、酒場の主人がむくりと身体を起こし、なんともない胸をぱたぱたと叩きながら小刻みに何度も頷いた。
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