【Chapter 9】
馬に乗った一団が陽光の差す荒野を駆ける。
先陣を切る女は小太りだが、しかし筋肉も見て取れる身体をしていた。黒地を赤でふちどったソンブレロを首の後ろに掛け、弾の並んだベルトは肩から斜めの十字に掛ける。
ぼさついてあちこちはねる茶色の短い髪に、茶色の瞳、茶色い肌。
後ろにつく十人前後の人間――女が多く、男がニ、三人――も、皆それに近い色合いをしたメキシコ人だ。
その集団の前を、一台の駅馬車が走る。馬車は酷くガタガタと揺れ、御者は後ろを何度も振り返りながら必死で手綱を振るう。
先頭の女はそれを見てにやりと笑う。右手にはコルトを握っている。銃身が馬鹿みたいに長いS.A.A.。
女は馬上で前に身を乗り出し、左腕を馬の頭に置く。肩に担ぐように持っていた銃を構え直し、その左腕に長い銃身を乗せる。肩を引き顎を引き、そして引き金を引く。
重い銃声のあと、馬車ががくんと傾く。右後ろの車輪が外れて砂煙の中をもんどりうった。
女が大口を開けて笑い出す。すぐにもう一発撃ち、今度は左後ろの車輪が転がって、馬車は完全に後ろに傾いた。
「パウラ!」
後続の一人が先頭の女に向かって、伺いを立てるように呼ぶ。パウラは長いコルトを高く掲げて振りながら、笑い混じりにがらがら声を張る。
「とっとと片付けっちまいな!」
何頭かの馬がパウラを追い越し、立ち往生している馬車を囲みに走る。続く者も皆、ライフルか拳銃を手にしている。最初に馬車の前まで回り込んだ女が、御者台で怯える御者を即座に射殺する。
別の男女二人が、馬車の扉にライフルの先を引っ掛け、乱暴にこじ開ける。悲鳴がする。中にはドレスを着た老若二人の女と、スーツを着た一人の初老の男がいる。
追いついたパウラが、手綱を引いて馬を止めながら乗客たちに笑いかける。笑みを消す。そして馬車の中に、その馬鹿長いコルトで三発の弾丸を撃ち込む。
「荷を下ろせ!」
再び品のない呵々とした笑い声を上げ、パウラはコルトを振りかざし、手下たちが馬車に群がる。
馬車を囲む賊の集団を、高い岩陰に潜んだレダーナが見下ろしていた。伏せた彼女が構えるのはコルトのリボルビング・ライフルで、その左目で見据えるのは遠いほど長い銃身の更に向こうだ。
銃口が標的を定め、指が引き金を絞る。銃声が岩肌に響く。
馬車の後ろにいたメキシコ女が一人、馬から転げ落ちた。パウラたちの影が止まる。しかし彼女らが状況を把握する前に、レダーナのライフルはもう一人撃ち殺した。
パウラがいきり立ってレダーナのいる方向に発砲してくるが、当て推量で撃たれた弾は届いてこない。手下たちもめいめい撃ってくるものの、傍に着弾するものですらどれもレダーナの周辺の岩を削るに留まった。
その間もレダーナは連射の手を止めず、極力姿を隠して男と女を一人ずつ仕留める。パウラも再度撃つ様子を見せ、しかし彼女のコルトは先ほどの一発で弾切れだった。
パウラが忌々しげに悪態をつく隙に、レダーナは更に頭を低くしながら横に這うように岩陰を移動し、そして不意に動きを止めた。
レダーナが視線を横に動かす。視界が銃口を捉える。声がする。
「皆殺しか。いくら稼ぐ気だい?」
目を細めたキャットが同じように姿勢を低くし、レダーナのこめかみに銃を突きつけていた。
「いや」
レダーナはキャットの顔を見、山賊の集団を見た。パウラたちはそれ以上反撃しようとせず、馬の方向を変えて退却し始めている。
「だが雑魚ばかりだ。まだ足りん」
警告の銃口をそのままに、レダーナはリボルビング・ライフルを構え直し、一発だけ発砲する。集団の最後尾の男がのけぞってから落馬した。それでよしとしたのか、もうそれ以上は弾が届かないと判断したのか、レダーナはライフルを下ろした。
パウラの一団が遠のき、その姿が見えなくなって、キャットはロングコート上のガンベルトに銃を戻しながら立ち上がる。レダーナが身を起こす。
「馬車もある。掻き集めればなんとかなるだろう」
死体の転がる一帯を眺めて言うレダーナの言葉に、キャットがぴくりと眉を動かした。
「馬車?」
「どうせ皆死んでる」
ライフルを手に提げて、レダーナも立つ。怒りと蔑みの目をしているキャットに、レダーナは口元でわずかに笑いかけた。
「カネが足りなくて困るのは私じゃない」
レダーナは岩場を下り始める。キャットがその姿を見下ろしながら吐き捨てる。
「ハイエナ女」
なにも答えず数歩移動してから、レダーナはキャットを振り向き仰ぐ。
「銃で稼ぐカネに、善いカネはない。一セントもな」
暗いブラウンの左目がキャットに語りかける。キャットが少し視線を揺らす。
レダーナは唇の片端を小さく上に曲げ、言葉を付け加えながら、音を立てて滑るように再び岩場を下りてゆく。
「生きていれば助けるさ」
←BACK NEXT→
△夕陽の決斗/黄金ガンマン
△novel
△top