【Chapter 4】
正午が近づく時間。ゴールド・キャットは酒場の階段の上で立ち止まり、扉の並ぶ廊下を一瞥してから、階下へ向かう。
昼前の酒場は踊り子の姿もなく、二、三人の客が居眠りをしたり、遅い朝食を取ったりしている。
階段を下りるキャットは早足で、そのわりには足音が比較的小さい。身のこなしが軽いことも、その通り名の由来のひとつだった。階段の最後の三段ほどをまとめて飛び降りると、そのままカウンターへ歩く。
「昨日のあの女は、まだいんのか」
カウンターの中でグラスを磨いていた酒場の主人に、キャットは尋ねた。主人は動かす手元を見つめたまま頷く。
「ちょっと宿帳を見せてくれよ」
キャットはカウンターに肘をつき、人差し指を上向きに動かす。主人は眉をひそめて少し渋ったが、閉じた宿帳を取り出した。キャットがそれをひったくるように奪って開く。今日のキャットは、ロングコートの上からガンベルトを巻いていた。
「どいつだ? これか? どれ……『レダーナ・ウィンチェスター』、――ウィンチェスター?」
宿帳の一番新しいページを開き、そこに書かれた文字を指でなぞりながら追い、そしてそれらしき名前を見つけて読み上げた。読み上げてそして、口元を笑みに引き攣らせた。
「ばかげた名前。ウィンチェスターなんて持ってたか、あの女?」
「悪いが本名でな」
鼻で笑って宿帳を閉じて、キャットはそれを酒場の主人に突き返す。そして聞こえた声に、鋭く振り向く。
キャットの視線の先、階段に差し掛かる二階の手すりの向こうに、レダーナが立っていた。やはり黒いマントを羽織り、肩に鞍袋を掛けている。
キャットは表情を険しく歪め、すぐに顔の向きを戻した。帽子の庇の前を軽く下に引っ張り、頬杖をついて、カウンターの上で苛立たしげに指を動かす。
レダーナはキャットとはまったく対照的に、酷くゆっくりと階段を下りてくる。足音に乱暴さはないが、しかし重い。一階へ辿り着くとキャットの後ろを通り過ぎ、カウンターの前に立つ。
「ひとつ聞きたいが」体重を掛けて片肘をカウンターに乗せ、レダーナが酒場の主人を見る。「この町の銀行は安全か?」
「とんでもない」主人が答える前に、キャットが吐き捨てるように嘲笑う。「ここの金庫はたったひとりのための財布さ」
レダーナが上半身をキャットのほうへ向ける。
「どういうことだ」
「短くて一ヶ月、だいたい二、三ヶ月に一回らしいが。金庫の中身は根こそぎ掻っ攫われちまうようになってんのさ」
「誰に」
問われたキャットが、横目でレダーナを見上げる。
「あんたが懐に入れて持ってきた、あの女にだよ」
眼帯に隠れていないレダーナの左眉が歪む。
「詳しく話せ」
「自分で銀行行って聞いてきな」
キャットが鼻で笑うと、レダーナは頷くように静かに目を伏せた。そして緩やかに瞼を開き、カウンターから数歩離れて止まる。
「お前はあの女に会ったことがあるのか」
レダーナの問いに、キャットは黙って顔をしかめる。
「あの女が金を奪いに来るんだろう?」
レダーナが問いを重ねる。
「……そうだ」
「それで?」
「なにが言いたいんだよ」
カウンターの縁を掴み、キャットがレダーナを睨む。
「一万ドルが来るのがわかっていてほったらかしか、と。私はそう思うがね」
レダーナは薄く笑み、ブーツのつま先を酒場の入口のほうへ向ける。しかしレダーナがキャットに背を見せるよりも早く、その場にいた人間すべての耳を銃声が突き抜けた。店の隅で居眠りをしていた客が、飛び上がって驚く。
硝煙を立ち昇らせているのはキャット。
撃ち弾かれたレダーナのスペイン帽は、彼女のつま先の向こうに落ちていた。
レダーナは足元を見、それから鋭く細めた目で、視線をキャットに流す。
「あたしのほうこそが腰抜けだって言いたいんだろ?」
キャットはにやりと笑って言った。右手の銃はやはりS.A.A.。鉄の黒の身に、くすんだ黄金色のフレームを纏う、銃身5.5インチのアーティラリー・モデルだ。その銃を一回転させ、二回転目でホルスターに戻す。
レダーナは細めたままの左目でキャットを見つめながら身を屈め、撃ち飛ばされた帽子を拾う。そして帽子の汚れを手で払い、ゆっくりと数度頷いた。
「悪くない」
レダーナの言葉に、キャットは真意を計りかねるといった怪訝な表情を見せる。
「銃の店はあるか?」
悠然と帽子を被り直し、レダーナが尋ねる。
「……あるけど」
「案内してくれ」
「あたしがか?」
「そうだ」
そう答えたレダーナは、有無を言わさぬ様子で、今度こそ扉へ向かう。
「なんであたしが案内しなきゃならないんだ?」
その背中に、キャットが声を張り上げる。レダーナは首だけで振り返り、無言で微笑むと、スイングドアを押し開けて外へ出てゆく。
「くそ」
キャットは忌々しげに悪態をつき、しかしレダーナの後を追って酒場を出る。
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