【Chapter 20】
古い農場を占拠したと思しきゲールのアジトに、キャットが軽くなった馬車で戻ってくる。白く四角いシルエットの、大きな母屋の傍に馬車を止め、パウラたちの懸賞金が入った袋を肩に担ぐ。そして見張りの手下二人が馬車に近寄ってくる前に、素早く御者台を降りた。ほとんど空になった荷台を横目でさり気なく見遣って、自分から見張りを迎えに行くように馬車を離れる。
二人の手下も馬から降りてキャットと距離を詰め、片割れの女がカネの入った袋をひったくるように奪う。もう一人の男はキャットに銃を向け、顎で母屋の入り口を示す。キャットは軽く肩をすくめながら両手を上げ、そのまま玄関のほうへ歩く。背後から銃を突きつけ、男も続いて建物の中へ入ってゆく。
残った女は懸賞金の袋を担ぎ直して二頭の馬を引いた。馬を途中の柵につなぐと、母屋から離れた納屋へ向かって、その中へ消える。
三人の人影が一旦失せたあと、馬車の荷台の隅がごそりと動いて、今度は全身を覆い隠していた布の下からレダーナが這い出てくる。ホルスターの銃とは別に、ズボンの前にキャットの短い3.5インチコルトが挿してあった。
周囲に警戒の視線を向け、なるべく足音を殺して荷台から飛び降りる。頭の帽子を押さえ身体を低くして馬車に張り付くように隠れる。馬車の馬が少し身じろぎをし鼻を鳴らす。レダーナは冷やついたように眉を寄せ、馬を視線だけで見上げながら、戯れまじりに歯の間に空気を通して唇の前で人差し指を立てた。それからまた少し周りを窺い、建物の陰へ走る。
身を潜めながらいくつかの物陰を中継して、手下の女が入っていった納屋に辿り着く。壁を背にしてしばらく待っていると、手ぶらになった女が出てくる。女はまっすぐ母屋のほうへ戻り、それを見届けたレダーナは入れ替わるように扉から納屋へ滑り込む。
ならず者の集まる保安官事務所のようなゲールの部屋。キャットは大きなデスクの前に立たされた。革張りの椅子に背中を預けたゲールは、肘掛けに片肘をついて、目を伏せたままなにかを待つ様子でいる。
キャットの腰のガンベルトから、手下の一人が銃を取り上げる。キャットは顔をしかめるが、軽く肩を上下させただけで逆らうことはしなかった。
「あんたの部下が持ってっちまったが、カネは一万二千五百ドルだ」
片手を腰に当て、キャットは難しい顔でゲールに言った。ゲールは目も開けず、言葉も返さず、顎を支えていた指をこめかみに添える。キャットはただ、処刑前の罪人として立ち尽くすことを強いられる。
キャットが堪え切れない溜息を何度か吐いた頃、先ほどカネの袋を奪っていった女が戻ってくる。キャットと手下たちの視線が集まる中、女はゲールの傍まで大股で歩く。
「カネはいつもの場所に」
兵士のように姿勢を正して報告する女に、ゲールはようやくその落ち窪んだ目を開ける。冷えるほど青い瞳が現れる。
「いくらあった」
重い声が問う。
「一万二千五百ドルです」
キャットが言った額と同じ数字を女が答える。
「何人死んだ?」
声は更に不吉な暗さを帯びる。
「十五人」
手下の女までが少し表情を緊張させながら、簡潔に告げる。
ゲールはゆっくりと三度頷き、そして目の前のキャットを見た。口元に酷く歪んだ笑みを浮かべる。
「割の良い稼ぎだと思うか?」
キャットは目線を下方に下げ、深く息を吸う。無言で小さく首を左右に振る。
「なにを企んでた」
笑みはすぐにゲールから消え、静かだが暴力の予感を伴う審訊が重なる。だらりと両手を下げ、キャットは机の端から端に視線を流す。
「だから、分け前が欲しかっただけさ」
やや顔を伏せたまま、キャットは覆さない答えを返す。
「向こうも似たことをやろうとしてたのは、予想外だったけど」
ゲールはもう一度瞼を閉じて、なにかを考えるようにしばらく目元を手で押さえる。そしてなにかを考えたように、指の間から青い目を覗かせる。
椅子の肘掛けを掴み、体重を掛けながら緩やかに立ち上がった。そのまま扉へ歩いて、ドアノブに手をかけてから肩越しに室内を振り返る。
「吐かせろ」
低いゲールの指示を合図に、キャットの両腕を手下たちがすばやく掴む。キャットは逃れられる気配のない身体をよじり、険しい顔でゲールを睨む。そのゲールは取り押さえられる裏切り者にさほど関心を払わず部屋を出る。
