【Chapter 24】
レダーナが屋敷の二階へ辿り着く。視線の先、廊下の向こうにゲールの姿が見える。ゲールはブロンドを乱して一度大きく振り向き、逃げ込むようにひとつの扉をくぐる。乱暴に閉じられた扉を追って、レダーナは結った長い髪をなびかせながら廊下を駆け抜ける。
ゲールが消えた部屋の前に来ると、レダーナはすかさず足で扉を蹴り破った。割れるように派手な音がして、レダーナの視界が明るく開く。
目の前に広がるのは豪奢な保安官事務所だ。そのように設えられたゲールの私室。大きなバルコニー窓が、夕陽の赤い光をたっぷり室内に取り入れている。
レダーナはゆっくりと部屋の中に踏み込みながら、部屋の奥に首を向ける。ゲール・ブレナンは大きなベッドの脇に立っていた。すぐ後ろの壁には、いくつもの歪んだ銀の六芒星が並んでいる。
レダーナはゲールの真正面に立ち止まり、向き直って、広い部屋の端と端で対峙する。ゲールが背負うのは偽の保安官バッジ、レダーナが立ち塞ぐのは留置所を気取った鉄の檻。
「保安官《シェリフ》」
レダーナの声が、皮肉たっぷりにゲールを呼ぶ。ゲールの深く暗い青の瞳がわずかに険しく凍る。
レダーナはほんの少し顔を右へ向け、左目を正面に据えた。ゲールもそれに呼応するようにごく浅い角度だけ右を向いて、左目を合わせる。
「昔、お前は同僚の男も殺したはずだ。そうだろう? 保安官の"ウィンチェスター"を」
胸の高さに銃を構えたレダーナが、レダーナ・ウィンチェスターが問う。ゲールは顎先を上げ、薄い眉を小さく動かす。
「確認できればそれでいい」
レダーナは答えを求めるでもなく、そう言って鋭く目を細める。
そしてその目は、ゲールを捉えながらもなにかを探すように室内を巡る。ゲールがなにかに気付いたように唇を不吉な笑みに裂く。
「弾は残ってやがるのか?」
ゲールが上着の裾を静かに後ろに払い、鎌をかけるように腰の銃を示す。ホルスターに収まるアイボリーグリップのコルト・キャバルリー。レダーナは眉も動かさず、しかし瞳の色を微かに硬くする。弾倉が空っぽの銃を見下ろし、またまっすぐにゲールを見据え返す。
陽の光で明るく、だが夕焼けで赤く染まる室内に、薄いガラスが膨れ上がってゆくような危うさが張り詰める。
ゲールは笑っているがその顔は引きつってもいる。レダーナは挑発の笑みすら浮かべなかったが表情には強張りも見て取れる。二人の肌に汗が滲んで光る。室内に置かれた大時計が煽るように時と音を刻む。
そして秒針が一周もする頃、偽りの保安官事務所の中へ、不意に影が落ちる。
レダーナとゲールは同時に首をわずか窓のほうへ向けた。バルコニーに、逆光の中黒く佇む人影が形作られている。
ゆっくりとバルコニー窓が開き、影は一歩、室内へ下りた。夕陽の色合いを受け、ヘーゼルの瞳を金に染めるゴールド・キャット。左手に構えるのはイエローボーイ――真鍮フレームを黄金色に輝かせる"ウィンチェスター"ライフルM1866。
キャットはライフルの銃口をゲールに向けたまま、静かにレダーナの傍まで横に歩く。
「仲間は全部片付けた。残りはそっち一人だ」
眉間に皺を刻むゲールににやりと笑いかけながら、キャットは右手に持っていた黒いガンベルトをレダーナに差し出す。そこに収まっているのはレダーナの銃だ。パープルの色彩を仄かに帯びる、銀のコルト・キャバルリー。
「あんたのだ、レダーナ。弾もちゃんと入ってるぜ」
キャットも今またコートの上から腰にガンベルトを巻いていた。同じく取り戻したらしい彼女の黄金フレームコルトと一緒に。
