〈89年8月同日 W-15ストリート〉
件のビル脇に、ひとりの男が銃を片手に立っている。青年と言っていい歳格好だ。下手をするとティーンエイジャーかもしれない。見張りのひとりなのだろう、きょろきょろと周囲に視線を配っている。だが注意の払い方が散漫で、プロフェッショナルの匂いはしない。その証拠に、ビレンとビリーが彼に近づくことは容易だった。
男は建物の角に背を向けていた。二人は気配も足音も殺し、その背後からじりじりと距離を詰める。這うほどに姿勢を低くしたビリーは、ポケットから抜き放ったナイフ(エマーソンのコマンダーだ)を片手に握っている。
ビレンが男を羽交い絞めにすることと、ビリーのナイフが男のアキレス腱を断ち切ることは、ほとんど同時だった。男は予期せず襲った激痛に声を上げることもできない。ビレンがその口も塞いでいるからだ。痛みのあまりろくな抵抗もできないまま、男はくぐもったうめき声をあげ、そしてビレンに絞め落とされた。
二人は意識のなくなったその男を建物の陰に引きずり込み、仰向けに寝かせた。ナイフを折りたたんでポケットに戻したビリーが、立ったまま男の身体を跨いで装備を検め、いっぽうのビレンは固く握られたままの銃を取り上げる。オートだがS&Wだった。
「使えねぇな、予備のマガジン持ってねぇぜ」
ビリーが舌打ちをして男の上から退く。ビレンはその間に、マガジンを抜き、弾を確認し、銃に戻して、スライドを引いた。弾丸が薬莢ごと排出され、地面に落ちた。
「……問題ない。弾は入っている、取り敢えず充分だろう。正確な数はわからんが、ダブルカーラム(装弾数の多いタイプのマガジン)だ」
「型は?」
ビリーの問いに、ビレンは銃を傾けて刻印を確認する。
「S&Wの5906」
「何発入るかなんて覚えてねぇな」
「私もだ」
「二丁拳銃気取ったほうがいっそ安全かもよ」
「西部劇の真似事でもさせる気か?」
ビリーがジョークににやりと笑い、ビレンは例によって眉を寄せる。
しかしそれも一理あるのだ。状態を把握していない銃にすべてを委ねる気はビレンにもなかった。薬莢の排出を考えて、奪ったオートを右手に、自分のリボルバーを左手に持ち替える。
「さて、行くか」
ビレンが改めて両手に銃を提げるのを見てからビリーが言った。二人は静かに倒れた男から離れる。足を潰し、武器を取り上げておけば、目を覚ましても――たとえば出血などでこのまま命を落としてしまう可能性も、もちろんあったが――戦力としてはほとんど役に立つまい。仲間に侵入を知らせることはするかも知れないが、男が意識を取り戻す頃には、それはさほど大きな問題ではないだろう。
どうせすぐに知れることなのだし、一番の目的は二人とも迅速に果たすつもりでいた。
〈89年8月同日 W-15ストリート・ビル裏口〉
ビレンたちはできることなら大勢に気付かれないうちに、例のアンチ・マテリアルを――正確にはその射手を――片付けたかった。"対物"を向けられでもしたら、即死どころの話ではないからだ。だがそれは理想でしかなく、普通ならあまり現実的ではないように思えた。
現に裏口には見張りが二人いた。やはりどちらも若く、銃を所持している。
位置の関係で、先ほどのように背後を取って奇襲することはできない。ナイフが静かな必殺となるのは奇襲のときで、対複数でのそれは不可能だ。相手が二人であることを考えると、まず間違いなく発砲される。
また、ビレンたちにもサプレッサー(サイレンサー)等の装備はなく、銃声を抑え、発砲の位置をごまかすことができない。引き金通りに銃声は珍しくないが、先ほど狙撃されたことを考えれば、ビルにいる連中はひどく排他的なのだろう。だとすれば銃声はすぐさま異変だと知られる可能性が高い。
銃声そのものを避けることができないのなら、向こうが上げるか、こちらが上げるか。それは考えるまでもない。
「やむを得ない」
突入をする側であり、しかも人数と火力で劣る。"最小限で最大限に"戦力をもいでいかない限り、死ぬことになる。彼らの選択はひとつだった。
ビレンは銃を構える。信頼できる左手の愛銃を。
「ま、しばらくうなされようぜ。いや、俺だけか。お前はもう平気なんだっけな」
「悪いな。――撃ったら走るぞ」
「オーケー」
見張りの頭に狙いをつける。
裏口までの距離はおよそ七十フィート(約二十メートル)。ビレンにとって、片手でも命中させるのは容易い距離だった。
あとは時間との勝負だ。
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