【Chapter 6】

 小さなサルーン二階の宿の部屋、テリーがドレッサーの前に座る。鮮やかなマゼンダのフリルがついた黒の下着姿で、化粧直しにパフをごく軽くはたいている。首の角度を少しずつ変えながら、頬へ、顎へ。鏡の中に向かって一度確認するような笑顔を作り、すぐに消す。ノックの音は澄まし顔でデコルテを撫でる頃に届く。
 テリーは動きを止め、眉を上げて音の方向を見た。首を傾げ、パフを置いて扉に歩く。
「シスレ?」
 覗き込むような姿勢で背中を丸くしながら、扉を少しだけ開ける。隙間に見える、三白眼の赤毛の女。
 テリーの目が相手のそれにも負けないほど大きくなり、彼女は反射的に扉を閉めようとする。しかしダイアンは素早く片足を突き込み、乱暴に引き剥がしてこじ開ける。まろぶように後退するテリー、部屋へ押し入るダイアン。
 ダイアンが肘で強く扉を閉めると、ほんの一瞬のあいだ生まれていた荒々しい空気は沈んで静かになってゆく。ダイアンはテリーの顔から、一度も、わずかも、視線を外さずにいる。ぎらぎらとした三白眼に見据えられ、ベッドの傍まで退くテリーは引き攣った作り笑いを浮かべる。
「ごきげんよう」
 手探りでベッドからシーツを掴み、包まるように身体に巻き付けながら、緊張の混じるおどけた口調でダイアンへ挨拶を向ける。ダイアンはぎこちないような酷薄な笑みを口元に、自重をゆっくりとつま先から踵まで移してゆく足取りでテリーに近づく。真正面に立ち、一呼吸彼女を見下ろして、そして頬を思い切り手の甲で張った。テリーが短い悲鳴をあげ、打たれた勢いでベッドへ倒れる。
 ダイアンはすぐにテリーの胸元で合わさったシーツを掴み、無理矢理に起こして立たせる。腰のホルスターからコルト・アーティラリーを抜いて、頬を押さえるテリーの目の前で銃身を立てる。
「鞄はどこだ」
 声量と怒りの両方を押し殺したような声でダイアンが詰める。テリーはにこりととぼけた苦笑いを作る。銃を握ったダイアンの手の甲が、再びテリーの頬を打つ。またベッドへ張り飛ばされたテリーは両手で包むように頬を隠し、潤み怯えた目でダイアンを見上げた。
「知らないの、知らないのよ」
「これ以上コケにする気か?」
 ダイアンの親指が撃鉄を起こし、銃口はテリーへ向けて下げられる。大きな両目は憤怒に爛々と輝いている。
「違うわ。私も盗まれたの、本当よ」
 テリーは手を胸の前で重ねながら訴える。左脚をゆっくりと曲げ、膝下の白い肌のラインが巻いたシーツの間から露わになる。ダイアンの視線がそこへ少し移る。
「信用できねえ」
「どうしたら信じてくれる?」
 テリーはダイアンの視線を更に誘うように、左足のショートブーツのつま先で、まだシーツに覆われた右脚を、下から上へ艶かしくなぞってみせる。
「ねえ、一緒に探さない? それで中身を山分け。パクストンなんて言いくるめれば良いじゃない」
 ダイアンの顔は険しく、しかし眉が片方上がった。銃は手放さないが、銃口はテリーから一旦外れて真下を向く。
「目処はついてんのか」
「それは……」
 問われたテリーは、片手で自分の腰から右脚にかけてを撫でながら目を逸らして言いよどむ。またダイアンの唇に軋むような笑みが浮かび、銃口の角度も上がる。
「知らねえなら用無しだ。そんなにヤリたきゃ殺してから犯してやるぜ、淫売。それで」
 ダイアンの荒い言葉が終わらないうちに、テリーは脚に纏わりつくシーツを払いのけた。次の瞬間には銃声が弾け、ダイアンは身体をくの字に曲げて銃を取り落とす。
 出所は伸ばされたテリーの脚、右足首の黒いダブル・デリンジャー。ブーツの横に細いベルトで固定され、ハンマーとトリガーに結ばれた紐が下着のガーターに繋がる。歌姫の白い手は、その紐を引いていた。
 テリーは一瞬だけにっこりと笑顔を作るとシーツを脱ぎ捨ててベッドから飛び退き、足元に落ちているダイアンの銃を思い切り蹴飛ばしたあと、窓へ向かって走る。銃はくるくると回って床を滑り、大きなクローゼットの下へ入り込んだ。うめき声を上げ、べっとりと赤くした右手を押さえて膝をついているダイアンを尻目に、椅子に掛けていた緑のドレスを引っ掴み、開いた窓によじ登るようにして外へ転げ出る。
 庇の上に降り、ドレスを身体の前に押し付け、結ったブロンドを揺らして、逃げ道を探し首を左右に動かす。道の向こうに、黒衣の女を見つける。
「シスレ!」
 ちょうど馬の手綱を引きサルーンのほうへ歩いて来ていたシスレは、叫ばれた名前でテリーに気づいて何事かといった様子で目を丸くする。テリーは身体を弾ませながら急かすように手招きをする。逃げ出した部屋からはダイアンの罵声が聞こえる。
 事態を把握したのか、シスレは素早く鐙にブーツのつま先を引っ掛け、馬に跨り、手綱を繰って一気にサルーンまでやって来る。テリーは彼女が自分の真下に来るのを見計らい、その場から飛び降りる。ドレスを抱えた下着姿のテリーを、馬上のシスレが横抱きに受け止めた。
「大胆なもんだ」
 抱き留める衝撃で閉じた目を開け、格好と行動の両方を指すような曖昧さで、シスレがシニカルに笑う。テリーはシスレの腕の中で自分の身体を抱きしめ、愛敬たっぷりに微笑み肩をすくめる。
「ふざけた淫売め!」
 二人の頭上の罵声が近くなる。揃って振り向き仰ぐと、ダイアンが窓から顔を出していた。右手を押さえる左肘を窓に掛け、体重を預けるように身を乗り出してがなっている。クローゼットの下に滑り込んだ銃は取り戻せていないのか、丸腰の様子だった。
 テリーは慌ててシスレの前、腕の間に収まるように座り、シスレも手綱を振るって馬を駆った。
「くそアマども、引きずって犯して頭をぶち抜いてやる! すぐにだ、くそったれ、ちくしょう!」
 通行人が遠巻きに見上げる中、三白眼をぎらつかせ、赤毛を振り乱し、ダイアンは滅茶苦茶に叫ぶ。割れるように逃げ避ける疎らな人々の合間を縫って、シスレとテリーを乗せた馬は町の外へ向かって走る。



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シスレとのゲーム...賭け金は棺桶に
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