『殺しのテクニック』 (Togetter「蔵臼金助氏による『殺しのテクニック』コラム再録ツイートまとめ」)

 夜も更けてまいりましたので、昼とは気分を変えて、『殺しのテクニック』DVD-BOXに書いたコラムをツイートしてみます。


『狙撃者の哲学』

 殺し屋クリント・ハリス(ロバート・ウェバー)が狙撃に使う銃は、レミントンのセミ・オートマチック・ライフルである。レミントンM742“ウッズマスター”。口径 .30−06、装弾数4発。銃口にはサイレンサー、スコープ接眼部にはゴム製のエクステンション。フォア・エンドにはヴァーチカル・グリップが追加され、バット・ストックには調整可能なフック・プレートが装着されている。威力のある大口径スポーティング・ライフルを、精密射撃用に改造したカスタムなのだ。「殺し屋」と言うと、遠方から精度の高いボルトアクション・ライフルを用いて、獲物を一発で仕留めるイメージもあるが、彼は違う。確実に、正確に、“仕事”をこなすため、彼は速射の効く半自動ライフルを用いて続けざまに3発、ターゲットへ叩き込むのである。ハリスは、プロフェッショナルな殺し屋なのだ。彼は狙撃の際、ライフルを持ち込むのにケースは使わない。楽器や専用ケースに銃を格納するとかさばるし、目立つからである。ハリスは体に直にライフルを吊り下げ、コートで隠す。そして、もちろんライフルの機関部と銃身は分解していない。精度が狂うからだ。ハリスは狙いをつける時にアイ・パッチを使用する。片目をつぶると顔面に余計な力が入り、狙撃に支障をきたすためだ。スポーツ射撃の選手は皆、照準をつけない方の目をシェイドで覆い隠している。
 ハリスが携帯している拳銃は、S&Wのスナブノーズ・リボルバーである。1960年代当時は、まだオートマチック(自動拳銃)に対する信頼性が薄かったのだ。だから、当時公開された映画に登場した凄腕の殺し屋たち、『サムライ』『シシリアン』のアラン・ドロン、『ラ・スクムーン』のジャン・ポール・ベルモンド、『殺人者たち』のリー・マーヴィンとクルー・ギャラガー…彼らは、故障が少なく確実に作動するリボルバー(回転式拳銃)を愛用する。

 アメリカのハードボイルドを源流とし、フランスのミステリー叢書“セリ・ノワール”に因んで名付けられた独特の雰囲気を持つ一連の犯罪映画は、“フィルムノワール”と呼ばれた。4〜50年代のアメリカ、5〜60年代にフランスで制作された作品群が有名だが、イタリアにおいてもまた、優れた“イタリアン・フィルムノワール”が作られていたのである。そのきっかけとなったのが本作、『殺しのテクニック』だ。本作のヒットにより、以降、タイトルに“殺しの…”とつく映画が量産され、配給会社が同じであった事から、内容に関連の無い『続・殺しのテクニック』『新・殺しのテクニック』も公開された。(関係がないとは言え、本作がイタリアン・ハードボイルドの代表作、『続』が当時流行したスパイもの、『新』がイタリア製ミステリー映画“ジャッロ”…と、3作それぞれがイタリア製娯楽映画の代表的パターンを表出しているのは興味深い)
 同時代においてイタリアでは荒唐無稽で派手なマカロニウエスタンの方が脚光を浴びていたが、監督のフランク・シャノン(フランチェスコ・プロスペリ)は本作を抑えた筆致で、枯れた味わいの佳作に仕立て上げた。特に冒頭。ニューヨーク摩天楼を舞台にした迫力の狙撃シーンは、未だこの映画を超えるものが出てきていない。そしてまた、『ダーティハリー』の悪役スコルピオの狙撃シーン、『レオン』で主人公が少女に教える狙撃テクニックの基本、『男たちの挽歌』の植木鉢に銃を隠すアイデアも、全てはこの映画から生まれたのだ。この映画の狙撃者のキャラクターと“殺しのテクニック”は、『狙撃者』『狙撃』『ジャッカルの日』『メカニック』『ニキータ』『山猫は眠らない』『暗殺者』『スナイパー/狙撃』…連綿と続く殺し屋映画の系譜に、今も生き続けているのである。
 髪の毛を七三に分け、常に目立たず冷静沈着、黙々と珈琲をすする孤高の中年男クリント・ハリス。クライマックスで武装解除される事を計算に入れ、自分が撃たれた場合の医薬品まで用意していたプロフェッショナルな殺し屋。

 彼に追い詰められた宿敵が、最後に言う。
「それで、いったい幾ら欲しいのかね?」
 彼は答える。
「判っていないようだな」

 フランスの殺し屋たち、ジェフ・コステロ(『サムライ』)やロベルト・ラ・ロッカ(『ラ・スクムーン』)が男の意地や誇りを賭けて死地に臨んだのに対し、ハリスはあくまで自分の“仕事”に巻き込まれて殺された弟の復讐を動機として、目的を完遂する。スタイルこそ違うものの、行動原理はマカロニウエスタンの主人公たちと同じ。本作は“イタリアン”ハードボイルドなのである。


(蔵臼金助)

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