【Chapter 6】

 キャットは銀行の頭取室で腕を組んでいた。目の前のデスクには白髪混じりの頭取が座り、その横に赤いシャツの中年男が立っている。ゲール・ブレナンのところへ『報告』に行った二人のうち、帰ってきた一人だ。キャットはその話を聞かされたばかりだった。
「それで……」
 腕組みを解き、うなじを掻きながらキャットが言葉を発した矢先に、部屋の扉がノックと共に開く。戸惑い顔でノックの仕草の名残を見せているのは先程キャットを呼びに来た眼鏡の銀行員で、扉を開けて入ってきたのはレダーナだった。
 キャットは眉を寄せてすぐに頭取のほうへ顔を戻す。
「それで、金庫には今いくらあるんだ?」
 頭取たちにもレダーナの相手をさせるつもりはないとばかりに、キャットは話を続けた。案内した銀行員はすぐに下がり、レダーナは素知らぬ顔で来客用のソファへ歩いて、勝手に腰を下ろした。
 頭取と赤シャツの男は怪訝そうな、あるいは呆気に取られた様子でレダーナにしばらく視線を向けていたが、キャットがデスクを指で叩くとわずかに肩を弾ませて意識を戻す。
「一万と百五十ドル」
 頭取が自分の背後にある金庫を軽く振り返って答える。
「ほとんどあと一万ドルか」
「ら、来週までに集まりっこない。町の人間も、そろそろ奴が来るとわかってるし……」
 赤シャツの男が、身体の前でカウボーイハットを強く握って震える。
「皆、誰かが出してくれるのを待ってる」
 その呟きに、キャットは自分の帽子を押し上げ、唇を歪めて前髪をがしがしと掻いた。それから不機嫌な顔つきでレダーナのほうを振り向く。
「おい、そこの金持ち野郎」
 レダーナはソファに深く背を沈め、テーブルの上に両脚を乗せてくつろいでいた。
「私のことか。なんだ」
 スペイン帽の庇の下から左目を覗かせて、レダーナが低い掠れ声を返す。
「カネを持ってんなら預けてやったらどうだ」
 左手を腰に当て、キャットが皮肉たっぷりの声音で言った。
 レダーナは姿勢はそのままに片手を伸ばし、テーブルに置かれていたシガーケースを膝に乗せる。葉巻を一本取り出し、端を備え付けのハサミで切る。そしてマッチを手の中で着火する。
「強盗に遭う銀行はいくらもあるが」
 左手に葉巻を、右手にマッチを持って、葉巻を回しつつじっくりと炙るように火をつける。炎が指に触れるほどマッチを燃やす頃にようやく振り消し、燃えカスを灰皿に放った。
「強盗のためにカネを預けろと言う銀行は知らんな」
 葉巻を咥えて、口内に含んだ煙をゆっくりと吐き出しながらレダーナが言う。頭取が渋い顔で手を組んだ。
「カネが足りないとどうなる?」
 キャットがなにか言いかけたが、レダーナはそれを遮って頭取に言葉を投げた。
 頭取は少し沈黙したあと「家や店がいくつも襲われて、とにかく根こそぎ持って行かれます。それでも要求額に足りなければ、何人か殺されて広場に吊るされる」と答えた。
「抵抗は?」
 親指から中指までの三本で葉巻を持ち、すぼめた唇から細く煙を吐いて更に尋ねる。
「この町には、若者も少ない……皆、もうその気をなくしてしまっておりまして」
 頭取の答えに、レダーナは鼻を鳴らして笑った。
「とびきり威勢のいい若いのがそこにいるじゃないか」
 レダーナに葉巻で指し示されたキャットが、深く深く眉間に皺を刻む。
「あの女が何人引き連れて来ると思ってんだ、あたしひとりじゃ……」
 レダーナは再び葉巻を咥え、シガーケースの蓋を閉めてテーブルに置いてから立ち上がった。
「なんのために呼んだ」
 頭取机の傍に来て彼に向けるレダーナの低い囁きに、キャットは一瞬意味が分からないといった様子で眉を上げた。
「この小娘となんの相談をするつもりだ? 一万ドルが用意できるわけでも、一万ドルの首を取れるわけでもないらしいが」
 小娘の顔がかっと赤く染まる。震える拳を自分の掌で包みながらキャットは唇を噛んだ。
「まともな用心棒を雇ったほうがいい」
 レダーナは煙越しに薄く笑って頭取にそう告げると、デスクの前から踵を返した。
「ご協力頂けませんか」
 頭取は音を立てて立ち上がり、レダーナを呼び止める。レダーナは半身振り返る。
「無意味に貢ぐためのカネは持っとらんよ」
「あんたこそなにしに来たんだ」
 キャットがレダーナと頭取の会話に割って入るような荒い声を上げた。
「銀行で直接聞けと言ったのはお前だ。だいたいの事情は聞いた」
 葉巻を咥えているせいで少しくぐもり調子のレダーナの返答を受け、キャットは忌々しげに床を蹴る。レダーナはそのまま扉に歩き、しかしドアノブに手を掛ける前に動きを止めた。
「いや」
 思い直したような声の調子だった。案の定、レダーナは頭取たちのほうへ首を回す。
「カネを奪いに来るのはいつだ?」
「ら、来週とだけ聞いてます」
 赤シャツの男がまず答えた。
「ゲール・ブレナンが直接来るのか?」
「概ね」
 頭取が汗の滲む顔に期待も浮かべて頷いた。
 レダーナは思案の色を含んだ視線を宙に流し、それから小さく顎を上下に揺らした。
「来週なら短くても四日ある。一万ドル用意しよう」
「本当ですか!」
 頭取の声が喜びで裏返る。
 レダーナは言葉で答えるわけでも首を振ってみせるわけでもなく、ただ曖昧に口元で笑った。頭取たちはやや不安気に顔を見合わせたが、それでも何度も頷いた。
 扉をレダーナが開けると、しばらく黙っていたキャットが弾かれたような動きで、彼女の身体を押しのけ先に立ち去ろうとした。そのキャットの二の腕を、レダーナが掴む。
「まだ用がある」
 そう一言告げて手を離す。キャットはレダーナを一睨みし、そのまま頭取室を出る。
「失礼」
 レダーナは頭取たちへの会釈がわりに左目を細め、そして静かに扉を閉めた。



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夕陽の決斗/黄金ガンマン
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