〈83年11月同日 W-14ストリート・WBI事務所・ビレン=ガートランの私室〉

 ビレンは事務所の三階まで早足で上り、ポケットから出した鍵で自室へ入った。ビレンの呼吸は階段を駆け上がった程度ではわずかも乱れない。彼らはけっしてただの事務方ではなく、鍛えているからだ。
 WBI事務所が事務所として使っているのは建物の一階だけだ。
 地下には先ほどビリーという男がいたトレーニングルームと、小規模だが射撃場、それからシャワーボックスの三つ付いたバスルームがある。そして今ビレンが戻ったような、個人の私室に使える部屋が二階にひとつ、三階にふたつ。三階でビレンが、二階でビリーが暮らしている。二階には共同のキッチンがあり、三階の一部屋は空室だった。
 ワルターは同じ十四番街のアパートメントに独りで暮らしているが、ビレンとビリーは、まだ少年と言える年齢の頃からこの事務所に住んでいた。
 だから彼らも隣の通り――引き金通りについて、十二分によく知っているのだ。
 部屋に入ったビレンは、コートをベッドに放りながら窓際のデスクに向かい、上から二段目の引き出しを開けた。中からショルダーホルスターと、黒光りするハンドガンを一丁取り出す。
 上着を脱ぎ、クローゼットを開けて取り出した防弾ベストを馴れた様子で身に付けると、肩にホルスターを装着した。それから銃をチェックする。
 ビレンが好んで使うのはS&W・M10、いわゆるM&P。ビレンはリボルバーのほうが性に合っていると思っていたし、中でもM10はベーシックであるがゆえに安定しているところが気に入っていた。だからカスタマイズもあまりせず、銃身《バレル》もオーソドックスな四インチだ。
 自分の技術的にも、また用途的にもあれこれとオプションを付ける必要性をビレンは感じていなかった。もちろん必要があれば銃も変えるし装備も加える。しかしビレンは改造に喜びを見出すガンマニアではなかった。"必要があるから"持ち、必要があるから撃つだけだ。
 つまり引き金通りは、"その必要がある場所"なのだ。

 引き金通りはこの十四番街と同じく、本来は西の十五番街、『W-15 Street』と名が付いている。しかしほとんどの者は『TRIGGER Road』と呼ぶ。街路ではない、ただの『道』なのだという蔑みが含まれていた。
 そして『引き金』の表すところはもちろん、それが引かれる回数が格段に多い区画だからだ。
 引き金が引かれるということは、その銃口の向かう先に、なにかがあり、誰かがいるということだ。
 だからいつの間にか、十五番街は引き金通りと呼ばれるようになった。
 たとえばビリーいわく、「センスのないネーミングだが、あんな場所にセンスは必要ない」。
 ビレンもそれには同感だった。それに『Bloody Road《血塗れ通り》』などと呼ぶよりはよほどましだな、と思っていた。そちらのほうがより実状に近いが、とも。
 ビレンは銃をホルスターに入れ、予備の弾をセットしたローダーもポーチに入れた。上着とコートを順に着る。
 襟を整えてから袖を引いて腕時計を見ると、ちょうど七分が近づいていた。


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TRIGGER Road
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