【Chapter 10】
がらんとしたサルーンの中に佇む。右手に手袋をはめたジュディスと、その隣に並ぶノウンが。
眉を寄せて強い瞬きを繰り返すノウンの視線も、表情のないジュディスの視線も、ともに足元に注がれている。足元。階段の下で仰向けに横たわる、目を見開いたローラの死体。
ジュディスはただじっと、広がる黄色いドレスと赤毛に浮かぶローラの死に顔だけを見つめる。硬く空虚な琥珀の双眸、そこへほんのわずか哀傷の色が揺らいで浮かび、ジュディスは腰を折った。左手を垂らし伸ばしてそっとローラの瞼を閉じる。
ジュディスとノウンはサルーンを出る。道には降りず、デッキのところで立ち止まる。
「ちょっと責任感じるよ」
はためくスイングドアの前で、ノウンがさすがに少し苦い顔をして遠慮がちに呟く。
「いや……」
ジュディスは険しく眩しげに目を細め、気のない様子で否定した。往来を見渡す。人影はなく、曇り空の下、乾いた風だけが吹く。
視線を流す。大通りの奥、フェルネスの屋敷の方角。
くすんでほつれる髪を左手の指で大きく掻きあげる。
目を閉じる。静かな呼吸を一度、二度、三度と繰り返す。
再び現れた狼色の瞳は目の前のなにを見るでもなく、しかし虚空のなにかを確かに見据えている。
ジュディスは再び腰を屈め、ズボンの裾を捲った。ブーツの隙間に指を入れてぼろぼろになった数枚の紙幣を抜き取る。身体は道のほうへ向けたまま、それを隣のノウンに差し出して、ぱちぱちと大きな瞬きをする相手に言葉を付け足す。
「昔の稼ぎの名残だ。フェルネスのカネじゃない」
紙幣を見るノウンの目はジュディスの顔に移り、それを受けてジュディスもノウンを振り向く。
「それでライフルを用意してこい」
ノウンの両目がいっそう丸くなり、それからじわりと口元に喜びを堪えるようなむずつきが浮かぶ。問い返す声は少しうわずる。
「ライフル?」
「そうだ」
「この町の店であたしに売ってくれるかな」
肩をすくめるノウンの腰、ホルスターに収まる51ネービーへジュディスは視線を落とす。
「お前の下げてるそいつは飾りか? どうとでも買えるだろう」
その返答に浅く何度も首を振るノウンの笑みが徐々に広がる。にやつく唇から白い歯を覗かせ、紙幣をくしゃりと受け取って、深く了承の頷きを見せる。
胸元で両手に拳を作りながら、笑顔のノウンが道へ駆け出てゆく。ジュディスは少しのあいだだけそれを目で追い、自分もウッドデッキを下りた。風で顔に掛かる髪を押さえ、フェルネスの屋敷を後ろにして路地へ入る。
道の端を歩く。目線は地面をなぞる。しかしその背に俯くような曲線はなく、足取りには意志がある。砂に刻まれる微かな足跡の上に、片方だけの手袋が落ちる。
小屋へ戻ったジュディスは裸の右手を広げて見下ろした。ゆっくりと強く握り、軋むようなぎこちなさで開く。それを少しだけ速めてもう一度。徐々に速く、そして軽く、何度も繰り返す。そうしながら壁際の棚の引き出しを開ける。金の懐中時計と、リン・バガアスが残していった一掴みの弾を取ってテーブルに広げる。最後は視線を、手を、一瞬の間のあと銃に伸ばす。精巧な彫刻意匠のS&W、モデル3・44ラッシャン。
銃をテーブルに真っ直ぐ載せて椅子に腰を下ろす。また一呼吸。左手で銃身を掴んで右手を添える。機構は中折れ式《トップブレイク》、微かな硬質音とともに弾倉が露出する。右手で弾薬を取り、少しもたつく手つきで慎重に込める。弾倉が六つの金色の円で埋まる、折れた銃を戻す、表と裏に一度ずつ返して眺めて、再び折る。飛び出す薬莢を受け止めるようにしながら全部抜き取り、そのまま即座に込め直す。込めて戻し折って出してまた込める。その手つきは確実になにかを取り戻してゆく。
少しして、ジュディスは弾の込められた銃のかわりに懐中時計を握った。蓋を開いて文字盤を見るが、すぐに眉を寄せ目を細めながら時計を遠ざける。その空間に二つのレンズが現れ降りる。
手を止めたジュディスが仰いだ先には、ノウンの道化の笑顔があった。
「痩せ我慢はよくないよ、あんたも歳なんだから」
皮肉な言葉と悪意のない口調のノウンが差し出す、巻きつる式の丸眼鏡。ジュディスは片眉を上げ若者と眼鏡を順に見、難しい顔で受け取った。閉じた時計は上着のポケットに鎖の留め具を咬ませて入れる。細い針金のような眼鏡のつるを伸ばし、髪と一緒に耳に掛ける。
そのジュディスの前に一挺のウィンチェスター・ライフルが置かれる。次に弾の箱。
無言のジュディスが弾薬を取り出しライフルに込めてゆく。早くはないが、危うくもない。背後に立つノウンはサスペンダーに親指を掛け、満足気に頬を緩めて見下ろしている。
ライフルのレバーを押して戻す力強い金属音。すべてが整ったそれをジュディスは一旦テーブルに置いて立ち上がる。銃の入っていた棚下方の深い引き出しから、絡まるような革と金属を、つまりは身に纏う品々を一度に掴み出す。
椅子に片方ずつ足を掛け踵に拍車を取り付ける。上着をたくし上げガンベルトを腰に巻く。服を下に引っ張り整えながら、銃をホルスターに収める。
「まずどうすんの?」
食えない笑顔のまま、しかし見蕩れるに近い眼差しを注いでいたノウンが、サスペンダーに掛けた手を揃えて広げて小首を傾げた。
ジュディスは外した眼鏡をたたんでポケットに仕舞い、寝台の下にあった埃だらけの鞍を引きずり出して答える。
「カネを稼ぐ」
「カネ?」
「そうだ」
埃を雑に払った鞍を左手で担ぎ、装填済みのライフルを右手に掴む。
扉へ向かう途中にノウンのすぐ正面で立ち止まり、間近にその丸い両目を見ながら繰り返した。
「カネだ」
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