【Chapter 19】

 パウラは敷地外れにいくつかある小屋のひとつにいた。窓から何度も外を窺いながら、馬鹿長いコルトに弾を込めている。弾は全部で四発きりだった。
 狭い小屋の中を何度か往復して、すべての窓から様子を見る。汗でてかてかと光る浅黒い顔を乱暴に拭い、長い銃身を窓枠に乗せる。
 それと同時、派手な葉擦れの音がし、パウラの目の前にキャットの逆さの顔が現れる。
 パウラは目を見開いて後ろに飛び退き、キャットに向けて発砲する。窓の外の枝に両脚でぶら下がっているキャットもコルトの引き金を引く。
 耳を割るような銃声が交わるが、共に弾は当たらない。キャットは帽子を押さえながら一度身体を引き上げると、今度は窓枠に手を掛けて小屋の中に飛び込む。
 パウラがもう一発撃つが、壁際の棚にあった水差しを破裂させただけだ。キャットは反射的に身を縮めて破片から自分を庇い、改めてパウラに銃口を向ける。
 緊張と牽制の空気が張り詰め、二人は銃を構えて睨み合った。遅いまばたきをあわせて三度するだけの時間のあと、パウラがじりじりと扉のほうへ移動し始める。キャットも腰を落とした状態でパウラと平行の位置を保つ。
「あと二発だろ」
 キャットが小さく笑う。パウラは鼻をふくらませ、荒く呼吸をしながら横目に傍の扉を見る。空いた片手を扉に伸ばす。そして急な動きで、体当たりするように扉を開けて外へ転がり出た。
 しかし駆け出すパウラの動きは、小屋から数歩離れたところですぐに止まる。
 既に静かになった空気の中、大きな人影がゆっくりと近づいてくる。六芒星グリップのコルトを右手に携え、手下を五人ほど引き連れたゲール・ブレナン。
「あと一人だ」
 パウラから二十フィート(六メートル)ほどの距離で立ち止まり、ゲールが裂けるような歪んだ笑みを口元に浮かべて言った。低く静かだが重く響く不吉な声。
「こっちには、他にあと何人残ってるだろうな?」
 首を傾け左手を広げて、ゲールは続ける。パウラの顔に更に汗が伝う。キャットも銃を構えた状態で小屋を出ると、パウラに狙いをつけたままゲールのほうへゆっくり移動する。ゲールの部下たちも皆、銃口をパウラに向けている。
 パウラは一度鼻で大きく深呼吸をし、それから声を喉に詰まらせながらゲールへ向かって二度引き金を引いた。弾丸は二発ともゲールの足元の地面を抉る。
 空になった銃の引き金をなおも何度か引こうとし、結局癇癪混じりにそのコルトを大きく振り回した。
「ロシータはどこに行ったんだい!」
 目を剥き、求めるように首をあばら屋へ向けての叫びが、パウラの最期の声になる。言葉の終わりとほぼ等しくして、ゲールの放った弾丸がパウラを穿った。
 パウラは馬鹿長いコルトを振りかざしながら、重い音と共に前に倒れ伏す。
「ロシータ?」
 銃を構えた姿勢のまま、ゲールがなにかを訝しむように、射殺したパウラの言葉を拾って呟く。
「……なんだ、知ってる名前かよ?」
 ゲールの隣までやってきたキャットが聞き咎めて尋ねる。ゲールは上着を捲って銃を腰のホルスターに戻しながら、唇を歪めて突き出し、薄い眉を寄せる。
「いや」
 少しの間があったがしかし、ゲールは短くそれだけ言って、パウラの死体に近づいた。俯せの肥った女の身体を、足で仰向けにひっくり返す。
「お前の最後の仕事だ、用心棒」
 腰に片手を添えてキャットを振り返る。キャットは一度深く吸った息を、引きつったように大きく吐き出して笑う。
「最後かはともかく、役目は果たすよ」
 両手を組み合わせ、もう一度深く溜息を吐く。


