『野獣暁に死す』 (Togetter「蔵臼金助氏による『野獣暁に死す』コラム再録ツイートまとめ」)

 ガンマン&用心棒のCompaneros、こんばんワイルド・アット・ハート! 今晩は仲代達也が悪役を演じたことで知られるマカロニ・ウエスタン、『野獣暁に死す』とランダル銃に関するコラムの再掲です。

『刀は日本人に、メアズ・レッグはグリンゴに』

チェルヴィ「ぼんじょるの! ミスター・ナカダイ」
ナカダイ「ちゃお」
チェルヴィ「あ゙〜、君は荒野のサムライだからね。キモノ着てカタナ持って欲しいな」
ナカダイ「………」

 仲代達矢が『野獣暁に死す』撮影のためローマ空港に降り立った時、出迎えたスタッフは「ちょんまげはどうした?」と真面目に聞いたそうです。監督のトニーノ・チェルビはアントニオーニの『赤い砂漠』やフェリーニの『8 1/2』をプロデュースした才人で、仲代の『用心棒』『切腹』が大好き。『大菩薩峠』をイタリアで公開した人物でもあります。そんな彼は、サムライ姿こそが日本人にふさわしい…そう考えてたフシがあります。時代劇での侍のイメージを、イタリア製西部劇で再現しようと企んだみたいなんですねえ。結果として、仲代演じる悪役フェゴーは、カウボーイハットを被らずスーツ姿で馬に乗る、メキシコ人との混血児と言う設定になりました。日本刀は青龍刀に似たメキシコのマチェーテに代わりましたが、着物も着ずちょんまげも結いません。仲代達矢はイタリア人の抱く表層的な日本人のイメージを拒絶し、守るべき部分を守ったわけです。だから、今観ても彼のキャラクターは鑑賞に耐えます。大振りの刃物をジャケットに隠し持つのは物騒ですが、それをバカバカしく思わず、真剣にマチェーテをかまえる仲代の姿は格好良い。いかにもマカロニ顔した主人公モンゴメリー・フォードを完全に食ってました。
 そのモンゴメリー・フォードですが、実はカリフォルニア出身のれっきとしたアメリカ人です。そして、彼が雇うジェフ・ミルトンに扮するのも、50年代のTVシリーズ『コルト45』で主役を務めたアメリカ人俳優、ウェイド・プレストンでした。

 ここでは、彼の愛用するソウド・オフ・ライフルに焦点を当ててみたいと思います。
 遠距離射撃に用いられるウインチェスターを、携帯に便利な様に銃身・銃床を切り詰め、近接戦用にカスタムした物を“メアズ・レッグ(MARE'S LEG:牝馬の足)”と呼びます。発砲時の衝撃のすさまじさを蹴り上げる足に例えたのですが、スティーヴ・マックィーン主演のTVシリーズ、『拳銃無宿』の主人公ジョッシュ・ランダルが愛用していたため、別名“ランダル銃”とも呼ばれます。拳銃でもないのに何故『拳銃無宿』か…と言った疑問は置いといて、若き日のマックィーンのイメージ作りにこの銃が一役買ったのは確かで、未だ“ランダル銃”の呼称が日本では定着しています。その「メアズ・レッグ=ジョッシュ・ランダルの愛用銃」と言うイメージがアメリカでも浸透していたのか、ハリウッド製西部劇にメアズ・レッグが登場することは殆どありません。私の記憶する限り、『マーベリックの黄金』でレオナード・ニモイが使っていたのが唯一の例だったと思います。
 ところが、マカロニ・ウエスタンにおいては数々のメアズ・レッグのバリエーションが活躍します。見た目で目立つこの銃を、派手好きなイタリア人が放っておく訳がありませんもんねえ。幾つか列挙してみましょう。
 『ウエスタン』では、黒人ガンマンの腰に切り詰められたM1892が収められてました。ラージ・ループ・レバーには連射用の鉄片が溶接され、プロの使う道具を想起させます。『ミネソタ無頼』では敵方の一人が所持、レバーを起こした音でミネソタ・クレイに気付かれ、撃たれてしまいます。『ミスター・ノーボディ』にはM1873ベースのメアズ・レッグが登場。“ワイルド・バンチ”の首領であるジェフリー・ルイスが下げてますが、発砲シーンはありません。『西部悪人伝』でもサバタが銃身のみを切り落としたM1866を使いました。遠距離の敵を狙撃する際は、エクステンション・バレルを装着します。
 そして、本作の『野獣暁に死す』。ジェフ・ミルトンが物置から取り出したのが、M1892改造のメアズ・レッグです。収めるガンリグは通常のS.A.A.用の物に似た、大きめのホルスター。最初の銃撃戦の際、敵が盾に使ったサルーンのテーブルごと撃ち抜き、威力を見せつけます。その速射能力に、昔観た時は何と迫力のあるシーンか! と驚愕したものですが、改めて見るとフィルムを早回ししてますね。

 さて、こうやって事例を眺めてみると、興味深い事実が浮かび上がってきますよ。本作のウェイド・プレストン、ウッディ・ストロード、ジェフリー・ルイス、リー・ヴァン・クリーフ…メアズ・レッグを扱う役者はアメリカ人が多いのです。銃身を切り詰めたウインチェスターを持つガンマンは、アメリカ人こそがふさわしい…イタリア人はそう考えたのでしょうか? “トラッパーズ・カービン”なる短銃身のウインチェスターをトレード・マークにしているジョン・ウェインの例もあります。特に、西部劇のTVシリーズで主役を務めたウェイド・プレストンには、『拳銃無宿』のマックィーンのイメージを重ねたのかもしれません。
 さらには、もう一つの謎が…。レオナード・ニモイがメアズ・レッグを発砲する『マーベリックの黄金』は、スペインのアルメリア・ロケなのですよ。そして、『ミスター・ノーボディ』でジェフリー・ルイスが出てくるシーンはアメリカ・ロケなのです。彼がメアズ・レッグを発砲するシーンは何故無いのか? ここに謎を解く鍵があります。「自由の国」であり、「銃の国」のイメージが強いアメリカ。しかし、銃器の規制に関してはけっこう厳しかったのです。例え映画の小道具と言えども、ライフルの銃身を切り詰めるのは違法行為であり、スクリーンに登場させるためには当局との交渉にかなりの努力と忍耐を要することになります。『拳銃無宿』にメアズ・レイグを登場させるため、プロデューサーは法外な税金と、粘り強い交渉が必要だった…と聞いています。意外な話ですね。だから、メアズ・レッグは滅多にハリウッド製西部劇には出て来ません。逆に、イタリアやスペインでは、映画に使う銃の改造・加工はおおらかに認められているので、マカロニではソウド・オフ・ウインチェスターが活躍出来たのです。映画のレイティングもそうですが、アメリカ人も守るべき部分は守るんですね。それに引き換え、ラテン人種ときたら…。

コルブッチ「ぼんじょるの! ミスター・ミリアン」
ミリアン「やあ! Regista(監督)」
コルブッチ「君の今回の役は、Giapponese(日本人)でサムライなんだよお」
ミリアン「おう! 俺は何でもやるぜ。チョンマゲでもキモノでも持ってきなっ」


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(蔵臼金助)

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