
【Chapter 2】
派手な看板のサルーン。店の中は昼間から多くの男や女たちで賑わい、あちこちから立ち上る煙草の煙でうっすらと白く濁って曇る。
ステージ側では髭のピアノ弾きが肩を弾ませる大げさな動きで鍵盤を叩き、その隣に舞台袖からしなをつくって歩いてきた金髪の白人の女が立つ。高い位置でひとつに纏められた、幾筋かの縦巻きの髪。柔らかな唇にぱっちりと大きな薄いグリーンの瞳。女は肩を前に出して、ほとんど埋まっているテーブルにウインクを投げた。鮮やかな緑のドレスが歓声と口笛を浴びる。影の落ちるような睫を瞬かせ、スカートを摘んでくるりと回り、そしてピアノに合わせて歌い始める。
『星がどれだけ瞬いてても 名もない町は御免なの
一緒に行きましょ あなたとわたし 馬車に揺られて都会へ 都会へ
おしゃれなドレス おしゃれな帽子 おしゃれなスカーフ おしゃれな下着』
歌詞に合わせ、腰を揺らしながらスカートを膝まで持ち上げる。テーブルの客はいよいよ賑やかになり、女への声援が飛ぶ。
「いいぞ、テリー!」
呼ばれた名前に歌姫テリーは投げキスを返して、歌いながらテーブルの間を歩き出す。
『名もない町は御免なの 都会へ行きましょ なんでもあるわ
百ドルしたって構わないのよ 千ドルしたって稼げばいいの』
二階へ続く階段の陰になる奥の席には、四人の人間が座る。テーブルに広げられるのはもちろんポーカーゲームだ。いかにもならず者といった風采の、カウボーイハットの男と女が一人ずつ。ステージ周辺の盛り上がりを余所に、二人は苦みの隠しきれない顔をしている。もう一人は少し良い身なりの男で、余裕のある薄ら笑いを浮かべ続けている。
「一枚だ」
笑ってはいるが手の内の読めない表情で、配られたばかりのカードを眺め、抜き出して捨てながら告げる。
「くそったれ! 降りる」
「俺もだ」
ならず者ふうの二人は自分の手札を見ると、立て続けにカードをテーブルに叩きつけて席を立った。男は少し呆れたように口元を緩め、自分の向かいの相手を見る。最後の一人、涼しい顔の黒ずくめの女。肩より上で切り揃えた黒髪に、日焼けしたような肌の色、焦げ茶色の両目。ギャンブラー然とした黒のスーツに紫のネクタイ。黒のハットには艶やかな極細の白いリボンを三本巻き付け結んでいて、それがいかにも派手に目立った。
女は男が言った一枚を手際よく投げ渡してから、カードの山をテーブルに置く。
「三枚」
片手で広げるカードを見下ろし、女も宣言しながら三枚捨て、三枚取る。女の手袋も白だが、純白のリボンと違って少し黒く薄汚れている。
男はスーツのポケットから上等そうなレースのハンカチを取り出し、薄ら笑いのままさりげなく頬を拭う。女は切れ長の両目をほんのわずかに細める。
男の後ろを、間奏に合わせて色気と愛嬌をふりまくテリーが通る。彼女は誘うように尻を振って歩いているかと思うと、可憐に軽やかに回ってみせる。少し腰を屈めて男の頬にキスをしてから、テーブルに沿って歩いて今度は女の後ろ。男にしたのと同じように屈んで肩に手を置き、女の耳元に口付ける振りをして囁く。
「今はツーペアよ」
女も口付けに応えるような素振りで微笑み、視線を向かいの男からテリーへ流す。
その隙に男は、ハンカチを手元に、カードの傍に置く。さりげないが不自然な動き。女はそれを見ていないように見える。
テリーも何事も見ない様子のまま、二度目を装って本当に頬へキスをし、官能的な動きで女の肩から手を離すと、歌の続きとともに別のテーブルへと移ってゆく。
『百ドルしたって構わないのよ 千ドルしたって稼げばいいの……』
テリーがいることで集まっていた周囲の注目も失せ、テーブルは再び二人のゲームの場になる。
「百」
薄ら笑いの男が賭け金を口にする。テーブル中央に置かれる皺の寄ったドル紙幣。
「百五十」
無表情に戻った女も賭け金を口にする。くたびれた紙幣がさらに重なる。
「三百」
「五百だ」
男がほんの少しだけ迷いの色を覗かせながら、それでも額を大きくすると、女は言葉を被せるように額をつり上げる。男は眉を歪めて手札を睨んだが、結局黙って紙幣を追加した。それから再び薄笑いを張り付け、カードを一枚ずつオープンにする。男の役はエースとキングのフルハウスだ。
女はゆっくりと二、三度頷き、椅子から腰を浮かせる。右手を男の手元にあるハンカチに伸ばす。摘み上げると、ハンカチの中から男がすり替えたカードが落ちた。
男の顔が強張る。しかし女は何食わぬ顔で小さく微笑む。
「いいハンカチだ」
イカサマを咎めるでもなくそう言うと、女も滑らかな動きで手札を開ける。女の役は、3のフォーカード。
男は頬を引き攣らせ、女からハンカチを引ったくるように取り返す。女は空いた手でそのままテーブルから紙幣を掻き集める。たっぷりのカネをたたんで紫のベストの内側に押し込み、完全に席を立つ。男はしばらく手を軋ませるように震わせ、すぐ隣を女が通る瞬間、膨れた害意を実行に移すために立ち上がろうとし、罵声を発するために口を開こうとする。しかしそのどちらをも、女は果たさせない。なによりも先んじて女が男に突きつけたのは、ベストのポケットから素早く抜いた、銀に輝く四連のデリンジャー。
男の動きと表情が固まり、中途半端に浮いていた腰が再び椅子に落ちる。それを見て女も銃をポケットに戻す。
「どうも」
あとはにやりと笑って稼ぎの礼を男に向けて、長身の女は二階へ続く階段に消える。客席からステージに戻ったテリーが、ひっそりと唇に弧を描く。
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