【Chapter 5】
ジョディ――ジュディス・ネックは、しばらくノウンを見据えて、それから気怠げに寝台に腰を下ろした。その動きを目で追うノウンが続ける。
「西部に並ぶ者なしの早撃ちでしかも百発百中。五百ドルの小物から一万ドルの大物まで数多の賞金首を仕留めた凄腕の賞金稼ぎ。百メートル先の帽子だって撃ち抜くし、囲む早撃ち自慢六人を電光石火で皆殺し。右手に敵を穿つS&W、左手に死を刻む懐中時計――そのひとこそ伝説のガンマン、ジュディス・ネック!」
ノウンはショーの口上めいた調子で滔々と語り、ジュディスは膝に肘を掛けて深く顔を伏せる。
テーブルの周りを、脚を曲げずにノウンが歩く。
「意外なことに決闘の伝説だけはほとんどない、なぜならジュディス・ネックは決闘をしなかった。そんなことになる前に相手を仕留めるからさ。ただし卑怯や臆病なんて言葉はジュディス・ネックにゃ張り付かない、その証拠に彼女は相手の背中を絶対に撃たない! どんなに隙があっても振り向かせてから撃つのさ。誰もがみんな、ジュディスの顔を見てから死んでいくんだ。しびれるねぇ」
「もういい」
「伝説を目に焼き付けた、その次の瞬間には……」
「もうよせ!」
最初の一言は低く呟くように、そしてそれでも続けられる口上に、ジュディスは顔を上げて怒鳴った。
足も動きも言葉もぴたりと止めたノウンが、口を真横に結ぶ。
「大げさにならない噂なんてない」ジュディスは首を緩々と横に振り、ノウンを見た。「それでお前は名を揚げにきたのか? 私を倒して。その名前の通り、知られた《known》人間になりに」
無名の女は兵士のようにかつんと踵を揃えながらジュディスに向き直り、笑顔を作って首を傾げる。
「それは会ってから考える気でいたね」
「好きにしろ、と言いたいが……今の私を殺したって、たいした武勇伝にゃならん。それに誰も信じない、私がそうだなんてことは」
動かない右手を膝の上に載せて、顎を左右に揺らした。ノウンは鼻の下を指で派手に擦り、ぱっと大きな動きで腕を組む。
「ジュディス・ネックの消息は何年も前に絶えたっきり。国境を越えてメキシコにいるとか、稼ぐだけ稼いでヨーロッパに出て行ったとか、組んでた相棒の裏切りで殺されちゃったとか……噂だけは色々ある。でもあんたはまだ西部で生きてたわけだ」
ジュディスは口元を曲げ、左手を額に当てて、床を見る。そのまま手を滑らせ髪を掻きあげ、大きな溜息を一度吐く。
「死んでるようなもんだ」
「またまた。でもなんでそんなことになったんだい」
窓の外を見遣り、ジュディスは手袋に覆われた右手に左手を被せる。
「野宿のときに……事故で酷い火傷をした。まともに動かない」
ブルーグレーの目を大きく丸くしたノウンが、微かな道化の笑顔を浮かべたまま、黒い右手に視線を注ぐ。ジュディスは少し遅れてその視線に気づく、しかしノウンはじっと右手を見つめ続け、ジュディスの瞳が落ち着きを失ってわずかに揺れる。まるで逃れるか隠すかするように右手を膝の上から寝台の上に移す。
ぱちぱちと瞬きをして、ノウンもようやく見る先を右手から顔に切り替えた。両手の指で輪を作り、長さも高さも違うおさげ髪をくぐらせる。
「そいつは残念」
「どうするか決めたのか」
ジュディスが両目を険しく細めて問うが早いかノウンは腰の銃を抜き、指を軸にくるくると素早く回した。回したまま腕を高くに上げて弧を描く。奇術師のような危なげのない手つきで縦に一周り、真鍮色のフレームを持つ51ネービーは、銃口からすとんと再びホルスターに収まる。何事もなく。
「本当は腕を見てもらいたいとこだけど」茶目っ気たっぷりに首を縮める。「今は銃声はまずいよね」
ジュディスはホルスターを睨み、ノウンの顔を睨む。そして鼻から深く息を抜く。
しかしジュディスがなにかを言うよりも先に、叱られる前に逃げ出す要領の良い子供のような笑顔で、ノウンは別れの挨拶を口にした。
「また会いに来るよ」
わざと背中を丸めるおどけた敬礼をし、ロングコートの裾を弾ませて、今度こそ裏口から消える。
ジュディスはしばらくその背中を見たあと、立ち上がってテーブルの上のS&Wを手に取った。少しだけ見つめるが、すぐに引き出しに戻す。隣に散らばっていた、リン・バガアスの置き土産である数発の弾薬も左手で拾い集めて同じところに放り込む。
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