【Chapter 23】

 納屋から少し離れた場所で、二人の男が見張りに立っている。納屋も母屋である屋敷も見渡せる位置だ。夕暮れを前にして、屋敷のほうは既に賑やかな気配を漂わせている。酒と料理、ダンスと音楽、そういったものの空気。
「貧乏くじだぜ」
 黒いシャツを着た一人がぼやく。赤毛のもう一人は、曖昧に顔を渋らせて煙草を足元に捨てる。
「俺は騒ぐ気にならねえ。仲間が半分以上死んだ」
 それを聞いた黒シャツが口元を大げさに歪めて鼻で笑った。
「分け前が増えるじゃねえか」
 赤毛は答えるかわりに横目で相手を見て、その場から離れる。
「酒でも貰ってきてやるよ」
 苦々しく言って母屋へ向かう赤毛の背中を、黒シャツは肩をすくめながら見送った。
 一人になった黒シャツの男は、胸ポケットから煙草を取り出して咥える。しかし火をつける前に、納屋から大声が届く。
『おい、あの女が』
 男は怪訝そうに眉を寄せ、納屋へ近づく。中で声を張り上げているのはキャットだ。吸うのを諦めた煙草をポケットに戻しながら、男は扉に一度耳を当て、それから叫ぶ。
「なんだ!」
『全然動かない。死んだんじゃないか? いいのか?』
 中から返ってくる答えに、男は顔をしかめた。見張りの相棒を求めて振り返るが、赤毛の男の姿は既に、あるいは未だ、どこにも見えない。舌を鳴らし、唾を吐き捨てて、閂を開ける。
 男が納屋の中へ入ると、正面にはキャットが変わらず柱に背中を預けて座っている。男の視界の範囲にレダーナの姿はない。
 彼女がいるのは壁際扉の傍、男の側面だ。
 首を動かしてレダーナを目視できるかできないかのうちに、男は一発の銃声に弾かれて倒れ伏した。
 レダーナが硝煙の向こうでにやりと笑う。床に座ってブーツの両足に短いコルトを挟み、撃鉄と引き金に髪で編んだ細い縄の両端を括り付け、自由になる指先でそれを引いたのだ。
 レダーナは立ち上がって倒れた男に近づく。男がブーツに挿していたナイフを抜き、キャットの後ろへ回って屈む。少し手間取りながらもキャットの手の縄を切断し、ナイフを彼女に手渡す。
 キャットは手首をひとさすりしてから、まずレダーナの縄にナイフを当てた。手首の側から切っ先を入れて引き切る。レダーナの両手が自由になると、次に自分の足首の縄を片付ける。ぶつりと縄が断ち切られ、それと同時に、赤毛の男が飛び込んでくるような態で戸口に姿を見せた。
 先に体勢の整っていたレダーナが素早くキャットの手からナイフを取り、鋭く投擲する。赤毛は息を詰まらせ、ナイフの突き立った胸を押さえながら、黒シャツの男と重なって仰向けに倒れた。
 キャットは床に捨て置かれていたコルトを拾い、固定された髪を解き捨てて右手に握る。
 レダーナは納屋の隅に落ちたままになっていた自分のスペイン帽を見つけ、埃を払ってから被る。
 二人は小さく息を吐く。そしてキャットは両目を広げる真剣な顔をして、レダーナは左目を細める薄ら笑いを浮かべて、視線を交わし、頷き合い、外へ駆け出る。


 屋敷の中は陽気な音楽が鳴り響き、ならず者たちが肉や酒を片手にうろついていた。
 ワインの瓶をラッパ飲みする鷲鼻で栗毛の髪の女が、玄関ホールを横切ろうとする。キャットの運んだ懸賞金を処理したのと同じ女だ。
 女が少し立ち止まってワインを更にあおると、ちょうど玄関の呼び鈴がなる。女は横目で反応し、瓶から離した口元を拭って扉へ向かう。
 焦げ茶色の重い扉を女が開く。扉の向こうにはゴールド・キャットが立っていた。
「よぉ」
 唇の左端で大袈裟に笑うキャット。その後ろに立つレダーナが、すぐさまキャットの頭上から女の顔にパンチを喰らわせる。
 仰け反る女の腹をキャットが蹴り飛ばし、二人は屋敷の中に踏み込む。キャットは倒れる女のホルスターから敏捷に銃を抜き取り、続けてこめかみを蹴りつけながら、その銃をレダーナに投げる。
 レダーナは投げられた銃を左手で受け止め、一瞬のうち右手に持ち替えて、二階へ続く階段上に姿を現した手下の男を一人撃つ。その間キャットはニ発分の腰だめファニングで、ホール右手の部屋から出てきた一人を片付けた。
 その頃には屋敷の者たちも皆異変を知って、反撃の体勢を取る。ホールの左右、そして階段の上からならず者たちが現れる。
 柱の陰をくぐって移動しようとしたキャットの足を、こめかみを押さえて倒れていた鷲鼻の女が掴もうとする。それに気付いたレダーナが振り向いて女の頭を撃ち抜く。女は身体を跳ねさせて事切れる。掴まれはしなかったものの足を引っ掛けられたキャットは受身を兼ねて床に飛び込むように前転し、ちょうど階段から自分に飛んできた弾丸をかわすと、起き上がりざまに短いコルトで一発返した。撃たれた手下が派手な音を立てて階段を転がり落ちる。
 レダーナは観葉植物の陰をすり抜けながら、ホールの左手に向かう。開いたままの扉の先は食堂に繋がっていた。中から複数の銃声が飛んでくる。レダーナは扉の脇に張り付き、腕だけ伸ばして一発撃ち込んでから、食堂に滑り込む。
 食堂の中、長く大きなダイニングテーブルの向こう側に二人のならず者の姿がある。一人は既に、豪華な料理や酒や果物の並んだテーブルに突っ伏している。
 弾丸を浴びる前に、レダーナは床に身体を伏せる。横に転がりながら、テーブルの下に覗くブーツを履いた足に向かって引き金を引く。手下は叫び声を上げて片足から体勢を崩す。勢い余って放たれた何発かの弾が、レダーナの後ろの飾り皿を数枚割る。
 陶器の破片を浴び床を転がって移動するレダーナの視界、向こう側まで見えるはずの空間を、不意に大きな木箱が塞ぐ。テーブルの下に押し込められている、南京錠のついた頑丈な木箱。納屋にあったカネの箱だった。
 レダーナは薄く笑い、帽子を押さえて床からはね起きる。椅子にしがみついている手下に、今度はテーブルの上から一発見舞う。相手はテーブルクロスを巻き込み、食器がぶつかり合い割れる派手な音にまみれて、レダーナの視界から沈んで消える。
 開いたままになっていたもうひとつの扉からレダーナはホールに戻る。既にキャットは移動したのか姿がない。一人残っていた小柄なブルネットの女を六発目の弾丸で片付けたレダーナが、倒れる女からスイッチを切り替えるように上方を見る。
 ホールの大階段の先、二階の手すりの向こうに、ゲール・ブレナンが佇んでいた。わずかに顔を強張らせ、ホールを見下ろしている。
 ゲールはレダーナと目が合うと、すぐに手すりを離れて廊下へ後退する。
「ゲール!」
 レダーナは強い眼差しで、低く、長く、重く叫ぶ。空の銃を片手に握ったまま、階段を駆け上る。



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夕陽の決斗/黄金ガンマン
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