〈89年8月同日 W-15ストリート・ビル一階〉

 見張りの二人目を撃つと同時にビレンとビリーは裏口まで走る。ひとりが撃たれ、もうひとりも反撃に出る間もなく頭に弾丸を受ける羽目になった。その反応の遅さと動揺のさまは、多少でも訓練を受けたようには見えなかった。
 二人は裏口の両脇に立った。見張りの死体("おそらく"死んでいるだろう)を検めている時間などない。片手の空いているビリーが腕を伸ばして素早く扉を開ける。その動作に同期する銃弾の洗礼はない。二人は建物の中に飛び込んだ。一秒でも時間が惜しいからだ。すぐに短い上り階段がある。幸い、まだひとの気配はなかった。
「どこから撃たれた?」
「一番西だ!」
 ビレンが先行して階段を駆け上りながら尋ね、ビリーがそれに続く。彼らの最初にして最大の目的は対物ライフルを沈黙させることだ。対物ライフルが自分たちに銃口を向ける前に。そのためには急がねばならない。
 対物ライフルはひとりの力でも扱える銃火器だが、それでも重量はある。まず二十三ポンド(十キログラム)は超え、大抵は三十三ポンド(十五キログラム)前後ある。そして発射時の反動が激しいため、基本的にニ脚で固定し、伏射姿勢を取る。もともと遠距離で狙撃する目的のものだ。ハンドガンのように、とっさに現れた敵に向けて撃つことのできる銃器ではないのだ。
 さきほど狙撃されたことを考えても――というよりも当然のこととして、銃口は建物の外を向いているだろう。射手(補助として他の人間もいるかもしれない)がこちらの侵入に気付き、ライフルの向きを変え、発射可能な状態に持ち込むまでが勝負だった。それに失敗すれば、たとえ壁越しだろうと身体を"破壊"される結果が待っている。
 階段を上ると廊下に出る。ビレンはそのまままっすぐ西へ走った。ビリーは反対側の廊下に銃を向けて気配を窺ってから後を追う。人影は現れない。もともと一階にはほとんど誰もいなかったのだろう。ビレンが最初に発砲してからニ、三十秒ほど。二階より上にいる人間は、状況を把握して行動を起こすことが、まだできずにいるのだろうか。
 進行方向の先で、扉が開いた。廊下の一番奥、つまり"一番西の部屋"の扉が。顔を出したのは派手な金髪の男だ。手に耳当てを持っている。一直線に向かってくるビレンたちを見て、一瞬混乱に硬直し、そして泡を食って部屋の中に向かって喚きたて始めた。
 "良い状況だ"、とビレンは思った。
 発射時の轟音のために、対物ライフルの射手は耳栓をすることが多い。さもなければしばらく耳鳴りに悩まされることになる。間近にいる人間も同じだ。"もし耳を塞いだままでいるのなら、状況の把握が遅れる"。可能性のあまり高くない、ささやかな希望だったが、それは充分利になった。
 二人は攻撃もせず、無言で一気に距離を詰める。室内に与える情報を増やしてやる必要はない。出てきた男は腰にこれ見よがしにサバイバルナイフを差していたが、まだ柄を掴んでもいない。部屋の前に辿り着くまでものの数秒。
 ビリーは金髪の男の首を掴んで開いたドアに打ち付け、同時にスタームルガーの銃口をそのこめかみに押し当てて引き金を引いた。
 ビレンは両手の銃を部屋の中へ向け――状況を把握しきれない様子で、それでも対物ライフルの向きをこちらに変え終えたばかりの体格のよい男を目視すると――標的に向けて銃弾を浴びせた。最初に左手の愛銃でやはり頭を一発、そして右手の奪った銃でさらに頭、胴体、腕、肩とあらゆる箇所に弾丸を撃ち込んでゆく。金髪男の身体を捨てたビリーもそれに加わる。けぶるほどの硝煙。過剰殺傷《オーバーキル》などとは言っていられない。目の前にあるのは生身で対峙することはあまりに危険な、絶対的な殺傷力を持つ凶器だからだ。
 射手が完全に沈黙した頃合を見計らい、二人は部屋の中に飛び込む。ビレンはすぐさま身を翻し、廊下のほうへ右手の銃を構えた。部屋の真正面に上り階段がある。これだけの銃声がすれば、さすがに何人も階下に下りてくるはずだ。
 案の定、ばらばらといくつも重なる足音が上方から移動してくる。ビリーは血塗れになって突っ伏す射手を蹴り飛ばすように対物ライフルから剥がし、ずしりと重いライフルを片手で引き上げた。そしてビレンの隣後方から、銃口を階段へ向ける。
「ヘイ、さすがにこんなでけぇモンなら何発撃ったか覚えてるだろう! 弾は残ってるぜ!」
 ビリーの牽制の声と、銃を持った数人の男たちが階段の踊り場に姿を現すタイミングはうまく重なった。男たちは部屋の奥でビリーが持っているものを見て、動揺をあらわにした。もちろんビリーに撃つつもりなどなく、それはただの脅しにすぎない。しかし連中の先制を封じるには充分だった。
 ビレンがすかさず男たちの手元を、彼らの両の手首に近い部位を撃つ。銃が持てないように。とは言え混戦状態の至近距離だ。ビレンが奪った銃の9mmパラべラムは人体を充分に貫通する(愛銃の.38スペシャル弾でもこの距離なら同じことだが)。手や腕を撃ち抜かれて銃を落とすだけでなく、それと重なる胴体にも彼らは銃弾を受けてゆく。
 ビレンのほうも、確実に殺すつもりはなかったが、かといって殺さないという絶対の意志もなかった。貫通しているからこそ助かる可能性もあるだろうが、状況が状況だ、彼らが事切れてしまっても、それは"しかたのないこと"だった。
 最初に現れた数は五人。ひとり一発で済んだ者と二発は必要だった者すべて合わせて、合計で八発撃った。そこでビレンのオートの弾が切れた。新たに四人姿を見せる。
「ビリー!」
 後続の四人も、ビリーの持つ対物ライフルに怯んで素早い行動が取れずにいた。ビレンは即座に愛銃を持つ左手を上げてひとりの両手を二発で撃ち抜き、銃声に負けぬよう声を張り上げてから、部屋の壁に隠れるように脇へ退く。左腕に対物ライフルを抱えたままのビリーが、右手のスタームルガーで後を引き受けた。彼は精密射撃にあまり長けていなかったので、最初から男たちの胴体にニ、三発ずつ撃ち込む。二人倒れた。
 その間にビレンは、もともと使い捨てる気でいた奪ったオートを投げ、自分のM10の弾倉を横にずらし、空の薬莢を捨てる。ぱらぱらと薬莢が床に落ちきる前に懐からローダーを取り出し、弾を装填する。素早く手馴れた動作だ。
 装填を終えた銃を改めて右手に持ち替え、足を一歩踏み出して再び銃口を部屋の外へ向ける。呆然と人垣の一番後方にいた最後のひとりがようやく我を取り戻し――いや、パニックに陥って、叫びながら銃を両手で構えた。
 だが狂乱状態の男よりも、ビレンのほうが早い。
 男は引き金を引ききらぬうちに、その開いた口から後頭部へ灼熱の弾丸が突き抜けてゆくのを実感することすらできない死を迎えた。


