【Chapter 17】
手下たちがこぞって武器を点検し始める様子を背後に、パウラとレダーナはあばら屋を出た。二人の足は敷地を囲む柵のほうへ向かう。
「罠はどうするんだい」
「馬相手には、ロープを張っておくだけでも違う」
レダーナはそう言って周囲の木々を指差す。パウラも同意の頷きを示す。
「堀を作れたら一番いいが……」
柵に視線を向けるレダーナの言葉が止まる。怪訝そうにパウラが促す。
「なんだい?」
「いや。とにかく堀を作るには時間が足りない。罠も東側だけに用意する」
短く否定してから、岩場に続く柵の一辺に対し、手振りで範囲を示す。しかしその左目は、密かにあばら屋の蔭を見ている。柵のほうを向いているパウラはそれに気づかない。左目の先に潜む金髪の女の影も、視線だけで見られているそのことには気づかない。
用は済んだとばかり、その影はすぐに立ち去る。気配が消えて、レダーナもようやくあばら屋の陰から視線を外す。
「手間を考えればそう言いたい。だが、さすがにそれでは頼りない」
改めてパウラに向き直りながら、たっぷりと間を開けた話の続きを並べた。
「北にも罠は張る。東より多くな」
暗い荒野の岩陰に、険しい表情のシェリーがうずくまる。ランプを手に持ち、華美な少年のような服の上にショールを掛け、夜の寒さに二の腕を抱いている。
ふと、シェリーは顔をあげる。遠くを見る。暗い影の塊が、少しずつ近づいてくる。多くの蹄の音を伴って。
シェリーはショールを胸の前でしっかりと掴み合わせながら、立ち上がって道へ走った。自分を示すようにランプを掲げる。
歩みの速度で向かってくる馬の一団を待ち、しかし声が届く距離になるのを待ち切れないように、シェリーは彼らのほうへ進んだ。
「止まって!」
シェリーが叫ぶと、既に様子を窺うような気配を見せていた先頭の馬が止まる。月とランプの灯りが照らすその姿は、ゴールド・キャットのものだった。
「ゲール……ゲールっているんでしょ?」
シェリーは声の引っかかる喉を押さえて言い直す。キャットはカウボーイハットの下で眉を上げる。
「なんだよ、あんた」
「ゲールってひとに話があるんだよ。どこにいるの?」
強張った顔に常に緊張を湛え、シェリーが苛立って返す。キャットは顔をしかめながら大きく後ろを振り向く。後続のならず者たちの馬が道を作るように動いて、最後尾の位置からゲール・ブレナンが姿を見せた。夜に紛れるためだろう、馬は白ではなく黒だった。
「なんの用だ」
キャットよりも前へ出たゲールが、馬上から言葉を投げる。キャットとはまったく違う大きな身体と重く響くような声に尻込みしてか、シェリーは少しランプの位置を下げた。
「この先に、メキシコ人の賊がいるよ」
冷える夜の空気の中で、シェリーは額を汗で光らせながら、上目遣いにゲールを見て言った。ゲールは首だけで一度キャットを振り返る。キャットは感情の窺えない程度に口元に笑みを作る。
「あんたらを待ち伏せしてる。でもその人数なら勝てるよ」
しかし続いたシェリーのその言葉に、キャットを見るゲールの両目が途端に剣呑な色を帯びた。キャットの笑みは一瞬で消える。
「ねえ、私も連れて行ってくれたら他にも色々教えるよ」
その様子に構わず、シェリーは黒い馬に寄り添った。しなだれかかるように馬の胸に手を当てながらゲールを見上げる。
「たとえば?」
キャットのことは一旦取り置くといった様子で、ゲールはシェリーに視線を戻す。
「東側には罠があるよ、北から行かなきゃ駄目」
シェリーは少しうわずった声を出した。ゲールは瞼を閉じ、ゆっくりと何度か頷く。
「随分詳しいな」
「私はそいつらから逃げてきたんだ。ね、だから……」
シェリーが抱きつく先を馬からゲールの足に移そうとする。しかしそれよりも前に、ゲールは腰の六芒コルトを抜いた。素早く、表情もなく、シェリーの胸を撃ち抜く。
シェリーの表情が固まり、動きが止まり、彼女はゆっくりと胸元を見下ろす。ランプを落とし、血の滲んだショールを押さえる。最後にぎこちない動きでゲールを見上げ、それから膝を崩し、音を立てて後ろに倒れた。
「メキシコ人を売った次は、俺を売るんだろう?」
死人に言葉を向けるゲールの背後で、キャットは一層硬い表情をして女の死体を見つめた。ゲールは銃をホルスターに戻しながら、暗い笑みを浮かべて振り向く。
「裏切り者でも、役に立つうちは別だ」
瞳だけを動かし、キャットは無言でゲールに視線を返す。ゲールは馬の手綱を開き、緩慢に蹄の向きを変えながら足踏みをさせる。
「二手に分かれろ! 北へ三分の二だ。だが気を抜くんじゃねえ!」
控えている三十人近い手下たちに、ゲールの怒号が飛ぶ。連なる馬たちは少しもたもたと蠢いてから、徐々に指示通りの数に別れ、一方が山賊アジトの北へ向かい出す。
「お前は俺と東に来い」
残り三分の一の手下を先に行かせてから、ゲールはキャットに対し顎で促す。キャットも皮肉な笑みで唇を歪め、手綱を握り直した。
「心配しなくても、ちゃんと働くよ」
監視の双眸を持つゲールの一歩先を、栗毛の馬に乗ったキャットは進む。
あばら屋の屋根の上、レダーナは片膝を立て、小さな望遠鏡で荒野の一点を窺っている。座る場所のすぐ下、灯りも消して潜む家屋の中から、パウラの「シェリーはいつからいないんだい!」という怒鳴り声がくぐもって聞こえる。
望遠鏡を通す丸い視界には、夜の荒野に浮かぶ小さなランプの光がある。光はちらちらと動き、そしていくらも経たないうちに、宙から地へと落ちて消えた。レダーナは望遠鏡を覗く左目をわずかに鋭く細めたがそれだけだった。
黒い塊に見える馬の群れが二つに分かれる。数の多い一群が北側から、少ない一群が東側から近づいてくる。レダーナは望遠鏡を下ろし、微かに眉を上げて笑った。
「まあまあだな」
体勢を低くしたまま移動し、はしごを使って屋根を降りる。最後の数段は飛び降りて済ませると、相変わらず怒鳴り声が聞こえるあばら屋の扉を開けた。
「シェリーはどこだ!」
レダーナがなにか言うより先に、八つ当たりめいた様子で部下の胸ぐらを掴んでいたパウラが怒声を飛ばしてくる。
「準備の隙に逃げたんだろう。もう遠くへ行ってるさ。それより」
レダーナは何食わぬ顔で短く片付け、話を切り替える。
「急げ。もう囮も必要ない。奴らがきたぞ」
告げられたパウラは突き飛ばすように部下から手を離し、唾を吐き捨て険しい顔で頷いた。
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