【Chapter 4】

 早朝の青白みのなか、栗毛の女は黒馬で町を出た。しばらく行ったところで白い馬に乗ったソラナが出迎えるように姿を見せる。
「やぁ、上手く行った?」
「ああ」
 ソラナが方向転換をし隣に並ぶのを待って、女は股の間に置いていた砂金の袋を投げ渡す。ソラナは胸元で抱きとめ、見下ろしてにんまりと笑う。女は砂金にもソラナの反応にもたいして興味を示さず、周囲を見回して尋ねる。
「お前の相棒はどうした」
「ちょっとしくじってね」ソラナは砂金を確認する手を止め、大げさに肩をすくめた。「仕事は上手くいったけど」
 女は片眉を上げるが、それ以上追求することもなく馬を少し速める。ソラナも慌てて袋の口を縛り直し、半歩遅れてそれに続く。

 浅い川の傍で二人は馬を降り、ごろごろとした砂利を踏みしめて川岸まで歩いた。ソラナはカネの詰まった袋を左肩に担ぎ、砂金の詰まった袋を右手に抱えている。手頃な石を見繕ってその陰にまずカネの袋を下ろし、自分はそこに腰掛ける。そして栗毛の女が同じように近くに腰を下ろすのを見計らい、砂金の袋を再び渡す。
「分け前あげるわ、半分取っていいよ」
 女は一旦受け取るものの、瞬き二つ分のあいだ袋を無言で見つめ、首を振りながらソラナの足元に投げ返した。
「必要ない」
「なんで? 半分ったってかなりの額だよ」
「牢から出られただけで充分だ」
「ずいぶん欲がないんだね」
 ソラナは笑い声をあげ、立ち上がって水際に寄る。
「そういや確かめることってのは?」
 膝をつき、シャツのボタンをいくつか外し、問いを投げておいてからすくった水で顔を洗う。
「無駄足だったよ」
 水音のなか、座る女は物憂げに答える。ソラナは尖らせた唇から心地よさそうに息を吐く。
「そりゃ残念ね」
 満更おざなりでもない口調で言って、もう二、三度水を顔に打ち付け擦る。栗毛の女は頷きともなにとも取れぬほど曖昧に顎先を揺らす。
「俺はさ、あんたのこと結構気に入ったの。いい腕してそう。しばらく一緒に行かない?」
 シャツの襟を引っ張りあげ、乱雑に顔を拭いながらソラナが振り向く。
 帽子の下、栗毛の女の緑の両目が大きく開く。ソラナのシャツのフリルの向こう、覗く褐色の乳房のあいだ。そこには、太陽を模した黄金色の輝きがあった。
 女はそのペンダントを凝視し、腰を浮かせる。
「どこで手に入れた」
 女の声が掠れる。ソラナは少しばかりきょとんとした顔をしてから、女の視線の先に気づいて胸元を見下ろし、シャツの内側から引っ張り出す。
「これ? あの保安官、ブチ込むときにこんなモンまで取り上げてさ。お返し頂いたけど」
「どこで、手に入れた」
 射抜くような眼差しの先をペンダントからソラナの顔に移し、女は同じ言葉を繰り返す。ソラナはなにかを危ぶむように表情を引き攣らせ始めながら答える。
「昔……ただの、ただの戦利品みたいなもんだよ」
 女の双眸はまるで苦痛を堪えるように険しく細まり、中腰のまま腰掛けていた石を跨ぎ少しずつ後退って、首を左右に振り喘ぐように言葉を漏らす。
「お前だったのか」
「なにを」ソラナもシャツの前を掴み合わせ、ぎこちない表情で立ち上がる。髪の先から頬に垂れる水を拭い上げる。「なにを言ってるのさ、相棒」
「お前だったんだな」
「な、なんかさ、勘違いしてんじゃない? 俺は」
 寄せた眉の下で黒目がちの両目を頼りなく揺らし、歪めて開いたソラナの口は、女が鋭く銃を抜いたことで言葉半ばの形に固まる。
「牧場で女を殺して奪ったな? その女は死に際に誰かを呼んでいなかったか?」
 栗毛の女は胸の横にコルトを構えた。宝石の鮮やかさを持ちながら暗く染まった瞳は、しかし怒りの激しさではなく諦めの静けさをもって、ソラナを見据える。
「彼女は“キリー”と」そして強く強く力が込められ震える手でゆっくりとシャツのボタンを引きちぎり、胸元に揺れる同じ太陽の意匠をソラナに見せつける。「キリーと叫んでいたはずだ」
 ソラナの右頬と眉が痙攣する。なにかを思い出し察した様子で、飲み込む息の塊を喉で詰まらせる。
 首を緩く横に振り、泣き出しそうな顔をして、ソラナは足を半歩、女のほうへ踏み出す。
「ねえ、許してよ、昔の話よ。俺だってこんな稼業なんだし、そういうこともある……お互い運が悪かったよ!」
 キリーと呼ばれていた栗毛の女は、わずかも表情を動かさずソラナを睨み続ける。ソラナは左手を前にかざし強く訴える。
「俺が助けなきゃあんた今頃、町の広場で吊るされてたんだよ。それであいこよ、そうでしょ」
 女はなんの反応も見せず、ソラナは歯を食いしばる。食いしばってそして、腰のホルスターから素早く銃を抜こうとする。
 既に仇を狙い定めていた栗毛の女のコルトがそれを許すはずもなく、銃口がホルスターから抜け出るか出ないかといったところで手を撃ち抜かれ、ソラナは銃を取り落とす。撃たれた右手を腹に抱え込み、そのままソラナ自身も浅い水の上に崩れるように膝をついた。水は冠型に大きく撥ねる。
 眉をつりあげ眉間に深く皺を刻み歯を剥いて、ソラナは女を睨む。女は帽子の庇の下からエメラルドの瞳をただ向ける、コルトの銃口とともに。
「ちくしょう」
 ソラナは腹の底から喉まで絞り出してきたような声でそう呟き、身体を丸めるにも近い様子で顔を伏せる。水とも汗ともつかない雫が鼻先まで伝って落ちる。
 銃声が一発、広い川辺に響いた。
 ソラナの縮こまっていた身体はすぐに弛緩し、水に浸された砂利の上にうつ伏せに倒れる。栗毛の女は静かな足取りで動かなくなったソラナに近づく。腰を屈め、ソラナの黒い巻き毛をかき分けてペンダントを外し取った。銃をホルスターに戻し、ペンダントを片手に握る。そしてなにかに思い浸るように自分の頬を耳元から緩慢に大きく一度撫で、暗い瞳でソラナの死体をしばらく見下ろしていた。


