【Chapter 25】
サンバイザーを被った冴えない眼鏡の女、町の銀行員が馬車を駆る。その腰にはいかにも身につけ慣れない様子のガンベルトが巻かれ、ホルスターにはS.A.A.が収まっている。がたつく御者台の隣には、緑のドレスを着て黒いマントを抱えた両脚のないドナがいた。
ドナたちの視線の先にゲールのアジトが見え始める。そして馬車の進む道に人影が現れる。おぼつかない足取りで、服に血を滲ませたカウボーイハットの男だ。覚えがあるといった様子で馬車の二人は顔を見合わせた。男はゲール一味の生き残りだった。銀行員が手綱を引き、馬車が減速する。
男も馬車に近づく素振りを見せたが、しかし銀行員の姿に気づくと、足を止めて手に持っていた銃を構えた。銀行員は怯えの悲鳴を上げて身体を丸める。ドナがその彼女のベルトから素早くコルトを抜く。伸ばした左手で撃鉄を起こしながら、二発の銃声を響かせた。
歪に両手を広げ、男は道に倒れ伏す。
「やっぱり私は、"イマドキ"の銃じゃ駄目ね」
風に髪をなびかせながら、二発を費やしたことを恥じるようにドナがおどけて強気に微笑む。
まだ身体を強張らせている銀行員は、返答に困ったようにおどおどと周りを見回し、それからぎこちなく頷いた。
その様子にドナは声を上げて笑う。
夕陽の赤に、夜の暗い藍がほんのわずか混じりつつある。赤紫色に照らされる白い屋敷の前に、キャットが立っている。
キャットは腰を屈め、地面から鳥の死体を拾った。キャットが撃ち落とした鳥だった。
「そんな鳥を殺しても五ドルにもならん」
屋敷の裏手から出てきたレダーナが、その姿を見つけて言う。頬の傷はそのままだが、左肩にはシャツの上から包帯のようにきつく布を巻いている。
キャットはほとんど吸い尽くした葉巻を吐き捨ててから少し歯を見せる。
「猫が鳥を捕るのは道理さ。あとで食うよ」
レダーナもそれを聞き、静かに目を伏せて唇を弧に薄める。
その二人の耳に、蹄と車輪の音が届く。揃って音の方向を見る。やって来たのはドナたちの馬車だ。
「すごいわ、本当に二人で全部片づけたの?」
銀行員が馬車を止めると、ドナが身を乗り出して感心したように笑って言った。キャットはその言葉に肩をすくめながらにやついた笑いを浮かべ、レダーナはドナの姿そのものに対して眉を上げて、そして小さく微笑んだ。
「本当にゲール・ブレナンを?」
銀行員の女が書類束を脇に、革鞄を右手に馬車を降り、落ち着かない様子で二人に向かって尋ねる。キャットが頷き、玄関を親指で示す。銀行員は開いたままの玄関に小走りで向かって、中を覗き、既にそこに運ばれていたゲールの死体を見つけ、上半身をびくりと後ろへ仰け反らせた。
「た、確かに」
扉に片手をしがみつかせながら振り向き、素早く数度首を縦に振る。残る三人は少しだけ笑う。
「保安官への報告前に、一応他を確認しましょう。すみませんが、ご一緒に……」
銀行員は指の背で眼鏡を押し上げ、書類束を持ち直しながら咳払いをして申し出る。キャットが軽く手を上げて応じる。
「私はここで遠慮する」
レダーナはしかし、銀行員ではなく隣のキャットに伝える声量で告げた。キャットは意外そうに眉を寄せる。
「懸賞金は受け取らないのか?」
「ああ」
「なぜ? ゲールを殺ったのはあんただし、他の連中だってあんたのぶんも」
「私の目的は果たしたんでな」
レダーナはキャットの言葉を遮り、薄く微笑んで横に流すような視線を返す。それはどこか含みのある微笑でもあった。キャットは解せないといった顔で思案に唇を尖らせていたが、銀行員の呼ぶ声に息を吐き、一応納得した様子をみせた。
呼ばれた方向へ足を踏み出しかけたキャットを、レダーナが思い出した素振りで呼び止める。
「そう、例のカネの箱は食堂にあった。テーブルの下に」
立ち止まったキャットは両眉を弓型に上げ、曖昧に頷いてから大股に歩いてゆく。
「レダーナ」
キャットの背中を眺めるレダーナに、ドナが御者台から声をかける。レダーナが振り向き仰ぐと、ドナは抱えていた黒いマントを掲げた。
「忘れ物よ」
目にしたそれと言葉に、レダーナは思わずといったふうに破顔し、ゆったりした足取りでドナに近寄る。そして馬車の上から手渡される自分のマントを片手で受け取る。
「運が良ければまたね」
ドナは艷めいた、それでいて朗らかな微笑を浮かべて言った。レダーナもドナの顔を見つめながら左目を細め、マントを広げて羽織り、喉元で留める。襟を整えるように払い、ベストを下に引っ張って身繕いをする。それが終わると黒いコルドベスハットの庇を指で引っ掛け、また寡黙な微笑だけでもってドナに挨拶を手向ける。
