【Chapter 4】

 重厚な真紅のカーテンで囲まれた窓ガラスに、貴族めいた派手な身なりの女が映る。亜麻色の髪は上品なシニヨンにしているが、服は臙脂色の上下で上着が長く、ズボンには利きすぎるほど糊が利いていて、たっぷりとした白のアスコットスカーフはシルクの光沢を帯び、指には大きな宝石の指輪が二つ。馬車も往き来する賑やかな通りを眺める顔は穏やかにも見え、しかし常に憂うように細める目元にどこか不気味な色合いも覗く。マダム・パクストン。
「結局、その後見つからないと?」
 パクストンの眼の焦点がガラス向こうの通りから窓ガラスそのものに移り、そして少しだけ横にずれる。来客用の椅子に大きく脚を広げて横柄に座る赤毛の女が映る。顎を肩につけるように首を傾け、ぎょろりとした三白眼を持つ女こそが、雇われ者のダイアンだ。
「だいたい、そこまではこっちの仕事じゃねえ」
 肘掛けから垂らした手を振り、割れた声で不機嫌そうにダイアンが言う。パクストンはつま先から先に振り返る。太めの眉を少し寄せて、それから口を開く。
「確かにそうだ。あの売女はこちらで探します。見つかれば連絡を」
 ダイアンは頷きもせずゆっくりと首を起こし、身体を前に傾けるようにしながら緩慢に立ち上がった。腰のコルトの上に手をやった状態で、パクストンのすぐ傍まで歩く。
「こっちは殺るだけ、お膳立てはそっち。偽物だろうと、殺るこたぁ殺ったんだ。次は次で、貰うもん貰うぜ」
 鼻がぶつかるほどの近くに立ち、ほとんど同じ高さの目を合わせ、ダイアンは薄い唇をどこかぎこちないような厭らしい笑みに歪める。パクストンは睫毛に痙攣じみた震えを乗せ、少し顎を上げてダイアンに視線を返す。
「いいでしょう」
 パクストンの答えを受け、ダイアンは頷きとも、ただ顎を一度引いただけとも取れるそんな動きで、大きな三白眼からさらに上目遣いの眼差しを向けて、彼女の傍を離れた。腰を掴んだまま歩き、扉の手前で身体をねじって、窓際のパクストンを振り返る。
「こっちもコケにはされた。今度こそ鞄は手に入れるし、あの女も楽にゃ殺さねえ」
 歪めた唇から少し歯を覗かせたダイアンはそう残し、乱暴な手つきで扉を開けて書斎を去った。
 常に細められていたパクストンの両目が、扉の閉まる音と同時に大きく開かれる。ブルーグレーの虹彩は小さく、その目は三白どころか四白になる。パクストンは上着の裾を翻しながら壁に掛かったライフルを掴み取り、派手な金属音を立ててレバーを操作し窓に張り付く。パクストンの屋敷から出て道を渡ってゆくダイアンの後ろ姿が見える。パクストンは怒りに顔中を震わせライフルを構え狙いをつけて、しかし大きな呼吸を二度しただけでそれを下ろした。
「それが賢明だね」
 背後から飛んだ声に、マダム・パクストンは見開いたままの目で振り向く。開いた別の扉に、別の女がもたれ掛かっていた。焦げ茶色の髪に少しエラの張った輪郭、黒いシャツにオリーブのベスト。サルーン二階でシスレとすれ違ったならず者だ。狼のようなアンバーが光る目元を、にやついた笑みで細くしている。
「……そう。今ダイアンを殺しても、なんの利益も出ない」パクストンは小鼻をわずかに膨らませ引き攣ったような溜息を吐いたあと、伏し目がちな表情に戻って言った。「私にもわかっていますよ、マーロウ」
 マーロウと呼ばれたならず者の女は頬に食い込むほど唇の片端を上げ、ブーツの踵と拍車を鳴らして部屋の中に入ってくる。
「あなたの首尾はどうなんです」
 ライフルを壁に戻しながらパクストンが問う。マーロウはダイアンが座っていた椅子の背もたれに腰を預け、肘掛けに片足を乗せた。シャツの胸ポケットから小さな長方形の金属ケースを取り出し、蓋を開けて答える。
「シスレは見た、始末はし損ねた」
 ケースの中の嗅ぎ煙草を摘んで親指に粉末を擦りつけてから、鼻の穴に押し当てて音を立て吸い込む。左右一度ずつの二度。パクストンが眉間に皺を寄せたので、マーロウはおどけるように眉を上げて肩をすくめた。
「頼んだ奴がしくじったのさ。アタシのせいじゃないね」
 悪びれない様子のまま嗅ぎ煙草ケースをポケットに戻し、立てていた膝を横に倒して足首を掴む。
「厄介か知らないけどね、マダム。シスレは先に片付けないほうが良い」
 鼻を鳴らしながらマーロウが言い、パクストンは上着の裾を後ろへやってポケットに手を入れ、険しい表情の中、無言で瞬きをする。
「もう一人の女のほうは、多分金庫の場所を知らない。下手をすると鞄の在り処も」マーロウはやはり軽い調子で首を振ってみせる。「なんの利益も出ない」
 自分の言葉を繰り返され、パクストンは息を吐いた。それから目を伏せ、ゆっくり一度大きく頷く。
「もちろんです。もちろん、金庫と鞄を取り戻さなければ意味がない」
 それを聞いたマーロウは口を開けて短く笑い、足を下ろして椅子から離れた。片口角だけを大きく上げる表情で、両手を広げる。
「まぁ、アタシが上手くやるとも。手に入れるものとシスレのことはね」
 パクストンは再び頷き、静かな憂い顔に戻ると、書斎机の上等そうな椅子に腰を下ろした。マーロウはその動きを見届けて、ダイアンが出ていったのと同じ扉から部屋を出る。
「取り戻す、ときたよ」
 重い扉を閉め、廊下でひとり書斎を振り返る。
「自分のもの気取りだね」
 呆れたような笑いで眉を歪め、だがどこか楽しげに頬を指で掻いてから、マーロウは被った帽子の角度を整えた。



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シスレとのゲーム...賭け金は棺桶に
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