【Chapter 14】

 荒野の一角。広いあばら屋の中で、パウラが食事の並んだテーブルについている。えんじのズボンに、ゆったりとした白いシャツ。硬くなったパンを半分に引きちぎってかじり、咀嚼も半ばで中央に置かれた鳥の丸焼きから脚を毟ってかぶりつく。肉片を散らしながら歯で筋を裂き、パンを放り出した片手で、うずら豆のスープが入った金属の器を取り上げる。
「お客だよ」
 パウラが器に口をつけたところで、ブロンドの若い白人女が不機嫌そうに伝えに来た。女は粗末ながらも着飾った少年のような姿をしていて、銃は持っていなかった。パウラは動きを止めてぎょろりと視線を上げ、少し間を置く。スープを具ごと貪るように啜ると、左手に鳥の脚を、右手にスープの器を持ったまま立ち上がった。
 女を肩で押し退けながら、がつがつと重く乱暴なブーツの音を立てて表へ通じる出入り口に向かう。
「誰だ!」
 少しくぐもったガラガラ声でパウラが怒鳴る。その視線の先に立ち、微かな笑みを返すのはレダーナだった。額に星のある黒馬の手綱を片手に持っている。
「人手は足りているか?」
 低い掠れ声でレダーナが問いを投げる。パウラは怪訝そうに派手に眉を寄せ、平らげたスープの器を隣にいる金髪女に押し付けて、馬の横にいるレダーナに近づいた。
「誰だ」
 顔を間近にするほど傍に寄り、今度は脅すような重い声で繰り返した。
「ただの腕自慢さ」
 レダーナは自分より少し背の低いパウラを見下ろし、ジョークめかして唇を薄くした。パウラは首の角度を変えて、依然レダーナを窺うように睨む。あばら屋の陰から、パウラの部下も二、三人姿を見せる。
「保安官に死体が五つ引き渡されてるのを見てね」
 レダーナは涼しい顔で言った。
「どこの連中か聞いたらあんたの所のだという。人手が足りてないなら、雇って貰えるかと思った」
 パウラは無言で一歩離れ、骨にへばりついた鳥肉を食いちぎった。音を立ててそれをくちゃくちゃやりながら、その骨を地面に放り捨てる。
「腕自慢なら、腕を見せな」
 レダーナはそれを聞いて少し左目を細くした。片手に絡めていた手綱を解きながら、部下たちのほうに「馬を頼む」と声をかける。小柄なメキシコ女が一人ゆっくりと進み出て、離れるレダーナと入れ替わるように馬に寄り添った。パウラは汚れた手をズボンで拭い、歯を舌でなぞりながらレダーナの動きをじっと見ている。
 レダーナは腰の前に提げたホルスターから、静かに銃を抜いた。紫銀のコルト・キャバルリー。
 数歩後退し、足を軽く広げて立つ。左目はパウラの背後にいるブロンドの女を鋭く見つめる。それに気づいたパウラは身体の向きを変えて様子を窺い、器を片手に乗せたまま建物の裏に向かおうとしていた女は、少しおびえた目をして足を速めようとする。
「動くんじゃないよ」
 パウラが割れた声を張り上げ、ブロンドの女はびくりと身体を震わせてそれに従った。レダーナはわずかのあいだ女と目を合わせてから、肘を引いた状態でコルトを胸の高さに構える。微かな硬い音と共に撃鉄を起こす。弱い風がひとつ通り抜けるだけの間を置いて、銃声が空気を裂いた。放たれた弾丸は、女の片掌にあった金属の器を宙へ弾き飛ばす。レダーナは素早く親指で再度撃鉄を起こしながらコルトを握った右手を伸ばし、その手首を左の手首で支える。首を傾け、左目と照星を合わせる。飛ばされた器にもう一発叩き込まれ、器は更に高く舞う。銃口は次に少し右へ向く。金属に穴を開ける三度目の硬質な音。器は宙を移動する。落ちかけては突き上げられ押しやられることが、全部で五度繰り返される。レダーナは五度目でことさら高く飛んだ器に向けて、最後の一発を撃ち込む。器はくるくると回転しながら落下し、そしてパウラが地面に捨てた鳥の骨に覆い被さった。
 パウラはまずその伏せられた器を見つめ、次に頬にえくぼを深く刻んで、それから品のない大きな笑い声をあげた。
「曲撃ちの芸人かい、腕自慢!」
 パウラは強くレダーナの肩を叩き、レダーナは薄く笑いながら銃をホルスターに戻す。そのレダーナの顎をパウラが掴み、品定めするように首を傾けさせる。
「身なりはアメリカ人だね」
 背の高いレダーナの顔を下からまじまじと眺めて、パウラが呟く。レダーナは歪めた笑みを深めただけで言葉では答えない。
「名前はなんだ?」
 手を離してパウラが問う。笑みを消したレダーナが答える。
「ロシータ」



←BACK  NEXT→

夕陽の決斗/黄金ガンマン
novel
top