レダーナは一度屋敷へ向き直って建物を見上げたのち、さきほど己が姿を現したのと同じ方向へ歩き出した。その先には馬が繋がれている。大きな鞍袋を背負う、額に白い星のある黒馬。
手綱を解き、レダーナは鐙に足を掛けて黒馬に跨る。たてがみを軽く撫でてから、ゆっくりと馬を歩かせる。
「ウィンチェスターさん!」
屋敷の正面に来た頃、銀行員の女が大声で呼びながらレダーナのもとへ走り寄ってくる。キャットも作業を中断した様子で玄関に姿を見せている。
「それでは、こちらは返却分です」
立ち止まった馬のすぐ傍までやって来て、肩で息をする銀行員が革鞄を掲げた。レダーナは片眉を歪めて上げる。
「一万ドルです。当銀行がお預かりしていた分としてお返しします」
怪訝そうなレダーナに対し、銀行員が補足する。レダーナは表情を変えないまま微かに頷く。
「三千ドルは彼女のものだが」
レダーナが遠くのキャットを顎で指し示す。キャットは忌々しそうに大きく手を振り声を張り上げる。
「いらねえよ、そんなカネ。あんたの同類になるのはごめんだ」
「なら頂いておこう」
キャットの答えにようやくレダーナは表情を少し緩め、掲げられた鞄を掴んだ。銀行員はほっとした顔をして馬の傍から後退る。
革鞄を股の前に置き、手綱を開いて馬の向きを変えながら、レダーナはキャットを見た。薄く、そして酷く意味ありげに笑う。
「用心棒をやっていろ、小娘」
レダーナは張った声でそう投げる。
「ああ。二度と会わねえよ、年増女」
キャットも憎々しく笑いながら等しい声量で返す。
「そう願う」
深めた笑みを残し、レダーナは背を向けた。馬は速歩で陽の沈む方角に蹄を進め出す。
キャットは駆け戻ってきた銀行員と入れかわりに玄関から数歩外へ出、ポーチの柱にもたれて腕を組んだ。滲んだ夕陽が浮かび上がらせる黒い影を眺める。
遠ざかるシルエットを同じように見ていたドナとも、キャットは小さく笑って視線を交わす。
「キャットさん」
レダーナの姿もほとんど見えなくなった頃、玄関から銀行員が困惑した顔を出した。キャットは腕組みを解きながら黙って振り返る。
「あの、食堂にあるというおカネはどこに?」
「だから箱があったろ?」
重ねて返した問いに首を振る銀行員の横を、キャットは訝しげにすり抜けて屋敷の中へ戻る。
「いえ、箱はありました。でも中身が」
大股で食堂に向かうキャットを追い、銀行員が言葉を付け足した。キャットは荒れた食堂に入る。テーブルの傍に、大きな木箱が置いてある。
「中身が空っぽで」
「そんなはずないだろ」
蓋の開いた箱へ二人連なって走り寄る。キャットは顰め面で箱を覗き込む。底が綺麗に四角く浮かんだ、確かに空っぽの箱を見る。
「全部で四万ドルはあるって話」キャットは片手を大きく振った。「あるって話で……」
しかし次第になにかに気づくように手の動きが鈍り、それに伴って言葉も途切れる。表情が完全に失せて固まる。
「あのクソ女」
見開いた目で、キャットは吐き捨てた。弾かれたように食堂を出る。屋敷の外、建物の脇に繋いでいた自分の馬まで一気に走る。
「どうしたの?」
飛び出してきたキャットに、ドナが馬車から声をかけた。
「あのクソ賞金稼ぎが、カネを全部持って行きやがった!」
馬の手綱を乱暴に解きながらキャットが叫ぶ。ドナは驚きに口を開け、しかしすぐ呆れ笑いに肩をすくめる。
「懸賞金を渡したんだと思ったら?」
「あの女が取っていいのはせいぜい二万だぞ! 残りは町のカネだ!」
キャットは小柄な身体で踏み台もなしに馬に飛び乗り、ドナへの答えを、レダーナが消えた方向に怒鳴る。
「復讐は時間を置いてこそだって? 時間を置いたらカネは使われっちまう」
手綱を握りしめ腹立たしげに呟いて、身体を弾ませ馬の腹を蹴る。ドナと銀行員をあとに残し、栗毛の馬が走り出す。
沈む赤い夕陽。紫に染まる荒野。ゴールド・キャットを乗せた馬は、遠く速く駆けてゆく。
〈FINE〉
夕陽の決斗/黄金ガンマン
Dollari e vendetta
Dollars and Revenge
――Un film di Alessia Baglioni
cast
エンジェル・ヘアあるいはゴールド・キャット
…ジェイン・リーバー
レダーナ・ウィンチェスター
…マヌエラ・ルセロ・デリベス(マヌエラ・ルセロ)
ゲール・ブレナン
…ナターリヤ・ニビエスカ
パウラ
…パウラ・サンチェス
ドナ
…ミケラ・シモネット
シェリー
…アリーチェ・グリエルミ(エイミー・クリフォード)
すべての人物は架空の存在です。
あとがき
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