 キャットは足をもつれさせ、重い荷物を引きずり、何度もよろけて転びそうになりながら歩く。空はもう白み始めている。
 最後の痩せたメキシコ女の死体をようやく運び終え、キャットは馬車の荷台に掴まるように倒れこんだ。声が混じるほどの荒い呼吸で、肩を激しく上下させる。
 あばら屋の裏に止まる馬車の周辺。そこには十ニの身体が集まっていた。何体かは既に荷台に積み込んである。パウラたち山賊の死体。
 十数人残ったゲールの手下たちはなにもせず、にやついた顔で遠巻きにキャットを囲んでいる。ゲールも腕組みをして柵にもたれ、表情もなくその様子を見ていた。
 片肘を荷台のふちに掛けて身体をなんとか起こしながら、キャットはゲールたちを睨む。だがすぐに自分で首を左右に振って、乾いた喉に無理矢理唾液を飲み込み、帽子を押し上げ額の汗を拭う。それから、地面に転がる死体をひとつずつ馬車に乗せ始める。荷台に登って死体を引き上げる。
 途中に一度、力が入りきらず尻餅をついて、手下たちが笑い声で沸いた。キャットは目を伏せ顎を上げ肩で大きく息をしたほかは、嘲笑に反応せずに作業を続ける。
「離れたところから見張らせる」
 またいくらかの時間を掛けて、キャットが死体を全部積み終わると、ゲールが平坦にそう言った。
 キャットはおぼつかない足取りで荷台から降り、ゲールのほうを向いたまま御者台へ歩く。
「カネを受け取って、持って来い。それがお前の仕事だ」
 自分の身体を引っ張り上げるように御者台にのぼり、強張った口元だけの笑みを浮かべてキャットはゲールの言葉に頷いた。


 朝陽の照る荒野を馬車が緩やかに走る。手綱を握るキャットが首だけで少し振り向くと、遠く後方に馬に乗ったならず者が二人見える。
 キャットはそのまま視線を下方にずらす。背後の荷台には死体が山積みになっている。そして御者台のすぐ後ろにあたる隅には布が掛かっていて、そこからは黒いブーツが突き出ている。
 一度前を向いてから、キャットは片手だけを後ろにまわし、その布の端をやや乱暴に捲った。
「本当に楽な仕事だぜ、あんた」
 馬の蹄と車輪の音の中、キャットがぼやく。
 顔に乗せていたスペイン帽を下にずらし、横たわるレダーナが目元だけを覗かせる。
「まさかあの状況で手伝うわけにもいくまい」
 キャットが不機嫌そうな顔をして、首だけでまた軽く振り向く。レダーナは帽子を布の下で胸の上に置いて続ける。
「お前が勝手に貧乏くじを引いているだけだ」
「引かせてるのはあんただよ」
 キャットは鼻を鳴らし、首を戻して手綱で馬を打つ。
「あの女、丸腰だったぜ。あんた、そんな奴を利用したのか」
 咎めの声で、キャットがシェリーのことを持ち出した。がたつく馬車の上、レダーナは片手を頭の下に差し入れる。
「結果的にそうなっただけだ。裏切ったのは彼女の意志だ」
 キャットの肩越しの視線がレダーナに注がれる。レダーナは冷たくおどけるように唇を薄くして見上げ返す。
「メキシコ人がお嫌いらしかったからな」
「よく言うぜ。端からメキシコ人を皆殺しにする気だった奴が」
 キャットが呆れ調子で吐き捨てる。
「私が狙ったのも利用したのも、ただの山賊だ」
 レダーナの顔のすぐ横には、パウラの死体の頭が覗いている。レダーナは自由な片手でその脳天を軽く小突く。
「白人だろうとインディアンだろうと同じさ」
 小麦色をした自分の頬から顎にかけてを撫で、笑みに皮肉の色を濃くして左目を細めた。キャットは黙ってわずかに肩をすくめる。
「それより、無駄話をしてると気付かれるぞ」
 話を切り上げ、レダーナは再び布を頭まで被る。
「わかってるよ」
 不貞腐れたように強く言って、キャットもまた馬を打つ。馬車は近くの町へ向かって進む。



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夕陽の決斗/黄金ガンマン
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