レダーナは、それほど広くないが乱雑な納屋の内部を見回した。中央は少しひらけているが、壁は棚が覆い、棚には古い瓶や袋が無秩序に並ぶ。床の片隅には藁がうずたかく積まれ、木箱や樽が足の踏み場を奪う。
眉を弓形にして、棚の上から下、左から右へ視線を走らせ、形のわからない目的物を探す。透明な瓶の類には構わず、膨れた袋があると手にとって重さを確かめ、口紐を解く。中を覗いて、棚に戻す。それを繰り返しながら壁沿いに歩く。ブーツが床の藁を踏むと意識をそちらに向け、屈んで手探りで探る。傍にあった木の棒を取り、藁の山をかき混ぜる。藁が舞うだけで手ごたえはなく、レダーナは棒を手放して立ち上がりかけるが、ふと思いついたように動きを止め、ズボンから短いコルトを抜いた。弾が全弾込められているのを確認して、そのコルトを藁の下に隠す。
それが済むと今度こそ身体を起こし、手や服の藁を払いながら、周囲の荷を見下ろす。樽の蓋を剥がし、木箱の蓋をずらし、中を見る。ガラクタが見えるばかりの作業を、手早くしかし根気よく続けて、ついには積まれた樽の陰に、錠付きの大きく頑丈そうな木箱を見つける。
レダーナは左目を少し鋭くして、箱の前に膝をつき、箱に掛かった南京錠に触る。手ごたえを確かめるように何度か引っ張り、ホルスターから自分の銃を抜く。一度扉のほうを警戒してから、銃を逆手に握って、グリップを南京錠に叩きつける。木と鉄がぶつかる音が何度か響き、鍵が破壊される。銃を戻し、外れた錠を抜き取り、箱の蓋を開ける。
中には果たして、いくつもの膨れた袋が詰まっていた。
ひとつひとつを掴み、中を検める。中身はほとんどがドル札で、小さいがずっしりと重い金貨の袋もあった。レダーナの口角が小さくあがる。
おおよその額を計るように底まで探ってから、レダーナは木箱の蓋を一旦閉めた。南京錠をもう一度形だけ嵌めて立ち上がり、箱の前から離れる。納屋の中を未だ見回しながら、扉のほうへ後ろ向きに歩く。そして背後へ伸ばした片手が取っ手に届く直前、納屋の扉が鈍い軋み音と共に開いた。レダーナの動きと表情が、走った緊張によって静かに硬直する。
レダーナはゆっくりと、しかしぎこちなく少しずつ首を回す。目線の高さ、左目だけの狭い視界に現れ映る、真紅のリボンタイ。
レダーナが視線を上へずらすより先に、ゲールの拳がレダーナの後頭部を激しく殴りつけた。帽子が落ち、レダーナは突き飛ばされたときの勢いで床に倒れる。
ゲールが乱暴に扉を閉めながら納屋へ踏み込んでくる。レダーナは殴られた頭を押さえ身体を起こそうとするが、目の焦点は後頭部への衝撃で揺れている。
そのレダーナの胸ぐらを、ゲールの片手が掴んで引き上げる。無理矢理立たされたレダーナの身体は、よろめく間もなく柱に強く押し付けられた。首が服で締め上げられ、堅い柱に背中を潰されて、レダーナは苦しげに低くうめく。ゲールは力をこめ、手の位置を高くする。レダーナのブーツの踵が浮く。
ゲールの、鮮やかな青でありながらも暗い色を宿す瞳が、苦痛に歪むレダーナの顔を見つめる。目鼻立ちをなぞるように、色彩を写し取るように、執拗に。
「なるほど、"ロシータ"か」
重く静かな、しかし吐き捨てるようなゲールの言葉。苦痛の中こじ開けるように鋭く向けられるレダーナの左目。
喉を塞がれたレダーナの口は、開いても意味を成す音を生み出さない。
ゲールの唇が歪な笑みに裂ける。笑みが失せると双眸に憤怒が灯る。
「死に損ないがふざけた真似を」
シャツを掴み上げるゲールの手に更に力がこもり、レダーナの足が完全に床を離れる。つま先がもがき揺れる。踵の拍車が柱を削る。レダーナの身体から、力が抜ける。
ゲールが手を離す。レダーナは柱を伝うように沈んで、音を立てて仰向けに倒れこんだ。
ゲールは足元で気を失っているレダーナの顔を、静かになった瞳で見下ろした。しばらくの間視線を注いで、それから宙を見る。酷く緩慢にブロンドの髪を一度掻き上げ、再び視線を下げてレダーナから一歩離れる。腰を屈め、レダーナのガンベルトを外す。服のベルトをズボンごと掴み、少し浮かせた身体の下に手を入れて抱え、意識のない長身の女を、ほとんど表情も変えずに肩に担ぎ上げる。
ゲールの暗い目がまた、どこを見るでもなく宙を見る。そして片手には紫銀のコルトが収まるガンベルトを提げ、肩にはレダーナを担いだまま、納屋の扉を蹴り開ける。
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