〈89年8月同日 W-15ストリート〉

 通りの路肩に一台のパトカーが止まっている。傍に立つ人影は三人。
「取り敢えず最長でニ十分待って下さい。ニ十分を超えても一度も連絡がなければ、そのときこそすべてお任せします」
 携帯型無線機を腰のベルトに固定しながら語られる言葉に、二人の警官は渋い顔で曖昧に頷いた。
「しかし本当に大丈夫かね」
 二人のうち、退職間際といった年齢の太った警官が、まだら髭の顎を撫でて言った。
「確かに危険ですが、下手に車で近づくほうがさらに危険です。ご覧になったでしょう、あの壁を? あの二人もだからこそ直接乗り込んだんだと思うわ――車の中にも、その周りにも、姿も吹き飛ばされたような血痕もないのなら、向こうへ行ったとしか思えない」
「連中の素性もわからないんだよ」
 双眼鏡を提げている若いほうの警官が続けた。
「話を聞く限りマフィアではないんでしょう?」
「プロの武装集団だったらどうするね。テロリストは厄介だぞ」
「もしそうなら、彼らだってさすがに乗り込んだりしない。少なくとも、ある程度の成功の可能性を感じたからこその行動のはずです。だけど彼らは連絡手段を持っていない。私たちが向こうの情報を得られていない状況は変わりません。うかつに近づけないという事実も」
「でも、やっぱり我々が行ったほうがいいんじゃありませんかね」
 若い警官が、困ったように視線を年かさの警官へ向けた。しかしそれを遮るように言葉が被さる。
「あの二人にしても、おそらく勢力を完全には把握できない中で突入しているんです。新たに向かうなら、はっきりと顔の知れた私が行くほうが、彼らに無駄な警戒をさせずにすみます。……私の立場も彼らと同じです。私自身の判断と行動によってなにかがあっても、警察に責任は求めません。また、私たちの存在に対するいっさいの配慮は不要です。ですから状況の悪化はけっしてしません。そして必要なのは情報です。私が行って、構いませんね?」
 老いた警官は腕を組み、そして鼻から大きく長息を吐いた。
「そこまで言うなら、しかたない。もともと我々も皆、WBI事務所《あんたら》にはそういう立場を任せとるんだからな。自信はあるんかね?」
「意気込みなら十二分に」
「頼りないな」
「若いですから」
 ぴりぴりとした緊張の中に、いっとき小さな笑いが流れた。
「まぁ、重々気をつけてくれ。あんたのような子供……いや、若いもんに死なれると、なんとも嫌な気分になるんだ」
「ありがとう。大丈夫」
 二人の警官に頷いて、腰のホルスターから銃を抜いた。グロックのモデル19。これを手にし、毎日のように的へ向け、何度も何度も引き金を引き絞り続けて、もう二年以上になる。
 不安と恐怖の象徴だった引き金通りにひとりで立つ。向かう先には、いまだ恐れる銃口がおそらく口を開けている。
 だが、怯えをすべて消してしまわなければならないときが来た。自分自身の手にも銃があるのだから。無機物の的ではなく人間を撃つための銃が。
 黒い髪をなびかせて、ヴァレアは引き金通りの奥へ向かって走り出す。


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