〈83年11月 W-15ストリート・アパートメント一室〉

 窓は建て付けが悪く、鍵を掛けていても冷たい風が吹き込んだ。カーテンも汚れて粗末で薄っぺらい。
 少女はその部屋の中、ベッドにしがみついて床に座り込んでいる。そこにはさほど歳の変わらぬ少年が横たわる。顔は赤いが、けっして健康さを示すそれではない。寝息は苦しげな不規則さを伴っていた。
 少女はそんな少年を見つめ、精神的な苦悶に顔を歪める。少年が熱を出したのは数日前で、医者を見つけるか薬を手に入れるかするために、まず父親が部屋を出て行った。
 二日経っても父親は戻ってこなかった。
 少年の熱は下がる様子がなかったから、父親のことだけに心を痛めている余裕はなく、子供たちを残して行くことに悩んだ末、今度は母親が外へ出かけた。
 それから数えて、今日で三日目だった。
「……にいさん……」
 少女は泣きそうな顔で、少年の手を握った。自分の声が随分と掠れて弱々しいことに、いまさらながら気が付いた。
 ひゅうと息を吸い込んだ肺の動きに被さるように、窓の外、遠くで銃声がした。びくりと少女の身体が小さく震える。少年は目を覚まさない。
 実際のところ、少女はその音自体にはもう慣れつつあった。だが音そのものに慣れることと、その音が意味する事柄への恐怖を克服することは、イコールでは結ばれない。
 いったいここはなんなのか。少女は何度も考えた。
 父も、母も、帰ってこない。
 外は家族のもとへ帰りたくなくなるほどに素敵な場所なのだろうかと、子供じみた夢想もしてみたが、そんな幼い空想に浸っていられないことは本当は充分に分かっていたから、虚しくてすぐにやめてしまった。
 これまで離れたことのなかった両親が揃っていなくなり、二つ歳の離れた兄はいよいよ長く苦しんでいる。
 だから少女は、不安や恐怖心にうずくまっていることをやめ、自分がなにをすべきか考え、行動しなければならなくなった。
 少女は、今自分たちのいるアパートのある場所が『引き金通り』と呼ばれていることを知らない。
 彼女ら一家がここへ移り住まざるを得なくなってから、十日と経っていなかった。


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