【Chapter 3】

 栗毛の女は慎重に窓を押し上げ屋敷の中へ入り込む。つま先から順に体重を掛けて床に降り立ち、瞬きの速さを落として暗い室内を見回した。目が少し闇に慣れる頃を見計らい壁に左手を這わせて歩いて、そのあいだ右手は空間を探るべく宙を掻く。ソファの背もたれに触る。居間か、あるいは客室のようだった。しばらく奥へ進んだ先、目の前に両開きの棚がある。女は棚の真正面に立ち、取っ手を掴んで前に引く。わずかにがたんと音が鳴り、女の頬はまるで痛みを受けたように歪むが、そのままごくゆっくりと棚を開く。それ以上音は鳴らなかった。
 棚の中には小さな金庫や壺、それに皿などの調度品が無秩序に並んでおり、そこに中身の詰まった布袋が一つ混じっている。女はそれを手に取り、口を結ぶ紐を解き、指先で中身を探る。砂状のものを摘んだ指を目の前で擦り合わせると、確かに暗い中でもきらきらとした輝きがわずかばかり窺えた。
 栗毛の女の背後で、しゅ、となにかを擦るような音がする。女は動きを止める。暗闇に暖色の灯りが鈍く広がる。女はまず首だけを緩やかに後ろへ回し、それから目線を移す。
 ちょうど真後ろにあった部屋の出入り口、そこにはひどく大きな影が、ルーシー・ウィルモットが立っていた。
 ウィルモットはマッチで傍にあるランプに火を灯していて、口には紙巻の煙草を咥え、右手にはウインチェスターライフルをさげ持っていた。銃口は真下。
「さすがに驚いた」
 ウィルモットは表情もなく、低く重い声を響かせる。火種をランプから煙草に移し、火がついたことを確かめるように一度吹かしてから、振り消したマッチを捨てる。そのあいだに女は砂金の袋を棚に戻し、ただ緩慢に向き直る。
「脱獄だけならまだしも、その足で空き巣とはね。恐れ入る」そこで初めて唇の端を上げにやりと不吉に笑う。「吊るすだけじゃ足りねえ。楽に死ねなくなるぞ」
 しかし栗毛の女も動じる様子はなく、だらりと両手を下げたままウィルモットを見据える。
「どのみち会いに行くつもりだった。お前に聞きたいことがある」
 ウィルモットはぴくりと薄い眉をはねさせるが、すぐに鼻を鳴らして笑う。
「訴えでもあるのか? 無駄だぞ」
「あの太陽のペンダントをどこで手に入れた」
 女の硬い声での問いに、ウィルモットは首を傾げる。
「ペンダント?」
「保安官事務所にあった。金のペンダントだ」
 栗毛の女は苛立たしげに眉を寄せ、ウィルモットは訝しげに眉を寄せる。
「記憶にない。アタシのだって言うのか?」
「机の後ろに掛かってた! これと同じものだ!」
 女はボタンを引きちぎりそうなほど乱暴にシャツの胸元を開け、中からペンダントを掴み出す。太陽を象った、黄金色のペンダントを。
 しかしウィルモットは依然反応らしい反応もせず、しつこいとばかりに歪められた眉の下から薄青い瞳を向けるだけだ。
「あれはぶち込んだ奴から取り上げたり、死んだ奴から集めた物ばかりだ。アタシのじゃない」煙草を咥えた唇の端から少し勢いをつけて煙を吐き出す。「いちいち覚えてない」
 そして会話はそこで終わる。
 ウィルモットは女の応えも待たず、右手のライフルを軽々と垂直に構える。言葉を重ねかけていた女はウィルモットの動きに気づいて自らも腰のコルトを抜く。女の反応のほうが刹那遅れたにもかかわらず、二つの銃口が火を噴くのはほぼ同時だった。ともに右に避け、保安官のライフルの弾は女の背後の棚の中で陶器の壺をばしゃんと砕き、女のコルトの弾は部屋の光源であるランプを撃ち抜く。室内は再び暗闇に包まれる。