 マリーの名が刻まれた粗末な十字の墓の前に、栗毛の女は佇む。結った髪が荒野の風に揺れる。
 女が拳を開くと、中には太陽のペンダントがある。少しのあいだそれを見つめて、恋人の首に預けるようにそっと墓に掛ける。女の首にも変わらず同じ物がさがり、女は指先で慈しむように墓の名をなぞってから、外に垂らしていた自分のペンダントをシャツの中に戻す。
 女は哀傷の色味を含んで両目をわずかに細める。そして伏せる。しばし祈りを捧げるように頭を垂れたのち、また暗い宝石の瞳で恋人の墓を見、静かに踵を返した。墓場を囲う柵に繋いでいた馬に跨り、栗毛の女は少しずつ遠ざかってゆく。
 砂埃舞う荒野の隅、太陽は十字架で鈍く光る。



〈FINE〉


裏切りの用心棒
La chiamavano Killy...sei morta

――Un film di Nicoletta De Rossi


cast
栗毛の女(キリー)
    …アデレ・アダーニ
ソラナ
    …マルティーヌ・ボネ
ルーシー・ウィルモット保安官
    …ナターリヤ・ニビエスカ
パウラ
    …パウラ・サンチェス
マリー
    …アリーチェ・グリエルミ(エイミー・クリフォード)


すべての人物は架空の存在です。



あとがき




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