【Chapter 1】
ひとりの女がいる。まだ若い女だ。上がり眉に大きな垂れ目、瞳の色はブルーグレイ。太陽が照りつける空の下、吹く風への心地よさを湛える笑顔は、それでいてどこか人を食う道化にも似る。なびくダークブロンドのおさげ髪が左右で少し高さの違うこともその印象を強めた。カウボーイハットを頭に載せる程度に浅く被り、それが飛ばないように片手で押さえている。
砂色の長いダスターコートまで派手にはためくほどの風であるのは、景色も流れているからだ。遠くに山影の見えるくすんだ色の荒野を進む列車、その屋根の上に、女はいる。長い足を組み、鞍を膝の上に抱え、悠然と座っている。
そこへ、いくつか離れた連結部から乗務員が顔を出した。乗務員は女を見つけると険しい顔でなにかを怒鳴るような様子を見せる。女もそれに気づいて、ことさらとぼけるように大きな瞬きをする。
けたたましく汽笛が響く。列車は徐行を始め、二人の乗務員が屋根に這い上ってくる。
女もようやく立ち上がり、鞍を担いで後退る。慌てるようでもあるが、追い近づいてくる乗務員たちをからかうようでもある。距離が縮まっては広がり、広がっては縮まり、また広がる。それを何度か繰り返して列車の最後尾に辿り着き、女は覗きこむように下を見た。列車の速度は、荒野のまばらな草の形が認識できる程度に落ちている。
もう一度乗務員たちのほうを確かめるように振り向いてから、女は鞍を線路の脇へ投げ落とす。そして自分も飛び降りる。
帽子を押さえたまま身体を小さくして転がりながら着地し、大げさによろけはするものの怪我もない様子で立ち上がる。鞍を拾い、遠ざかる列車と乗務員たちに向かって大きく手を振った。
列車の影が小さくなると、女は唇を目一杯薄くするほど笑みを作り、鞍を背に担いで歩き出す。線路から離れ、荒野を横切ってゆく。
コートの下は白のシャツ、茶色のズボンをサスペンダーで吊り、コートの裾は足取りに合わせてブーツにまとわりつくように踊る。
唇をすぼめ、口笛を吹く。
腰のガンベルトには真鍮色のフレームを持つ古びた銃が、コルトのM1851ネービーが収まっている。
ひとりの女がいる。中年の女だ。狼のような琥珀色の目はしかし暗く、陰鬱さの中に沈み、緩く波打つ焦げ茶色のボブヘアにはほんの二筋三筋白いものが交じる。
女が立つのは古びた雑貨屋のカウンターの前で、買ったのは固いチーズだ。雑貨屋の老主人が包んだチーズと釣りの硬貨を同時に差し出すが、女は物言いたげな険しい眼差しを返し、左手だけを出す。老主人は気付いたように一瞬目を丸くし、渋い顔で先に釣り銭だけを渡す。女は左手で受け取った硬貨をまず黒い上着のポケットに入れ、それから再び左手でチーズの包みを掴んで、カウンターを離れた。包みを脇に抱え、やはり左手で扉を開けて店を出る。
上着の下は暗灰色のタートルネックで、その上から首に黒のスカーフを巻き、茶色のズボンと足元にブーツ。服の色合いだけでなく、うらぶれたような暗さを全身に湛える。女は丸腰でもあり、踵には拍車もない。黒い手袋は片方だけ、その右手はずっとだらりと下げられたままでいる。
人通りを避けるように細い路地を進み、女は町外れの粗末な小屋へ戻った。軋む扉を左手で開けて、入ってすぐの食卓テーブルにチーズを投げ置く。静かに椅子に腰を下ろして一息つく。テーブルの上に置きっぱなしだったカップを取り、残っていたコーヒーを一口飲んで、見るでもなく天井を見上げる。少しエラの張った顎をゆっくりとした動きで撫で、それからなにかを思いついた素振りで立ち上がって壁際の棚に歩いた。腰の高さの引き出しを開ける。
鎮座するのは磨き上げられた一挺の古い銃。繊細な意匠のS&W、モデル3・ラッシャン。その隣には金の懐中時計が寄り添う。
女はしばらく厳しい目付きで中を見下ろし、右手を目の前に掲げる。睨む先をその右手に移すと、わずかに唇を引き結び、なにに触れることもしないまま引き出しを閉めた。
手袋に覆われた女の右手は、作り物のように動かない。
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