 深夜の銀行にはひと気がなく、警備だったらしい男がひとり床に転がっている。頭取室で開けた金庫を空けたソラナとパウラは札束を詰めた袋の口を縛った。
「ソラナ」太ったパウラが袋を担ぎ、渋い顔で言う。ライフルも今はパウラが提げている。「まさかこのカネまで、あの女に分け前をくれてやる気じゃないだろうね」
「さすがにそりゃないわ」腰に両手を当て、辺りを見回すような素振りをするソラナが答える。「砂金をちょいとで充分でしょ」
「あたしはそれだって反対なんだ。二人が三人になったら取り分がどれだけ減るってんだい」
 苛立たしげに片手を振り、ガラガラ声を荒げながらパウラは頭取室の扉へ向かう。
 ソラナはその場から動かずにパウラの背中に向かって言う。
「大丈夫よ」
 その声のあとにはまず銃声がして、次に頬を震わせ背を仰け反らせて硬直するパウラ、カネの袋は音を立てて落ち、それからそれよりも大きな音を伴って山賊の女の死体は床に倒れる。
「俺の取り分はたっぷりだからね」
 硝煙の燻るコルトを構えたソラナは歯を覗かせ、口元を引き攣らせるような皮肉な笑みを浮かべた。コルトをホルスターに戻し、床からカネの袋を拾って担いで、悠々とパウラの死体を跨ぎ頭取室を出る。


 真っ暗な部屋の中、栗毛の女は息を潜め、コルト・アーティラリーを右手に構えて身体を低くする。静寂。親指でゆっくり撃鉄を起こすと、小さな金属音が酷く大きく響く。それに呼応するように、部屋の反対側から、ライフルのレバーを操作する荒々しい金属音があがる。再び静寂と、またもそれを唐突に破る銃声。横に転がって避けた女が今まで屈んでいた場所をライフルの弾が穿つ。女はソファの後ろへ隠れ、一瞬顔を出して引き金を絞る。返って来るのは手応えではなくライフルのレバー音だ。
 ソファの陰を這うように移動し、室内には緊張を含んだ互いの微かな呼吸の気配だけがある。慎重に撃鉄を起こした直後、女の頭上近いソファの背もたれが被弾する。連続で三発。女は素早くソファの反対側の端にたどり着き、腕を伸ばして撃ち返す。ウィルモットの低く短く微かなうめき声が漏れ届く。そのまま立て続けにもう一発見舞おうとしたが、手の中のコルトは虚しく弾切れを示した。眉を寄せ、ソファの裏に背中を預けて腰のベルトから弾をいくつか抜き取る。ハーフコック、弾を込めてシリンダーを回しさらにコック、構えて後ろを振り向き仰ぎ、女は闇の中に一層濃い影が落ちていることを知る。暗がりに浮かぶプラチナブロンド、ソファの背もたれに片膝を載せ、ライフルで真下の女を狙い定めるルーシー・ウィルモット。
 女は銃を取り落としながらも響く轟音をソファに背を押し付け身を沈めてかわし、両腕を上に伸ばしてライフルの銃身を掴み、しかめた顔で思い切り振り下ろす。ライフルごと引っ張られたウィルモットの身体が前に宙返りをして背中から床に落ちる。壁の額縁が巻き込まれて割れる。身体を叩き付けられた衝撃に眉を歪めるウィルモットは、それでも素早く起き上がり、ともに飛ばされたライフルを拾って、栗毛の女の首に押しつける。
 女はライフルとソファに挟まれ、喉と、そこを押し潰そうとしてくるライフルの銃身との間に左手をねじ込んで抗いながら、掠れる声で言った。
「罪のない女を殺したことがあるか」
 その問いにウィルモットの意識を引きつけて、女の目は床を窺い這う。落とした銃は少し遠く、保安官の足の向こう側にある。
「さあ」ウィルモットは酷薄に笑い、さらに押し付ける力を強くする。「いちいち覚えてない」
 苦痛に狭まる女の視界は、しかし闇の中に微かな光を捉える。鋭く尖る、割れた額縁のガラス片だ。
「数年前」女は辛うじて声を絞り出し、震える右手は慎重に破片へのばす。「牧場でだ」
 ウィルモットの挑発の笑みが消え、苛立ちに口元が引き攣る。
「しつこいな、よそ者。アタシは知らねえ」
 そしてその苛立ちの表情も、栗毛の女が掴み、保安官の首に突き立てたガラス片によって、途切れたような語尾とともにふつりと失せる。
 落ち窪んだ目を見開き、ライフルから離した手で深く左側へ刺さるガラス片と血に濡れる首を押さえ、瞳を宙にさまよわせてから、ウィルモットはゆっくりと横に倒れた。
 栗毛の女は膝の上に落ちたライフルを退けながら首をさすって、少し険しい眼差しでそれを見届ける。



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裏切りの用心棒
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