【Chapter 7】

 ダイアンから逃れたテリーと、彼女を逃すために馬を駆ったシスレは、それほど離れていない荒野の片隅、小さな洞窟の前にたどり着いた。支えられながらまず下着姿のテリーが馬を降り、小走りで洞窟に駆け込む。ドレスを抱えたシスレも続いて降りると、馬を近くの木に繋いで鷹揚な足取りで追う。
 洞窟の中は忘れられた隠れ家のような趣で、朽ちかけた木箱や樽が散在し、砂混じりの埃にまみれた敷物の上にブリキ食器の類も転がっていた。
「着るんだ」
 腰に両手をあてて周囲を眺めているテリーの後ろから、シスレが緑のドレスを差し出す。
「着る前に楽しむ?」
 首だけ回して振り返り、コケティッシュな笑顔を見せるが、シスレは黙って薄く笑い、ドレスをさらにテリーに近づけた。不貞腐れたように唇を尖らせ、ふざけた威嚇めいて鼻筋に皺を寄せて、ドレスを受け取るテリー。彼女から視線を外したシスレは物置棚のほうへ歩く。
 テリーは大きな動作でドレスを広げ、身体を屈めて足をくぐらせる。腰を揺すり、胸元まで引き上げて、袖を通す。
「シスレ、後ろを留めて」
 縦巻きの髪を前に掻き分け、開いたドレスを両手で押さえ、シスレに背中を向けて言う。シスレは小さく頷き、テリーの真後ろに戻って立つ。
 そうするとすぐに、首を垂れて背後を委ねていたテリーの顔がぱっと上がった。怪訝な表情で右肩を上げ、身体ごと振り向こうとする。
「ちょっと、なにしてるの?」
 しかしなぜか自由に回らない身体の違和感に慌てるような顔で、テリーは声を出す。
「見ればわかるだろう?」
 動かす自分の手元に落としていた視線をテリーのおもてへ向けて、シスレがにやりと笑う。テリーの両手を後ろで縛り上げているシスレが。
「待ってよ、どういうことなの!」
 いよいよ事態を把握してテリーが叫ぶが、シスレはたちまちロープで両手の拘束を終え、彼女の身体を地面に転がす。自分も膝をつき、じたばたと暴れるテリーの両足を腕で抱えて、そちらも揃えて縛る。足首に留められたデリンジャーの上から構わずロープを幾重にも巻き、手際よく二度結んだ。手袋の両手を打ち合わせて払いながら立ち上がり、そのついでにドレスの背中のファスナーも素早く上げる。
「どういうつもりなの、シスレ、ひどいわ」
 泣き出しそうな表情で瞳をうるませ始めるテリーの顔の前に移動すると、シスレは再び片膝をついた。そして帽子に巻かれた極細の白リボンを一本解く。
「カードがどんな手でも、賭け金がなけりゃ意味がない」
 低い掠れ声と涼しい顔で答え、長いリボンの端をテリーの細い首に巻きつけて結ぶ。テリーは泣き顔を作るのもやめて首を振ろうとするが、シスレの肘で頭を押さえつけられて断念する。
 シスレはリボンのもう片方の端を手首を縛る縄に結び付け、満足気にニ、三度頷いて再度立ち上がる。下手に暴れると首に食い込むリボンに、テリーは歯を剥いてシスレを見上げた。シスレはその場で踵を返し、洞窟の出口へ向かって歩く。
「ねえシスレ、冗談でしょう? 協力し合いましょうよ、どうして二人でやらないの?」
 テリーは一瞬目と口を大きく開けたあと、シスレの背中に向かって切に訴える。だがいくら表情と声色を次々変えて説得を試みてもシスレが戻る様子はなく、洞窟出口でようやく立ち止まって、上半身を半ば振り向かせるだけだった。
「鞄が見つかったら会いに来るよ、ハニー」
 シスレは首を少し傾け、食えない微笑みを浮かべ、冷ややかにおどけて言った。
 テリーは両目を見開いて、眉をつり上げ甲高く叫ぶ。
「信じないわ、このイカサマ師! 卑怯者! 大女!」
 早口で投げつけられる罵声を平然と聞き流し、シスレは洞窟の外へ出る。手綱を木から解き、ひらりと馬に跨る。
「格好つけてりゃいいと思ってるんでしょ! 聞いてるの、戻って来なさいよ! ちょっと! シスレ!」
 洞窟の中から響く、長く引き伸ばされる己の名前を背後に、二本になったリボンをなびかせ、シスレは別の道へ馬を走らせる。



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シスレとのゲーム...賭け金は棺桶に
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