レダーナはベルトを受け取り、ゲールから一瞬だけ外した視線をキャットに向ける。
「合図はあたしがしてやるよ」
依然ゲールにライフルの銃口を固定し、キャットはバルコニーまで後退る。レダーナは空の銃を放り捨ててから、ホルスターを左前にしてベルトを腰に巻く。それを見たゲールも、ベルトを回して銃の位置を反対側へずらす。共に睨み合ったまま。
お互いにクロスドローの位置へホルスターを調整したレダーナとゲールは、両手を下げて向き合い立つ。同じ抜き方、同じ銃。
キャットはバルコニーの手すりまで戻り、そこに背中を預ける。ライフルを右手に持ち替え、のんびりとした様子でコートのポケットから吸いかけの葉巻を摘む。口に咥え、マッチを取り出し、手すりで着火する。葉巻に火をつけ煙を吐き出しながら、振り消したマッチの燃え殻を横に放る。しかしそれは合図ではない。キャットの指は、上向いたライフルの引き金に掛かっている。
レダーナとゲールは微動だにしない。夕陽の光は暖かで柔らかく、交わる眼差しは冷やかで硬く鋭く。
過ぎる時間と共に風がキャットの巻き毛を揺らす。その頭上で、空を裂くような甲高い鳥の声がする。
キャットは葉巻を咥えたまま、緩慢な動きで上を向く。右手のライフルを掲げ、左手を銃身に添え、空へ構える。
キャットの左目が細まり、猫が獲物を狙う緊張と間がその場に降り、そしてライフルの轟音が、緩やかで張り詰めていた空気を破壊する。
撃ち抜かれた鳥が地に落ちるよりも先に、レダーナとゲールが銃を抜いた。まったく同じ銃声が二発続けて聞こえる。しかしそれは連射では不可能な重なり具合で、確かに二人の間を交差したものだと解る。
ゲールが先に身体を強張らせ、体勢を崩した。上半身が後ろに傾く。
レダーナも眉を寄せ、左手で左肩の辺りを掴みながら身体を少し前に折る。
しかし二人とも倒れず、伸ばした右手は続けて撃鉄を起こす。二発の銃声がほとんど一つに重なる。二人の髪が煽られる。
レダーナの背後の鉄格子が弾けるような火花を散らす。
ゲールの足がふらつき、身体が壁に打ち当たり、並ぶ偽のシェリフバッジが落ちて元保安官に降り注ぐ。
銃を握るゲールの手が震え、腕の高さが下がる。レダーナの親指は撃鉄を起こし、人差し指は引き金を絞る。
今度こそ、その場に響いた銃声は一発だけだった。
ゲールの手から、六芒星の刻まれたコルト・キャバルリーが落ちる。ゲールの首が後ろに折れ、青い目の見開かれた顔が上を向き、歪んだバッジを髪に絡ませながら、その大きな身体は壁を伝って沈む。腰が床まで落ちるとゲールの身体は前に傾いてベッドに寄り掛かり、がくりと首が項垂れ、そしていっさい動かなくなった。
レダーナは血の滲んだシャツの左肩を押さえたまま、ゲールが事切れるさまをすべて見届け、それからようやく、構えていた紫銀のコルト・キャバルリーを、ゆっくりと静かに下ろした。
室内から緊迫した空気が消え、気の抜けたような夕陽の穏やかさだけが満ちる。
キャットは葉巻を指で摘んで煙を吐き出し、バルコニーからレダーナを見た。
レダーナはそれに気付かなかったのか、それともすぐに応えるつもりがなかったのか、しばらく表情もなしにゲールの死体を眺めていたが、じきにキャットへ視線を返した。
切れ長の左目を細め、唇の片端を上げて、薄く微笑む。
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