【Chapter 3】

 サルーン二階へ上がったギャンブラーの女は、宿の部屋が並ぶ廊下に足を向けた。角を曲がってすぐ、奥からやってくる人影を見る。黒いシャツにオリーブ色のベストを着た、ならず者ふうの年増の女だ。少しエラの張った輪郭、焦げ茶のカウボーイハットの下からは、ほとんど同じ色の髪を覗かせる。
 ともに足は止めないが、自然と視線が交わされる。ギャンブラーの暗いブラウンの瞳、ならず者の光るアンバーの瞳。愛想を向け合うわけでもなく、かといって喧嘩の売り買いにもならない程度の、互いを窺うような眼差しだった。ギャンブラーの女が少し視線を下げる。ならず者の腰にはコルトのリボルバー、真鍮色のラインを持つS.A.A.《シングル・アクション・アーミー》が収まっている。
 すれ違う頃には二人の目も互いから外れ、ギャンブラーは廊下の奥へ、ならず者は階段のほうへ。木の床を踏むブーツの音、踵で鳴る拍車の音。
 長身の女が部屋の扉に手を掛けると、年増の女も立ち止まって振り返る。まっすぐに見つめる者、その眼差しを視界の端だけで捉える者。
「あんたがシスレかい」
 緩やかに数度頷いて、ならず者の年増女がそう口にする。シスレと呼ばれたギャンブラーは首を回して鋭く視線を流すが、相手は既に角の向こうに消えていた。
 シスレはしばらくのあいだ女が消えた先を見据え、しかし後を追うことはせずにそのまま部屋へ入る。窓が半分開いているのが目に入る。シーツの整ったベッドを見て、再び窓を見る。顎紐を後ろへ流してある帽子を脱ぎ、帽子掛けに預けながら窓際の丸テーブルまで歩く。
 視界の正面に窓を捉え続けたまま、テーブルの上に右手をかざし、袖口を軽く幾度か引く。袖の中から、ぱらぱらと数枚のカードが落ちる。四枚ある、トランプの3。


 ドレスのスカートを摘み上げ、軽快な足取りでテリーが二階の廊下を進む。彼女はシスレの部屋の前で立ち止まると、ことさら目をぱっちりと開け、首を少し右へ向け、コケティッシュな笑顔を作って、ドアを二度ノックした。返事はないが扉を開ける。くるりとしたブロンドを弾ませて、中を覗き込む。
「シスレ」
 テリーは間延びした調子で名を呼ぶ。テーブルに両足を乗せ、細い葉巻を吹かしていたシスレが、顎を上げてテリーを見た。手袋に包まれた片手はベストのポケット傍に添えてあった。
「どうかした?」
 テリーが小首を傾げて部屋に入る。シスレは片手をベストの腹部から椅子の脇へ垂らし、もう片方の手で葉巻を摘む。
「誰かいなかったか、おかしな奴が」
 警戒しているような言葉を、軽い口調で言う。テリーは眉と肩を上げ、かぶりを振る。
「いいえ?」
 それからやはりスカートを摘んで、テリーはベッドへ移動しようとする。シスレは薄く笑って葉巻を咥え直し、ベッドに腰掛けようとするテリーに手で合図する。揃えた指先を外側に振り、そこには座らぬようにと。
 テリーは大きくまばたきをし、また首を傾げながらも、その通りに足を止めた。シスレが椅子から立ち上がる。片手は咥えた葉巻に添えて、顎でテーブル向かいの椅子を示す。指された場所にテリーが座り、シスレは背もたれに置いた手を離さぬまま自分の椅子の背後に回る。ベッドの横、半ば開いた窓のちょうど前。
 向き合い立つシスレにテリーが何事かを口にしようとした瞬間、室内に銃声が弾けて、テリーの首は一瞬にして縮こまる。シスレは銃声にわずかに先んじ、身体を反転させながら椅子の陰からライフルを引き抜いていた。窓から飛び込んできた銃弾が、シスレの立っていた位置を突き抜けてベッドの白いシーツに黒い跡を穿つ。
 黒髪とともに翻るシスレが構えるのは銀に光る銃身のウィンチェスターM1892。薄汚れた白手袋が素早くレバーを下ろし、銃声は外の襲撃者に贈り返される。サルーン前の建物のテラスから、ハットを被ったメキシコ人の女が、ライフルを取り落としながら真っ直ぐな身体を宙返りさせて落ちてゆくのが見えた。
 どんぐりまなこで椅子の上に小さくなっていたテリーが、おそるおそる身を乗り出す。
「おかしな奴ってあれ?」
 シスレもライフルを肩に担ぎ、窓際に寄って下を見下ろした。
「いや」町の人間が数人死体に集まってくる様子を眺め、葉巻を一度大きく吹かす。「私が知っているのとは、とりあえず違うな」
 銃声を聞きつけたサルーンの主人も慌てて覗きにくる。ノックとほぼ同時に現れたその赤ら顔に、シスレはライフルを隠しもせずに微笑んだ。
「いい部屋だ。なにも問題ないよ」
 それだけでもって主人を追い返し、窓を閉め、シスレとテリーはようやくテーブルを挟んで腰を落ち着ける。
「パクストンのしわざじゃないのか?」
 ライフルを膝に載せ、テーブルの上で両手を組んで、シスレが細い葉巻を揺らす。テリーはやはり茶目っ気のある笑顔を作って肩をすくめる。
「違うんじゃない? あの女はメキシコ人嫌いだもの。雇いっこないわ」
「雇われた奴が雇ったのかもしれない」
 組んだ両手をすぐに解き、ライフルを持ち直しながら椅子に背を預ける。
「わたしが今知ってるのはダイアンだけだけど」テリーは頬杖をついて、テーブルの上にある四枚のカードを片手の指先で寄せ集める。「ダイアンは誰も雇わないのよ」
 シスレは声でも首でも反応せず、手にしたライフルを胸の高さで表に裏に返しては眺める。テリーはカードを扇状に持って続ける。
「おカネを貰って雇われるだけで、払って雇わないのがダイアンよ」
「どんな奴だ」
 気軽な口調のシスレの手袋が、銀の銃身をゆっくりと拭う。
「近づかないほうがいい奴。赤毛の女よ、きっとすぐわかるわ」
 シスレは数度頷き、しかしそれ自体には関心のない様子で口角を下に引き結ぶように唇を薄くした。
「いつも3のカードなのね」テリーもまた、それほど誰かたちの話題に執着するでもなく、手にしたカードを見つめ示しながら言った。「イカサマを誤魔化すにしたって弱すぎない?」
 シスレは右手にライフルを提げ持ち、幾分短くなった葉巻をテーブルの灰皿に押しつけてにやりと笑った。
「いくらカードが弱くても。四枚揃えて負けるようなツキじゃ、あとのゲームも勝てないさ」
 テリーは唇を尖らせ、答えに対し曖昧なおどけ顔で頷いて、テーブルにばらまくようにカードから手を離す。
「それでシスレ、金庫はどこなの?」
 カードの上で腕を組み、身体を乗り出してテリーが言った。えくぼを伴うコケティッシュな笑みの中、ライトグリーンの瞳を大きく丸く。
「もちろんテリー、鞄さえ見つかればすぐだ」
 ゆっくりと身体を起こし、彼女に顔を寄せるようにシスレはテーブルに片肘をついた。形の良い唇を薄く歪める不敵な笑みの中、ダークブラウンの瞳を細く鋭く。
 テーブルの下、テリーの靴がシスレのブーツのつま先を、軽く小突くように蹴った。



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シスレとのゲーム...賭け金は棺桶に
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